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グラウンドゼロ(最初に会った場所)と最終的な超能力


「へぇえええ。なんか綺麗な名前だね」


 僕はお愛想ではなく、真剣に感心した。

 アニメとかコミックとかのヒロインにいそうな名前じゃないか?


「ちなみに僕は、片岡俊介っていうんだ」


 自分も名乗った途端、女の子の切れ長の瞳が一杯に見開かれた。

 あたかもUFOでも眼前に見たかのように、僕をまじまじと見つめている。


「カタオカ……シュンスケ……さん?」

「なんで、さん付けさ? 同じくらいの年齢だろ、多分だけど。片岡でいいよ」



「わたしは見たの。悲惨な死ばかりに至る多くの未来で、唯一、その世界のわたしのみが、死の間際に笑っていたわ。とてもとても大事な人を呼ぶように、その名を何度も口にしていたのよ」



「は? 未来? 未来ってどういうこと」


 当然ながら、僕はきょとんとして尋ねた。

 僕らは初対面だし、未来がどうのと言われても、さっぱりわからない。


「わたしも初対面だけど、でもね、未来に自殺するわたしの一人が、あなたのことをよく知っていたみたいなの。それどころか、唯一の心の拠り所だったみたい。わたしが見て回った自分の運命の行き着く先では、一番マシだと思えた世界だったわ」


「はい?」


 ヨリドコロって、心の支えとか?

 いきなり十歳とは思えないほど難しい言葉を聞いた僕は、戸惑った。

 加えて、内容が全然わからないし。自殺? 未来において!? どういう意味なんだ。


 深森雪乃と名乗った少女は、きょとんとしている僕を見て、ふいに屋上の柵を登り始めた。今にも飛び降りそうに見えたのに、気が変わったらしい。




「あ、自殺はやめるんだ?」


 ほっとした僕に向かい、彼女は首を振った。


「そうじゃないけど、今は片岡君と話さないと」


 また謎のセリフを述べ、深森は本当にこちら側に戻って来た。


「――来てっ」

「うっ」


 深森に手を引かれ、僕はあわあわしたまま、階段口の方へ歩いて行く。

 ビルの中に入るのかと思ったが、彼女は階段口前にある数段の段差に座り、「横に座ってね」と誘った。

 なにやら話があるというのは、本当らしい。


 既に深森にぽおっとなっていた僕は、もちろん言われるままに座り、話を聞いたさ。

 それはもう……生まれてこの方聞いたこともない、不思議な話を。


 深森は時間をかけてゆっくり説明してくれたが、それでもこの話は、僕の理解力を越えていたように思う。

 途中で何度も聞き直し、ようやく最後あたりで多少、話の流れがわかった……そのくらい、有り得ない話だった。





「つ、つまりこうかな?」


 話が終わった後、僕は必死で彼女の話をまとめた。


「深森は物心ついた時から、かなり優秀な能力――いわゆる、超能力を持っていたと。しかも、その気になれば、時を越えることすら可能だった?」

「越えるのは時だけじゃない、おそらく私は数多の世界を渡り歩いていると思う。自分では、これは『最終的な超能力』だと思っているわ」


「時を越えるだけじゃない? 世界を渡り歩く?」


 オウム返しに述べてしまったが、本好きな僕は、かろうじて話についていけた。既に多元宇宙を題材にした物語を、幾つか読んでいる。それでも、時間と異なる世界の両方を跳ぶというのは、記憶にない。たしかにこれは、最強最大の力かもしれない。


 他の誰にこんな話聞いても、僕は信じなかっただろう。

 しかし……この子は、さっきまで、小学生の身で自殺しようとしていたのだ。

 それも本気で! 死の淵から戻ったばかりの彼女が、そんな大嘘を僕に話すとは、とても思えなかった。


 そして、僕が疑っていないことを察したのか、深森は柔らかく言った。



「わたしはその力で、自分が飛べる限りの時代を渡り歩き、自分の運命が行き着く先を見てきたの。でも――」

「いくら時を越え、世界を渡っても、幸せな未来が見つからなかった?」


「そう、そうなのっ」


 深森は、驚いたように僕を見る。


「どうしてわかったの!?」

「いやだって……小学生の身で自殺しようっていうんだから、そりゃよほど嫌な未来を観たんだろうなぁと」


 僕が同情を込めて答えると、深森の表情が一瞬だけ歪み、慌ててそっぽを向いた。


「ありがとう……同情してくれて」


 ハンカチで乱暴に目元を拭った後、深森は僕を懸命な目つきで見た。


「ありとあらゆる未来で、わたしは年若くして死を迎えていた。自然死なんか一つもないわ。全部、戦死とか自殺とか拷問されての死とか、そんなひどい未来ばかりだった。わたしの力は、未来においてはほとんどの人類に嫌われ、否応なく戦うしかなくなるから」


 まさかとは思ったが、僕は口を挟まずに聞いていた。

 信じられないような話かもしれないが、この子が嘘をついているとは、とても思えなかった。


「でも、でもねっ、唯一、高二の秋に自殺する世界で、私はビデオレターとして、遺言を残していたの。時を越え、世界を渡り、何度目かの自分の悲惨な最期を観ようとしていたわたしは、微かに聞いたわ。全部じゃないけれど、重要な部分はちゃんと聞こえたの――未来のわたしが、こう言うのが聞こえたわ」


 深森は息を吸い込み、思い出を辿るように声に出した。



『片岡俊介君……わたしは貴方が、ずっと昔から好きでした。結局、告白する勇気は出ず、遠くから見ているだけの人生だったけど、片岡君には感謝してます。だって、もしあなたに会わなければ、もっと早くに死んでたもの、わたし。だから、これはわたしの本当の気持ち』



 聞いた瞬間、呼吸が止まりそうになった僕に、深森は泣きそうな瞳を向けた。


「自分がどんな存在なのか、その時のわたしは既に理解していたのよ、きっと。だから、告白なんてしようとも思わなかったのでしょうね。……でも、わたし自身の声を聞いていてわかった。ああ、わたしは本当にこの男の子が好きだったんだろうなって」


 いつのまにか深森の手が、僕の手を握ってくれていた。

 僕には――いや、今の僕には全く心当たりのないことだが……この時僕は、かすかに思った。今からでも、なんとかならないのか?


 だいたい、数多あまたの世界に存在するという「他の世界の深森雪乃」は、全てが完全に同じ雪乃とは言えないだろう。

 全員を救うのは無理でも、せめて僕と運命が繋がった、この子くらいは!

 そのために……僕らはここで出会ったんじゃないだろうか。


 僕はいつしか、そう考えていた。

 

 


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