響き渡る銃声
気が気ではなかったが、都庁に着くと、見た目こそ俺がいた世界のと大差ない外観だったが、こっちはさらに高い気がする。
しかも、タクシーが入れるギリギリまで進んだものの、やはり警官が交通規制していて、それ以上進めない場所に出てしまった。
「ありがとう!」
俺が約束通りの割り増し料金を払うと、「気をつけてくださいよ!」とドライバーは最後に心配してくれた。
もちろん、それにも礼を述べて別れたが、もし俺が騒ぎを起こしているボーダーの一種だとしたら、彼はどう思ったろうか。
いや、自分でもとんと自覚がないのだが、深森の力を分けてもらった俺は、この世界では警戒されるべきボーダーってことになるのだろう。
(それより、今は深森達だっ)
ギリギリまで駆け足で進んだが、ラジオでがなり立ててた通り、都庁を前にして警官が検問などしていた。
今度は交通規制どころではなく、完全にシャットアウトする構えらしい。
ただし、都庁の方からは逆に逃げてくる人も多く、断続的に人の怒鳴り声やら――なんと銃声やらがする。
冗談ではなく、深森達は俺の母や(多分)カグヤなどを助け出そうと、奮闘中らしい。
警官が封鎖する向こうはゴミゴミしたビル街だが、距離的にはあと百五十メートル程度というところか。
前の世界でも、別の用事で通りかかったことくらいはあるので、方向はわかる……まあ、あそこに本当は都庁なんかなかったが、方角がわかればそれでいい。
「ええい、行くしかないかっ」
俺は最後のためらいを振り捨て、力を解放した。
「おい、君っ――ぐあっ」
複数の警官のうち、呼び止めようとして手を上げた警官を中心に、綺麗に扇状に宙を舞い、それぞれ路上に落ちた。
死ぬほどではないにせよ、すぐに立てないらしく、みんな呻いている。
「て、手加減はしましたよっ」
一応謝罪だけして、俺は全速でそこを駆け抜けた。
背後からは、「待てえっ」だの「ボーダーだ、ボーダーがもう一人いたぞっ」だの、割と元気な喚き声がした。
「こ、これで俺も堂々たるお尋ね者のボーダーに――わあっ」
ちょうどビル街の路地を折れたところで、背後から銃声がして、嫌な風切り音までした。
「う、撃ってきたのかっ。この世界の警察、ヤバすぎだろうっ」
よほどボーダーとやらは恐れられているらしい。
あと、日本の警官は万一発砲したが最後、うんざりするほど書類の山を書かされるらしいのに、ここでは割と気安く撃たれた。
ルールが違うのかもしれない。
背後から聞こえる怒声を引き離すべく、俺は入り組んだ路地へと入り込み、方向だけは間違えないように急いだ。
ともすれば後ろから撃たれる恐怖に怯えていたが、深森が血まみれで倒れるところを想像して、なんとか恐怖を抑え込んだ。
幸い、増援でも待っているのか、具体的に追いかけられたりとか、そういうことはなかったが。今はまだ、むしろ都庁から避難してくる人の方が多い。
「君、どこへ行くんだっ。この先は」
前からやってきたスーツ姿の誰かが叫んでくれたが、俺は片手をあげただけで走り抜けた。まだ混乱の真っ最中なら、深森を助ける可能性はあるはずっ。
ただ、まずいことにそのうち避難してくる人も皆無となり、逆にビル街を抜けて景観が開けた途端、真っ正面にバベルの塔よろしく高層ビルじみた都庁が見えた。
それはいいが――せ、正門のところで、また新たな警官隊が。
しかも、連絡が行ってたのか、十名くらいいたそいつらは、全員が既に銃を構えていた。
「止まれぇええええっ。おまえがボーダーなら、射殺もやむなしと許可が出ているんだっ」
よくわからないが、階級章の星が多いおじさんが、俺を見て叫んだ。
「自分達に撃たせるなっ。投降しろ!」
初めての経験で、無数に見える銃口の群れが、むしろ俺に落ち着きを取り戻させてくれた。なにしろ、逃げる気も投降する気もなくて、考えているのは深森の救出だけなのだ。
「ならば、俺がすべきは一つだけだっ」
俺は後のことを一切考えず、先ほどより遠慮なく力を解放した。
「――ぐっ」
「ちくしょうっ」
「貴様、こんな」
PKと呼ばれる力なんだろうが、例え元は深森のものとはいえ、警官隊はまたしても冗談のような気安さで宙を舞い、中庭の芝生におちた。
……だけではなく、まだ発砲前だった拳銃が一丁だけ目の前に落ちたのを見て、俺はとっさにそれを拾ってしまった。
「や、ヤバっ」
自分で拾っておいてなんだが、見た目は小さいのにずしりと来る重さで、今更のように恐怖がこみ上げてきた。
「ま、待て貴様っ」
後ろで誰かの声がしたが、俺は呪文のように深森の名を唱えつつ、正面エントランスへとダッシュする。
やっぱり近くで見ると俺の世界の都庁とはだいぶ違う感じだが、中へ入ればなんとかなるだろう……いや、むしろ俺が騒ぎを起こして、深森達への注意を逸らすかっ。




