残るカグヤ
「中学生女子の前で、熱く見つめ合うのやめてっ」
カグヤが顔をしかめて口を挟む。
「まあ……今の世の中だと、ボーダーがうっかり能力使った途端、見つかる危険性も大きいしね。そりゃいいことないかもね」
話を戻すように、意見までした。
ただし、俺達をしんねりと眺めつつだが。
「今更だが、そういやカグヤは、俺のマンションに警告に来たのは、追っ手の手帳に俺の名があったからだと言ったよな」
照れ隠しではないが、こっちもふと思い出した。
「そう。ファミレスで事情を話す途中であたしは逃げたけど、そういや、言いそびれたかな。敵というか取り締まる側にゴマすりして、あえて協力するボーダーもいるってこと。そういう連中の中には、巨大な力を感知できる能力者もいて、めんどくさいことに、ボーダーの力を一種の波動として察知できるのよ。距離が近いと、だいたいの位置まで特定しちゃうわけ。別に確証ないけど、あたしを追ってた黒服男が片岡さんを見つけたのは、多分、そういうことでしょう」
「なら、なおさらおまえも俺達と来ないか?」
「そうすべきかな……とは思うのよ、あたしも」
しかしカグヤは、そこでため息をついた。
「でもね、前にも話した通り、世界は基本的に異端を嫌うわ。肌の色が違うだけで、人は簡単に同じ人間を差別するほどだもの。だからこれは、厳然たるルールだと言っていい。貴方達に話したタイムリープの危険性は、冗談ごとじゃないのよ」
「ファミレスで話した時にも思ったけど、そういう推測が出てくるってのは、カグヤの仲間にその手の能力者がいるってことなのか? あるいは、カグヤ自身がそうだとか。推測にしてもやたらと事実に合致してるんだけどな?」
現実に、俺は変貌する世界を否応なく見てきたのだから、カグヤの説は笑い事じゃない。
兄貴の藤原縁も間違っていなかったが、妹のカグヤの方が、より正鵠を射ていた。疑問に思うのも当然だろう。
しかし……カグヤはただ黙って首を振った。
俺の勘違いなのか、それとも心当たりはあっても話したくないのか、それは永遠に謎となった。
次の瞬間、カグヤはふいに話を変えたからだ。
「それにね、あたしにはまだ、この世界に仲間が大勢いる。せっかく録音したさっきのふざけた放送も、YouTubeで公開したりしたいしね! だから――」
そのまま言葉を切り、寂しそうな笑顔を浮かべた。
「だから……あたしは見送る……永年の別れになるのはわかってるけど、こればかりはどうしようもないもんね」
「……そうか」
俺はがっかりしたし、残るカグヤの身を危惧もした。
目つきを見る限り、心配していたのは深森も同じだろう。だが、本人が決めたことなら、口は出せない。
それに……ここがカグヤの世界であることは、まぎれもない事実なのだ。
どこかよその国に迷い込んだ気がしている俺とは、心情的に大きな差がある。
「わかった。ならこうしよう」
壁の時計を見て、俺は決断した。
「俺の力で、ここから離れたビルまで、カグヤを移動させる。ただ、その場合はカグヤに追っ手がかからないように、陽動が必要だが」
「それはわたしが」
深森が静かに言った。
「わたしも、ほぼ元の力が戻っているから、今ならやれるわ」
「……え、深森も本調子じゃなかったのか?」
それは予想もしていなかった。
「わたしの能力を分かつというのは、記憶の転送とは少し違っていたみたい。遙か昔にシュン君に肩代わりしてもらったお陰で、わたしはしばらくの間、さほどの力はなかったのよ」
「そうだったのか……謝るべきかな」
なるほど、俺が気絶していた(振りをしてた)時に二人の深森が話していたのは、そういうことか。
苦笑して頭をかくと、深森は笑って首を振った。
「むしろ、長い……長い間、私の重荷を引き受けてくれたシュン君には、感謝しかないわ」
「ちょっと!」
そこでカグヤが抗議するように腰に手を当てた。
「和んでるところに悪いけど、あたしを移動させるって簡単に言ってくれますけどね。ここ、地上二百メートル以上あるんですけど!」
「わかってるさ」
俺はわざとあっさり言ってやった。
「だから、PKで移動させるのはビルの屋上になるだろうな……どっかの」
「いや、そんなまだボーダー能力が戻ったばかりの人に、そんなのやって欲しくないというか」
『あと五分だぞっ』
また館内放送が入って、短い警告が来た。
俺は真面目くさってカグヤを見やり、言ってやった。
「心配はもっともだが、今更どうにもならん。この計画が嫌なら、カグヤも一緒に来るしかないな」
「う……ううっ……まだ中学生なのに」
意味不明の言葉を洩らしたが、俺は一切訊かず、深森を見た。
「じゃあ、陽動の方、頼めるかい?」
「任せて!」
……この言い方なら、少なくとも深森は心配あるまい。
むしろ心配なのは、俺の方だ。途中でカグヤを落っことしたら、目も当てられない。




