兄貴が言うところの、本物のヤンデレを見ちゃったっ
まさか本当にシャッターが開けられるとは思わなかったが、幸い、まだ想定の範囲内だった。
というのも、開けた本人は、うちの学校の2ーDの生徒兼、俺の幼馴染み兼、この家の一人娘だからだ。
河原優……それが彼女の名前である。
高校に入学する前までは、気安く呼び合う仲だった。
ユウは、ガレージに俺を含めて三人もいるのに驚いたな顔をしたが、もちろん俺を見つけた途端に、首を傾げた。
「シュン君……なにしてるの?」
「久しぶり、ユウ(優)」
俺はなるたけ何気ない様子を作って、片手を上げた。
「いや、ちょっと内密の相談があって、たまたまここを使わせてもらった……はは、ごめん」
栗色がかった髪をポニーテールに結んだユウに、自然な感じで答えたつもりだが、だいぶ無理があるのは自分でもわかっている。
実際ユウは、藤原(妹)を見て眉根を寄せ、さらに深森を見て、はっと息を呑んだ。
どうやら、一部で有名な深森の噂を、少なくとも多少は知っているらしい。
「大丈夫なんでしょうね?」
何を勘違いしたいのか、鞄を置いて竹刀を袋ごと掴む。そういや剣道部では、だいぶ優秀な部員だと聞いた覚えがある。
「大丈夫だって! 俺達、仲良しなんでっ」
なあ、とばかりに二人を振り向いたが、深森はなぜか衝撃を受けた顔でユウを見つめていて、知り合ったばかりの藤原は、「仲良し? 笑わしてくれるわね」と言わんばかりのしかめっ面で腕を組んだ。
こ、こいつらっ。
「じゃ、じゃあそういうことで」
やむなく、二人を引きずるようにしてガレージを出たが、歩き去る途中、声がかかった。
「シュン君!」
「……なに?」
用心深く振り向くと、ユウが心配そうに見つめていた。
「しばらく疎遠だったけど、なにかあの時のこと思い出した?」
なんだ、そのどこかで聞いた覚えのあるセリフ。そういえば、かーちゃんからも、似たようなこと言われた気がするな。それに、深森からもだ!
質問したくてたまらなかったが、今はその時じゃない。俺は黙って首を振り、そのままそこを離れた。ユウの視線を背中に感じつつ。
「あの時のことってなによ?」
歩き出した途端、藤原妹が早速、尋ねた。
「いや、全然記憶にない。だいたい俺ってこの世界に」
……来たばかりだしと言いかけ、慌てて言葉を飲み込んだ。
「ふーん……本当に怪しい人ね」
「怪しくないわいっ。いいから、大通りのファミレスまで行くぞ。そこで話を聞くっ」
「片岡君」
並んで歩く深森が、そっと呼んだ。
「他に、よさげな場所ある?」
「いえ、それはどうでもいいの」
唖然とするようなことを言って、俺を見つめた。
「あの人のこと……す、好きなの?」
「好きとか嫌いとかじゃなく、幼馴染みだし――」
言いかけ、俺は首を振った。
付き合いはまだ短いが、それでも、これじゃ深森に通じないのはわかる。
「今の俺は、深森が好きなんだよ!」
――だから、こんな有様になってるわけで!
そう突っ込みたかったけど、そっちは堪えた。別に深森が悪いわけじゃない。
「……嬉しい」
深森の顔に笑顔が戻り、当たり前のように俺と腕を組んできた。
「あの……今後はわたしも、俊介君と呼んでいい? その代わり、わたしのことは雪乃って呼び捨てでいいから」
「ヤンデレだわ、兄貴が言うところの、本物のヤンデレを見ちゃったっ」
かなり本気そうな声音で藤原が口を挟んだ。
「やかましい!」
とっさに言い返した俺は、足を止めずに藤原を横目で睨んだ。
他人はどうでもいいのか、深森――いや、雪乃は俺の腕にしがみついたままで無反応である。
「だいたいあんた、兄貴がだいぶ心配してた……と思うぞ。今日なんか、気分悪そうだから、俺が早退させたほどだ」
「……はあああ」
途端に皮肉な笑顔が消え、藤原がため息をつく。
「いろいろあるのよ、うちも……というか、原因はあたしだけどね」
「ああ、そうだろうさ。時に、同じ藤原だと呼びにくいし勘違いしやすいから、今からあんたはカグヤな。そう呼ぶことにする」
「乙女を呼び捨て!?」
俺は無視して、通りの先に顎をしゃくった。
なにが乙女か。
「ほら、ファミレスに着いたぞ。張り切って話し合いといこう」
ご感想、いつもありがとうございます。
それと、タイトルに関してご意見、感謝です。
元に戻すことも考えましたが、頂いたご意見を参考に、「タイムリープ」というキーワードを入れてみました。そういえば、なぜか人気のキーワードの気もしますし。
ただ、まだ仮タイトルのままなんで、さらに変更になったらすいません。




