片岡俊介、一世一代の演技
「これが偶然であるはずがないっ」
しばらく沈黙が続いた後、俯く深森に僕は言った。
「つい最近、深森が無数にある多元世界の一つで、僕ともう一人の自分が知り合いだったことを知る――その直後と言ってもいい今、今度は今現在のこの僕と出会う。しかも、こんな劇的な場面でっ。絶対に、こんな偶然ないって!」
別になにかの確信があって言ったわけじゃないが、深森は熱心な口調に希望を見出したのか、じっと僕の顔を見つめた。
僕は、深森の真剣な眼差しを頬に感じつつ、必死で考えを巡らせた。
なにかあるはずだ……なにか手がっ。
偶然じゃないのだとしたら、ここで僕に出来ることがあるはずなんだ。
たまたま自殺を止めたとか、そんな一時しのぎの方法じゃなく!
しばらく考え、僕は我知らず口に出していた。
「さっきの説明でさ、深森は自分の力というか、能力をいろいろ教えてくれたよな? メインの次元転移とタイムリープ以外にさ? 悪いけど、もう一度教えてくれないか。さっきも、その説明で、なにか引っかかった気がするんだ」
「い、いいけど?」
あまりにも僕が熱心だったせいか、深森は再び自分が自覚する限りの能力を教えてくれた。
もちろん、最大最強の力はタイムリープを伴う次元転移だが……実は彼女には他に細かい能力もいろいろある。
「PKっていう、物を動かしたりする力もあるわ……あとは、人の怪我を治したり、記憶を転写したり……これはまだ慣れてないけど」
もう一度説明を聞いて、僕は彼女の説明のどこに引っかかったのか、悟った。
「それだっ」
「え、えっ」
きょとんとする深森に、僕は畳みかけた。
「記憶の転写だよっ。それって多分、記憶そのものを他人――例えば僕に移すってことだよな? それは間違いない?」
「間違いないけど、そっちはあまり試してないし、自信ないのよ」
おずおずと打ち明ける深森に、僕は無理して笑顔を向けた。
こっちだって自信があるわけじゃないけれど、もしも彼女の運命を曲げる突破口があるとしたら……多分、今の僕に思いつくのはこれだけだ。
「もしも……もしもだよ? 他人に移すのが、記憶じゃなくて、能力そのものだとしたら、どうかな? つまり、深森の持つ力を僕に転写してくれっ」
「――っ!」
大人びた瞳を大きく見開き、深森は僕をまじまじと見つめた。
おそらく、自分の力をそんな風に応用して使うことなど、考えたことがないのだろう。
「ど、どうしてそんな……ことを?」
「僕と深森は、今日、本当の意味で初めて出会ったんだけど、深森の力のお陰で、既に僕らは未来においても縁が出来ている。だからこそ、僕は初対面なのに、深森の自殺を止めるなんて重要な場面に出くわしたんだと思う。深森も言ったじゃないか? 僕を見た瞬間、『どこかで出会った?』ってさ。多分、深森だって、密かに予感してたんだよ。僕と君は、運命を共にする存在だって」
よく言うよな、と自分でも思う……もっともらしい説明は、僕の渾身の演技である。
本音を言えば、僕はそこまで、劇的な運命なんてものを信じる気にならない。
ただ、今は深森を救うこと、そして二度と自殺なんてしないように止めること! それのみが、僕の目的だった。
自分で信じていなくてもいい、とにかく今は、深森をその気にさせないといけない。
そのためには、僕も彼女の運命に一枚噛むしかないっ。
幸か不幸か、彼女が教えてくれた多くの能力の中に、テレパスの力はなかったように思う。
ならば、今ここで運命の片棒を僕が担いだ――そう信じてもらおう。なにがなんでも!
能力の転写と記憶の転写が同じものだとは思わないが、彼女なら可能かもしれない。仮に失敗しても、僕が運命を共にする存在だと信じてもらうよう、説得する!
「わたしの力を……片岡君……に?」
自分でその意味を噛みしめるように、深森がゆっくりと繰り返す。
「そう!」
対して僕は、力強く頷いた。
「自分だけ悩んで死ぬなんて、馬鹿げている。一人じゃどうしようもなくても、僕がいれば――つまり、二人ならきっと結果は変わるさっ。現に、今日僕と出会うまで、自分の運命の行き着く先しか見なかったんだろう? でも、今は僕もいるっ」
ああ、本当にそう信じられたらいいんだけどっ。
だけど、もちろん僕にそこまでの自信はない。ただ今は、深森が二度と自殺なんて試みないように、渾身の演技を続けるしかない。
「でも……仮に記憶転写の能力を、そんな風に使えたとしても……片岡君に、そこまで迷惑かけられない……もの」
「いや、逆だよ、逆」
僕は語尾を強めて断言した。
「僕らはもう出会ってしまったし、そして僕は深森の運命の行き着く先を知ってしまった。なのに、今更イチ抜けできるもんかっ。頼む、深森の運命を僕に分担させてくれ。それこそが、今の僕の唯一の望みなんだ」
「どうして……そこまで……わたし、なんのお礼もできないのに」
「いや、お礼はできるさ、うん」
僕はその時、にやっと笑った。
むしろ……そういうご褒美があった方が、深森が納得するかもしれないし。
「もしもこの試みが上手くいったら、ずっと先でいいから、ちゃんとご褒美をもらうよ」
「それって、なぁに?」
初めて深森が、年齢相応の可愛い問いかけをした。
小首を傾げて僕を見る仕草なんて、それだけで感動ものだった。
「今は秘密……それより、頼みを聞いてくれるかい? 成功したら、後で教えてあげる。大丈夫、無理なお願いじゃないよ」
僕は、せいぜい思わせぶりに笑ってみせた。
本当に……一世一代の演技だな。




