深森雪乃の孤高の世界
僕は深森の人ならざる力のことを信じたし、彼女がタイムリープを重ねていることもあっさり信じた。
ただ……だからといって、能力を応用して、深森の力を分けてもらうなんてことが、簡単にできるとは思っていない。
これはあくまでも深森の運命に相乗りするための儀式……僕はこっそりそう思っていた。
しかし、彼女は真剣そのものだった。
「……心の準備はいい?」
向き合って立つ深森が、尋ねる。
「いいよ!」
僕は内心を悟られないよう、あくまでも不安が心に表れないよう、注意した。
この実験の結果は問題じゃない。
本当の問題はその先にある……なにがなんでも、この子と運命を分かち合い、自殺なんかさせないようにするんだ!
……深森の背負った運命のことを考えれば、それこそ最も残酷な仕打ちかもしれないのに。
「じゃあ、目を閉じて」
「わかった」
だが、既に儀式というか、実験は始まっていた。
僕は深森が先に目を閉じるのを待ち、自分もそっと目を瞑る。
どこから見ても平凡な僕は、後でどう深森を慰め、次の段階に進むか……この時はそれしか考えていなかった。
つまり、能力の譲渡は失敗すると見ていたわけだ。
ところが――。
「うわっ」
「他人へのコンタクトは初めてだけど……相性いいみたいっ」
僕の驚きの声と、深森の嬉しそうな――そして、かなり意外そうな声が重なった。
思わず目を開けそうになったが、それだと全て台無しになるかもと思い、僕は必死で堪えた。
この時の僕は、深森と手を繋いだまま、まるで深い深い闇の底に身を置いたような気分だった。彼女と手を繋いだままだったからいいようなものの、そうでなきゃ恐怖のあまり、とうに目を開けていただろう。
だからもちろん、僕は命綱に等しい手を離したりはしなかった。
たとえ、彼女の手を伝わって、なにかひどく温かい物が入ってくるのがわかっても。流入してくるそれを説明するのはとても難しいけど、熱……熱を帯びていたのは間違いない。
それに、深森の心も。
自分が世界に一人きりだという気分になり、僕自身は哀しくないのに、涙を堪えきれなかった。ああ、僕はなにもわかっていなかったと、その瞬間に理解した。
心と心が触れ合うこんな奇蹟の中だと、百万言の説明を聞くより、この子の気持ちがしみじみと理解できる。
本物の孤独感……そして哀しみ……それも、家族ですら化け物扱いするような……究極の孤独と哀しみ……深森の心に溢れていたのは、主にそんな感情だった。
『だけどもしかしたらっ』
ふいに僕の脳内に、なんと直接声が響いた。
『もしかしたら、片岡君ならっ』
『そうだ! 僕がいるっ。これは偶然じゃないと信じてくれ!』
僕も意識して、声を出さずに思いを伝えた。
『この僕を、深森といっしょに連れていってくれ。時間と空間の先の先、深森が行き着く運命の先まで、ずっといっしょにっ』
後から思えば、小学生にしては、無理して難しい言い方をしたものだと思う。
でも、珍しくその時の正直な気持ちだった。
『――っ』
『な、なんだこの感触っ……周囲の世界が広がっていく!』
深森のやたらと感激した返事が聞こえたが、なにを言われたのか、よく理解できなかった。
なぜならその瞬間、ふいに僕は自分の身体が――なんと、爆発的に拡大するような感覚に襲われ、焦っていた。
しかも、周囲も変化を遂げている気がする。さっき漂っていたのが闇の底なら、今は宇宙空間に等しい。
広さの桁が違うような。
本当は、この身が巨人化していたわけではなく、単に心の枷が外れたんだろうけど、その時の僕は初めての感覚に驚き、ひたすら驚いていた。
『わ、わっ。なんだこれっ……世界が広がっていく!』
『大丈夫、わたしも感覚を共有しているからっ』
『深森っ』
手を繋いでいるだけじゃ飽き足らず、僕はいつしか深森と抱き合っていた。初めての体験にびびりまくっていたが、それでも頑なに目を開けようとしなかったのは、自分でも予感があったからだ。
僕の思いの強さが原因か、あるいは深森が想像以上に優秀な能力者だったのか。
とにかく、意識を失う前に僕は確信していた――。
破れかぶれの実験は、成功した!
おそらくは、世界で彼女だけが知る孤高の世界に、僕も入れてもらうことができたっ。
運命をともにする準備ができたってことだよなっ。
その時の僕は、すぐ後に待ち受ける運命に気付かず、大喜びでそう考えていた。




