わたしは今、シュン君の下の階に住んでいるの
「わかるようでわからない。どういう意味かな?」
「つまり、兄貴の定義だと、世界には無数の可能性がある。その説明で言うなら、シュン君の頭にツノが生えた世界だって、可能性としては有り得るはずじゃない? そうでしょ?」
「シュン君はよせ」
俺は顔をしかめ、沈黙している雪乃までカグヤを睨んだ。
「じゃあ、片岡さんで。とにかくよ、可能性としてはあるはずなのに、実際にはこの世界を全て探しても、別に片岡さんに限らず、頭にツノを生やした人なんて一千万に一人もいないはず……そうでしょ?」
「そりゃまあ……あ、そうか。だから『本質的に、世界は異質なものを嫌う』ってことか。異質な力を持つボーダーは、ツノの生えた人間に例えられる?」
「その通り!」
またカグヤが、ぴっとストローで俺を指差す。
「仮に学校の同じクラスに、頭にツノがある子がいたとすれば、その子はまず、普通の生活は送れない。これは、こういう極端な例に限らないわ。ツノじゃなくても、普通のクラスメイトより、断然気の弱い子、あるいは気が強すぎる子、肉体的特徴で人より目立つ子……標準という枠を逸脱した存在は、全て爪弾きの対象に成り得る。当然、ボーダーなんて、その最たるものね。だからこそ、標準の中に収まらない人は世間から隠れようとするか……あるいは最初から存在し得ない。これが、可能性としては存在し得るのに、なぜか頭にツノが生えた人が、この世界で見当たらない理由よ」
「……世界は異質なものを嫌う、か。一つ目の人間しかいない国へ紛れ込んだ、普通の人間の話みたいだな」
「そう。だから当然ながら、ツノが生えた人間がいる世界も有り得るとはいえ、その場合、その世界は逆に『ツノが生えた人間しかいない』、という可能性が高いわけ。混在している世界も可能性としては否定しないけどね」
「よくわかった。しかし、それと時間を越える度に過去が変化していくことの、どこに繋がりが?」
「最初に言ったじゃない!」
じれったそうにカグヤが唇を尖らせた途端、ふいに雪乃が発言した。
「能力者が元の世界で異質な存在である以上、世界そのものを越えれば、強制的に、自分によりふさわしい世界へと、ズレて漂着してしまう」
一瞬、驚いた顔で冷静な雪乃を見たが、カグヤはどんっとばかりにテーブルを叩いた。
「そうっ、それが世界線を越えることの、本当の意味よ! タイムリープといえども、そこは変わらない。自分の意志とは関わりなく、より自分にふさわしい世界へと漂着地点がズレていく。そういうことじゃないかしらね」
俺は説明の本質を掴めなくて頭を抱える思いだったが、よくよく考えて、ようやく理解しかけた……気がする。
「つまりなにか、今はこんな『能力者が弾圧する世界』に漂着しているけど、ループを繰り返して世界線を越えることで、しまいには周囲がツノの生えた奴ばかりの世界、つまりは『能力者が一般的な世界』へと至る――と」
「無事に、そんな何度も転移が成功すればね」
醒めた顔でカグヤは突き放した。
「それに、今のはあくまで一つの例で、むしろSF作品でよくあるパターンは、世界を渡る瞬間に、その人が脳裏にあったことが反映される――という説が多いわね」
「ああ、それなら俺も読んだことがあるぞ」
初めて知っている説に当たり、俺は大きく頷いた。
「かなり昔のSFだったけど、主人公が最後に自分にとって都合のよい世界を想像して、転移を果たすと……見事に、願望が充足された世界へ着いたっていう」
「うん、よくあるストーリーね。それが本当の真実だとは限らないけど、世界を渡る瞬間、術者が考えていたことが、全く無関係だとは思えないわね、あたしは。多少なりとも影響を及ぼしているはずよ」
「――あっ」
「なにか思い出した?」
カグヤがすかさず訊く。
「いやその」
俺が思わず声を上げたのは、宝くじの件を思い出したからだ。
今回のタイムリープでは、以前雪乃にもらった宝くじの結果が出る前に、また過去へ戻って世界を渡ってしまった。
しかし……実は俺は、「雪乃がくれた宝くじなら、もしや当たるかもな」と心の底で少し考えたかもしれない。それが、この世界にタイムリープした時に、過去に買った宝くじが当たっていたとして、事実として具現化したんじゃないだろうか。
もちろん、買ったのは今回、雪乃じゃなかったとはいえ。
俺の願望に近い世界が合致したわけだ。
気付けば、カグヤに加えて雪乃までがじっと注目していて、俺は慌てて苦笑した。
「いや、もしかしたらそういう説もアリかなとちょっと思っただけ」
「そういえば」
珍しく、ポツッと雪乃が呟いた。
俺が無言で促すと、なぜか幸せそうに微笑む。
「いえ、なんでも。ただ、わたしは今、シュン君の下の階に住んでいるの」
「なんですと!?」
さらりと言ってくれたが、それはかなり重要な情報じゃないかっ。
そういや、前の世界じゃ引っ越す話をしてたな。
しかし……まさかうちの下とはっ。




