俺、実際に今日、その黒服男達を見た
「な、なんでまた、同じマンションに」
反射的に尋ねてしまったが、別に照れるでもなく、雪乃は即答した。
「少しでも、シュン君のそばにいたい……離れるのはいや……ただそれだけ」
「あーーっ、もおっ!」
不意にカグヤが髪を掻きむしる。
「独り者の、しかも逃亡中のあたしの前で、イチャイチャすんなっ」
「俺はしてないっ。――て、そうだ!」
肝心なことを思い出し、俺はカグヤを見た。
「それで思い出したけど、ちゃんと兄貴に連絡とっておいてくれよ。妹に会ったのに、そのまま別れたとか報告したら、あいつに恨まれかねんっ」
「報告してどうすんの」
一気に顔をしかめ、カグヤは足を高々と組む。
「その兄貴に迷惑かけたくないから、姿を消したんだから」
「いやしかし」
反論しかけたが、このままでは水掛論になると思い、俺は質問の矛先を変えた。
「そもそも、その追っ手っていうのは、本当にカグヤの力を問題視して来た奴なのか? 実は他のことでは?」
「あいにく、黒服の男に関しては、間違いようがないの。ボーダーの間では有名だから」
どこか暗い表情と声で、カグヤは息を吐いた。
隣で微かに雪乃が身じろぎしたが、特になにも言わなかった。
「白状すると、こんなあたしにだって、他のボーダー仲間ってのがいるのよ。もう昔から因果な力があるものだから、ネットとかを通じて、その手の子達と知り合うわけ。だからこそ、今でも匿ってくれる子には不自由しなくて有り難いんだけど。まあ、それは置いて――とにかく、そういうボーダーのネットワークの間じゃ、『黒服の男達に見張られるようになったら、もう逃げないと駄目』って話は有名なのよ」
「黒服? いや、待てよ……それって、映画にあったあいつらのことか? 確か、メン・イン・ブラックとかいうタイトルの」
「そう、それ。映画の方はUFOと宇宙人関連? まあ、そっちも連中の担当らしけどね」
なぜか薄笑いを浮かべて、カグヤは俺を見た。
「今、映画のことを思い出して、とっさに馬鹿にしたでしょう?」
「いや、馬鹿にしたというか、『ええ、あの映画の連中か?』とは思ったな」
助けを求めるように隣を見たが、珍しく彼女は、真剣な表情でカグヤを眺めていた。
最初は全然興味なさげだったのに。
「そう、普通の人はみんなあの昔の映画を思い出して、苦笑する。そして、次に馬鹿にする。あんなの、所詮は笑い話じゃないかって。……映画が公開される遥か以前から、黒服の二人組の噂は、根強く囁かれていたのにね。それがあの映画のせいで、すっかり真剣に捉える人がいなくなったわね……都合のいいことに」
「なにが言いたいんだ?」
さすがに俺は、話についていけなくなってきた。
「あの映画を制作したのは、ボーダーを危険視する連中と同じ穴のムジナ、とか言い出すんじゃないだろうな?」
「あたしなら、その可能性を笑い飛ばしたりしないわね」
やけに静かな声でカグヤが言い返す。
どうせ話が通じないだろうと、投げやりになっている者の表情だった。
「信じられなくもいいから、最初は真剣に危険視されていたのに、最近になってふいにギャグネタに貶められたような存在には、注意した方がいい。その胡散臭いほどの信憑性の暴落には、
必ず誰かの意図、あるいは確かな目的が秘められているから。だいたい、ボーダーが起こした凶悪事件とされるものが、本当に全部ボーダーのせいだと思うの?」
「……いや」
これは俺も、明確に首を振ることができた。
なにしろ、自分自身もネットでそれらの情報を知り、疑ったクチなのだ。
「都合の悪いことを触れ回る者に警告、ないしは拘束のために活動する黒服の男達は実在するし、実際に調べれば、たとえばYouTubeの動画配信主などで、その手の警告を受け者は大勢いるの。あまり知られていないけど、動画それ自体が削除されて、本人も消えてしまったケースも。わたしは動画なんかアップしたことないけど、逃げなきゃそうなっていったのは同じよ」
俺は顔をしかめて聞いていたが、いささか真剣に受け止め始めたお陰で、嫌なことを思い出した。
「……俺、実際に今日、その黒服男達を見た」
「どこでっ!?」
強い口調で尋ねたカグヤはまだしも……俺が驚いたのは、雪乃である。
彼女は、抱え込んでいた俺の腕を痛いほど爪を食い込ませ、俺をまじまじと凝視していた。瞳に浮かぶのは……これはまさか、恐怖心かっ。
巨漢で乱暴者の榊を、ためらいもせずに殺してしまったこの子が、恐怖だとっ。
本作は硬いパートに入っていますが、逆にゆるゆるの甘甘(になる予定)の新作を始めてます。
「デレ度ゼロの妹を、本来あるべき、お兄様デレデレ状態に改造する計画」
↑がタイトルです。ほぼタイトルのままのあらすじと、あとヒロイン複数。
よろしくお願いします。




