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世界は異端を認めない、という仮説


 正直、出たくなかったが、そうもいかない。


「ちょっとごめん」


 心配そうな深森を下ろし、電話に出た。


「……もしもし?」





『おぉ、やっと出たか』

「なんだ、谷垣かっ」


 俺はてきめんにほっとした。

 そういや、こいつにはまだ火事で死ぬ話は伝えてない。前回はそのままだったが、今回はちゃんと伝えないとな……電話で話すことじゃないが。


『あのさ、おまえ今、平気か?』

「えっ」


 意外な質問をされ、あわてて耳を済ませた。

 同時にふわっとよい香りがして、スマホを持つ手に深森が耳を寄せる。そんなんじゃ、聞こえないと思うのに。


「なんの話だよ!?」

『その慌てようじゃ、心当たりありそうだな』


 谷垣の声が真剣になった。


『実は、おまえが早退した後に、黒スーツの連中がうちの学校に聞き込みに来たんだよ。政府関係者だとか名乗ってたけど』

「それなら、知ってる。早退直前に俺も見た。廊下を二人して歩いてたな」


 藤原の妹の件で、兄貴を訪ねて来たんだろうと今は思っているが、さすがの俺も、その件は黙っていた。誰が巻き添えを食わないとも限らない。


『えー、そうなのか……俺はてっきり、おまえのことかと思ったんだが』

「えっ」


 声を上げると同時に、なんとちゃんと聞こえていたのか、深森がびくっと身を震わせた。


『あ、見当違いかもだけどな。おまえが早退した後、深森が百メートル走の新記録ぶっ立てて、その直後にあの子も消えたわけよ。で、俺らが噂してたら、黒服達がやってきて、おまえや深森のことをいろいろ尋ねたわけだ』

「たとえばどんなことを!?」


 勢い込んで尋ねると、『う~ん』と思い出そうとするような唸り声が聞こえ、ぼつぼつと教えてくれた。


『最近、おまえの様子で妙な点はなかったかとか、あるいは深森と一緒のところを見なかったか、とか……そんなことだな。あ、もちろん俺は、全力で否定しておいたぞ。いつものお馬鹿な片岡です。今日もサボってゲーセン行きました、的な』


 なんでもないことのように茶化そうとしたが、本人の声音も心配そうなので、あまり成功したとは言えないだろう。

 ただ俺は、この期に及んでも「そうか、俺もとうにマークされてるのか」と思っただけだった。藤原の妹の話からして、俺は手帳にメモられてたらしいし。

 だいたい、本当に俺が狙われているなら、廊下で捕まっているはずだ。


「そうか……いや、ありがとう。今のところ、別にどうってことないさ」


 藤原のことを教えたところで、どうなるものでもないので、俺は平然と返し、「色々教えてくれて、ありがとうな」ときちんとお礼を言った。


『お、おう。とにかく、最近はボーダー絡みの事件で、政府がぴりぴりしてるからな。万一にも、疑われないようにしろよ』

「ああ、わかった。……そうだ、ずっと訊こうと思ってたけど、三年の榊先輩って、今なにしてる?」


 確率は低いが、また深森に執着しているようならまずいので、訊いてみた。


『榊……いや、誰それ? 有名人か?』

「あ、いいんだ。知らないならいい。じゃあな、サンクス!」


 俺はそのまま電話を切った。

 谷垣が知らないということは、おそらく「元々、この世界には存在しない」確率が高い。ループする度に良くも悪くも世界が変貌するが、これはおそらく俺か深森、あるいは両方の意志が反映された結果だろう。 


 ただし、今は単なる仮説だが、「世界は異端を認めない」というある種のルールが本当に存在するなら……それだけは、タイムリープの能力でも、どうにもならないのかもしれない。


 最終的には、絶対にろくでもない世界へ流れ着く気がする。




「……全てが俺の思う通りに変貌するなら、助かるんだけど」


 深森がようやくスマホから耳を離したところで、「聞いてた?」と一応尋ねて見る。深刻な顔で頷いた。

 そして、いきなり俺に告げた。


「逃げた方がいいわ、本当に。今思えば、お母様が不在なのもおかしいと思うの」

「……うっ」


 俺は呆然と深森を見た。

 母親の留守が偶然じゃないと? そこまでは考えなかった、くそっ。


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