戦闘現場にて
「銃声だっ。今度は本格的だ!」
わかりきったことだが、俺は思わず声に出した。
かなり上の方で聞こえたが、気にならないわけない。
「ふ、深森は大丈夫だろうな!?」
「そんなのあたしが知りたいわよっ」
きっつい性格のカグヤは、いつも通り丁寧に答えてくれた。
「それより、片岡さん今、思いっきりボーダーの――それも、トップクラスのPK能力振るってたじゃない。やっぱり、あの深森さんと同じく、そういう人だったのね」
なんだか不服そうに言われたが、俺は無論、首を振った。
「力は本物だが、これは元々、深森に分けてもらったものなんで。それより、肝心の深森達は?」
「調査のために集められていたあたしや兄貴、そえに片岡さんのお母さんも、深森さんが鮮やかに解放して逃がしてくれたけど、でもその直後からどっさり警察が押しかけてきて」
カグヤが悔しそうに言う。
「兄貴達は大急ぎで逃がしたけど、あたしをはじめとして、わずかながらいた本物のボーダーが、逃げられずに残されたというわけ」
――連中は、最初からボーダー達を特定して捕まえるために、家族をわざとここへ集めたみたいね。
最後にカグヤがそう付け加えた。
要は、まんまと家族を餌に釣られたということだろう。
「警察をはじめとして、あいつらの中の一部は、まるで選別したように、逃げる普通人は置いて、あたし達だけ狙ってきたもの。もしかしたら、ボーダーを見分ける方法でも見つけたのかも」
「それで、深森はどこっ」
「知らない」
またあっさりと言ってくれた。
「あたし達を解放してから、わざと上へ上へと逃げていったわ……階段で。多分、自分達が囮になってくれたんだと――どこ行くのっ」
皆まで聞かずに走りそうとした俺の腕を、カグヤが素早く掴んだ。
「もちろん、助けに行くのさっ」
「ならあたしも行くわ!」
即答したカグヤは、ちゃっかり俺がさっき回収した警察官のベルトを横取りし、銃だけ奪って後は投げ捨てた。
「片岡さんも銃だけ運べば?」
「今そうするトコだっ。おまえが仕切るな!」
文句を言いつつも、俺も慌ててカグヤに倣った。
――エレベーターを使うのはまずいし、どのみち今は止められている……という有り難くもないカグヤの情報に従い、俺は彼女とともに今度は二人で階段を駆け上ることとなった。
その間に簡潔に情報を仕入れたが、どうも深森達二人が突入したニュースは、一つの転機となったらしい。
つまり、息を潜めていた、カグヤと同じく「本物」とされるボーダーが、何名か同じく突入してきたのだ。もちろん、カグヤと同じく身内が捕まっていた者達だ。
「向こうはそういうのを期待してたんでしょうね……深森さんが動くまでもなく、遅かれ早かれこうなってたのよ……あたし達は」
「ちょっとストップ」
息切れした俺は、階段の途中で止まって呼吸を整えた。
もう屋上まで近いと思うが、今のところ深森の気配はなく、代わりに死体を何体も見た。……みんな下手したらカグヤと似たような年頃の少年少女だ。
「ボーダーが能力を発現させるのは、だいたいティーンの頃だっていうからね」
踊り場に倒れている少年の死体に顔をしかめていると、カグヤが教えてくれた。
「それより、階段をいくのはいいけど、PKで二人とも運べないの?」
制服のスカートに銃を挟み込んだカグヤが、急かすように言う。
「そうしたいのは山々だが……」
呼吸を整える合間に、教えてやった。
「正直、俺は力を分けてもらってからこっち、ほとんどなにもしてこなかったんだ。まだ自分の能力がどれほどのものかもわからないし、いつへたばるかも不明だ。なら、肝心の時まで温存すべきだろ? 無制限に使えるもんじゃないってのは、他ならぬ深森が最初に教えてくれたんだ」
それに、既に何度か使って、疲労感が実際にある。
肉体的な疲労感もだが、精神力も消耗しているらしい……ともすれば、座り込んでしまいそうになるからだ。
「それより、今更だけど……いざとなれば、撃つ気かな?」
一応止めるつもりで、俺はカグヤに尋ねた。
「撃たなきゃ殺されそうだもの。片岡さんこそ、どうなの? 撃つ瞬間に迷うくらいなら、今から銃は置いていくべきよ」
生意気を言われたが、あいにく俺の腹は据わっている。
「できることなら撃ちたくないし、自分のためならきっと撃てない。でも、深森の命がかかってるなら、拾った銃の全弾撃ち尽くす覚悟だ」
――それに俺にはPKが、と言いかけた時、また銃声が連続で響いた。降伏しろおぉおおおお、という胴間声の絶叫も。
「悪い、先に行くっ」
「あ、馬鹿馬鹿っ。あたしも連れてい――」
そのあたりで、カグヤの声が途切れた。
俺がいきなり能力を解放し、足で駆け上がるのをやめて、ロケットよろしく上の階へとぐんぐん上昇を始めたからだ。
なにも、わざわざ銃撃が予想される場所へ、中坊の女の子を連れて上がることはない。
風切り音が耳元でして眼下の階段が文字通り、飛ぶように行き過ぎ――明らかに消耗しつつあったが、とにもかくにも、戦闘の現場には着いたらしい。
すなわち、展望ルームになっている広間のような場所だ。
警察官どころか、今度は防弾チョッキみたいなものを着込んだ私服の群れまでいたが……俺は階段の背後から彼らに迫るところであり、深森は反対側の売店の影にいるらしい。
ここも俺の知る都庁の構造と微妙に違うが、それより深森は――
「深森いっ」
俺はその時、宙に浮いたまま、大声を出していた。
当然、敵の群れが武器を手に、一斉にこちらを振り向く。しかし、それより俺は、壁にもたれて座り込んでいる深森を見て、到底正気ではいられなかった。
なぜなら、彼女が既に撃たれているのがわかったからだ!




