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屍者に逢う2(終) 深森を助けるために起こったような気がしている

 十年前に通っていた教室に、再び入ることがあるとは思わなかったが、緊張して入ったところで、2ーBのクラスメイトで、俺を見て騒ぐ奴はいない。

 

 そりゃまあ、当時の姿、そのままだからな。


 時間が戻ったせいか、顔や肉体もこの時点に戻ってしまった。

 おまけに、記憶を探って自分の席を探していると、見覚えのある級友がこっちを見て声をかけてくれた。


「おい、片岡っ。なにキョドってんだっ」

「あ、いや。……ていうか、おまえ谷垣かっ」


 二年前に連絡網が回ってきて、火事で亡くなったと聞いたのに……その時の葬式に俺も参列したのに、普通に当の死者が座っている。

 今が2018年であることを思えば、当然なんだが、それでも驚く。


「は? 他に谷垣はいないだろ?」

「あ、ああ……すまん。ちょっと寝ぼけててな」


 俺は苦しい言い訳をして、そいつの横に座った。

 窓際の、後ろから二番目という、なかなか良い場所である。

 当然、ささっと教室内を見渡し、深森を探す……だがあいにく、まだ来ていないようだ。まあ、いつもギリギリか遅刻だったよな、あの子。



「なんだ、ブレイドを探してるのか?」


 谷垣がふいにからかうように言った。


「えっ」


 とっさに、その意味がわからなかった。

 まさか、漫画雑誌でもあるまいし……しかし、当然すぐに思い出した。ブレイドとは、深森雪乃のあだ名である。触れば切れそうな刃という意味で、そうあだ名されているのだ。


 そうだ、彼女に救いの手を差し伸べるにしても、まずいことその2だ!

 そもそもあの子、見た目は普通でも、中身は結構な不良なのであるっ。


「いや……そこまで命知らずじゃないよ」 


 内心でパニくりながらも、俺は素知らぬ顔で苦笑する。


「なんでそう思ったんだ?」

「う~ん。そう言えば自分でも不思議だが」


 谷垣は少し首を傾げ、小さく机を叩いた。


「そうだ、なんかブレイドの方がおまえをチラチラ見ていることがあるから、それでだっ」

「え……それ、本当か? 俺、全然気付かなかったけど?」

「そりゃおまえ、鈍いしな」


 こ、こいつっ。


「まあ、好意とは限らんぞ? ガンつけてたのかも」


 軽い口調で吐かしやがる。


「たださ、なにせあれだけの美人だ。火遊び希望の野郎は、意外と多いらしいぜ」

「マジかっ」

「マジもマジっ。既に二桁以上の告白を受けて、全部断ってるらしいけど」

「おまえ、なんでそんなに――」


 詳しいんだ? と訊くはずが、俺は思わず押し黙った。

 スライドドアがゆっくりと開き、当の深森本人が入ってきたからだ。ここは、女子率高い付属高校なのだが、あいにく不良だと思われている彼女に、友人はいない。


 少し吊り目がちな切れ長の目のせいか、そして、だいたいいつも笑顔皆無のせいか、キツい性格に見える。


 ただし、それを気にしなきゃ、見た目はそこらのアイドルの比ではない。すれ違った人が必ず振り返るほどの美人さんなので、駄目元で告白する男もたまにいるそうな……成功した話は、とんと聞いたことないが。

 セーラー服姿が恐ろしいまでに似合っているし、背筋を伸ばして歩くその姿勢が、ため息が出るほど美しい。


 ただ、深森本人は周囲など全く気にも止めず、芸術的に薄い鞄を小脇に抱えて歩いていく。


 さっきまで喧噪で満ちていた教室内が、妙に静まり返り、男女を問わず、多くの生徒が深森をそっと窺っていた。

 彼女はそんな視線の全てを、見えざるシールドで全てカットしているかのように、まるで気にしている様子はない。ただ、俺の脇を通る時、ちらっと俺を見下ろした。


 濡れたように光って見える瞳が、一瞬だけ俺の視線とかち合う。


 その瞬間、ふっと彼女の瞳が揺らいだ気がしたが、まあ気のせいだろうな。その証拠に、そのまま通り過ぎたし。

 椅子を引く音がして、後ろに座ってしまう。そうだ、俺の背後でだっ。

 十年のブランクは馬鹿にならなかった……たった今、ようやく思い出した。


 そういやこの子、一年の時も二年の時も、ずっと俺の後ろの席だったんだっ。偶然にしても、凄い確率かもしれない。



 

 正直なところを言えば、授業中、気が気ではなかった。

 背後に、十日後に自殺する女の子がいると思うと、冷静ではいられない。俺も多少は気のある子だとなれば、なおさらだ。


 それに俺は、この突然のタイムリープは、深森を助けるために起こったような気がしている。


 となれば、彼女が死なないように、俺は最善を尽くすべきだろう。

 どう行動するのがベストかと思い、ずっと考えていたが……結局、結論は一つしかなかった。他の方法が皆無とは言えないが、やはりこの方法が一番固いだろう。


 ヤケクソで決意した俺は、昼休みになった途端に席を立った深森に、すれ違いざま、囁きかけた。


「話があるんだ。旧校舎の音楽室まで一緒に来てくれないか」


 おおっ! 一瞬だけど、深森の動きが止まったぞ。


 俺が素早く目配せして歩き出すと、少し間を置いて深森もついてきた。


 よ、よしっ……ここまでは上手くいってる――はずだ。


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