後始末しなきゃ、ね
その時の俺は、おそらく土俵際でたたらを踏む、力士のようなものだったかもしれない。
つまり、ギリギリ、昏睡状態に引き込まれるのを我慢していた、ということだ。
これは俺のがんばりだけではなく、実は深森が俺の後頭部に触り、独自の能力を使ったせいかもしれない。
人の意識を奪う能力をなんと呼ぶべきかはおいて、彼女の力は俺とやたらと親和性が高かったように思う。
なんだか手を置かれた時、ひどく心地よかったくらいだ。
前にもこんなことがあったように思えたし、不思議な話である。
それは置いて――俺がすっかり気絶したと思い込んでくれたのか、チビ深森と深森本人は、しばらくしゃがみ込んで俺の顔を覗き込んでいた。
今俺が目を開けようものなら、深森がすかさず手を伸ばして、また人を気絶させようとするだろう。なにしろ、せいぜい瞼が動くくらいじゃ、話にならない。
抵抗しても無駄ってもんだ。
だが、意地でもそうはいくか、畜生っ。
せめて今ここで、なにがなんでも事情を盗み聞いてやるっ。
「眠ってくれたみたい……」
深森本人が呟いたのに対し、チビの方は「じゃあ、今度はわたし達が動く番ね」と張り詰めた声で言った。
「そうね」
寂しそうに深森が肯定する。
「力は戻った?」
え……チビ深森が謎の質問をしたぞ?
しかも、深森本人も当然のように返事をっ。
「大半は、ね。所詮わたしは、この能力から逃げられない運命だったみたい」
「いまさらどうにもならないの。シュン君の力は戻った?」
「今のところ、その兆候はないと思うけど、でもシュン君は昔のあなたと出会ったコトが遠因となり、タイムリープしてしまった。なにかきっかけがあれば、戻るのかも」
深森本人の不思議なセリフに対し、チビの方は「そう、いずれは戻るのよ……それが、早いか遅いかのちがいだけ」と小学生とは思えぬ醒めた発言をする。
ていうか、俺に力なんかあったのか!? 力って、超常能力だと思うけど。
しばらく沈黙が続いた後、またチビ深森の声がした。
「そろそろ……シュン君をベッドに運んで」
正直、寝たふりをしてた俺はほっとした。
どうも大注目されていたようで、そのうちボロが出そうだったのだ。
「……喜んで」
深森本人の声がして、俺は軽々と彼女に抱き上げられた。
「ああ、さっきお姫様抱っこしてもらったけど、今度はわたしが……最後だけど、嬉しい」
「ずるい!」
チビ深森の声が下の方で不平を鳴らす。
「わたしだって、抱き締めてほしかった」
「ベッドに寝かせるから、そこで? わたしも……するから」
な、なにをするんだっ!?
にわかに焦ったが、なんだか花の香りがするベッドに寝かされた感覚があり、すかさず小さい身体が上から抱きついてきた。
チビの方が本当に抱きついてきたのだ!
そりゃ、逆セクハラじゃないのかっ――そう思いつつ、なぜか不快じゃないけどな。深森本人の香りと、よく似ていたからかもしれない。
まあ、どちらも本人だとすれば、当然だが。
おまけに、その現代の時間軸の本人も、俺の横に寝そべり、抱きついてくるという……だから、逆セクハラだと。
しかもこちらは豊かな胸の感覚付きで。
「ああ……このまま、永遠に抱きついていたいわ……シュン君」
甘えるような深森本人の声に、窘めるチビの声がした。
「わたしも気持ちは同じだけど。だめよ……後始末しなきゃ、ね」
「そう、ね。収容所と囁かれる例の場所には、記録センターも付随している。あそこはスタンドアローンだから、全てを破壊すれば――」
「わたし達は手遅れとしても、シュン君とお母様は助けられる……かもしれない」
またチビの声。
「他に方法はないのね?」
「ないわ」
無情にチビが言い切る。
「わたしは、シュン君と出会ってから先の、見える限りの世界線を全てみたの。でも、わたしとシュン君が幸せになれる世界はない……わたしは……わたし達は、この世界のモンスターだから」
「わたしたちが生きてると、シュン君まで巻き添えにするのね」
「……うん」
深森本人の言い方に、チビが辛そうな声で答える。
「だから、せめてシュン君だけでも、ねっ」
「そうね、それがわたし達の最後の望み」
ヤバそうな話がどんどん進み、二人の深森が俺の身体から離れる気配がっ。しかし、あいにくまだ身体が動かないっ。
本当に、指先一つ動かないのだっ。
嫌な予感がする。今この二人を行かせちゃいけないのにっ。
「さようなら、世界の誰よりも愛しい人」
「さようなら、わたしの痛みを引き受けてくれたシュン君。大好きでした」
最後に二人の声が重なり、そしてベッドルームのドアが閉まる音がする。
俺はもうなりふり構わず呼び止めようとしたが……無理だった。
せいぜい瞼が震えるだけだっ。辛うじて目を開けたものの、二人の姿はない……なにか危険なことをやらかすために、出ていったらしい。
俺だけ、のけものかっ。




