わたし? わたしは……深森雪乃よ
深森雪乃は、昔の彼女自身と二人で、どこかへ去ってしまった。
ただ、その後で深い眠りに引きずり込まれた俺は、なんだか懐かしい光景を見ていた。
街を歩いているのは、俺自身だとわかっている。
ただ、高校生の俺でも社会人の俺でもなく、なんと小学生の頃だ。
どうも、かつての俺の身体と心が一体化しているらしい。ただし、今の俺はそんなことには気付いてない様子で、なんだか楽しそうに歩いていた。
ポケットの中には母親からもらったばかりの小遣いがあり、それでお菓子を買うことで頭が一杯だった。
現在の俺と子供の頃の俺の意識が混ざり合い、ちょっと混乱する……だが、ああ……心配ないようだ。
今の俺は完全に昏睡状態となり、意識は当時の小学生にシンクロしていく。
いつも行く駄菓子屋へ着く前に、僕は気付いてしまった。
近道のために、寂れた裏通りを通っていたのだけど、たまたま目に付いたビルの屋上に、人影がある。
「……え?」
僕は思わず立ち止まった。
相手は大人じゃなくて、長い髪をなびかせた女の子だった。
しかも、僕とあまり変わらない年齢に見える……そんな子が、夕方にあんな場所に一人で立つだろうか?
だいたい、このビルはもう十年近くも空っぽで、廃墟同然だったよな、確か。
そこに思い至った途端、僕は慌ててビルの階段を駆け上がった。いつもシャッターが下りているのに、今日に限って開いていたのだ。
(まさかまさか……まさかっ)
一気に七階分を駆け上がり、屋上に飛び出した途端、僕は自分の予想がどんぴしゃりだったことを知った。
問題の女の子は、屋上の柵がある向こう側に立っていたのだ!
つまり、あと一歩踏み出せば、奈落の底である。
(じ、自殺かよっ)
これは正直、小学生五年に上がったばかりの身にとっては、判断に困ることだった。
止めるべきなのはわかりきっているが、どうやって説得すべきか。
……考えながらそろそろ近付いていた僕は、ふいに声をかけられた。
「近付いちゃだめ」
まだ背を向けたままだが、自殺寸前の当の女の子が、話しかけたものらしい。
「ぼ、僕!?」
間抜けにも、僕は自分を指差して尋ねてしまった。
相手は柵の向こうで、背中を向けているというのに。
「……他に、誰もいないでしょう?」
同年代の女の子なのに、少し低い声でそう答えると、女の子はゆっくりと振り向いた。
ここで、二度目の驚きである。
相手は地味なワンピース姿だったが、僕がかつて見たことがないような、ひどく綺麗な子だったのだ。
いかに歳が近くても、僕のクラスにこんな子はいない。
みんな、だいたいきゃぴきゃぴしてて、のべつまくなしにしゃべりまくり、昨晩のアニメの話とか、美少年揃いのタレントグループの話しかしないし。
でもこの子は、神秘的な大きな瞳がしんと静まり返っていて、瞬きもせずに僕を見つめている。途中でちょっと小首を傾げたが、その繊細な表情と整った顔立ちは、とても同じ人間とは思えなかった。
長い髪がさらさらと流れるところすら、計算されたシーンみたいに決まっていた。
「……ねえ?」
「ぼ、僕!?」
間抜けにも、僕はまた同じ返事をした。
「そう、あなた」
辛抱強く女の子は頷いた。
「わたしたち、どこかで会った?」
会った記憶はないが、この時の僕は、これをある種のチャンスだと思った。
そこですかさず「どうだったかな? 君の名前は?」と返したのだ。
お近づきになるには、まず相手の名前くらい知らないと。
女の子は……金網に手をかけ、疑う様子もなく答えてくれた。
「わたし? わたしは……深森雪乃よ」と。
更新遅くて申し訳ない。
とにかく、最後まで連載は続けます。
あと、短編ホラーも始めているので、興味ある方はどうぞ。
「神隠しの夜」というタイトルです。




