月姫(カグヤ)という名の少女
一時の退避場所に選んだのは、俺の幼馴染みが住む家であり、未だに微かな交流はある。いざとなったら、ギリギリ言い訳くらいはできそうだ。
場所は一階部分を丸々使ったコンクリ製の専用ガレージで、入り口の金属シャッターは開け放たれたままだった。
確かここの家の主人は、帰宅が遅かったはず。
俺はとっさの機転で、深森と少女をそこへ誘導し、シャッターを半ば以上、閉めてしまった。これでガレージの奥へ行けば、少なくとも外からは見えない。
「さて、この子に事情を訊くには」
などと俺が言いかけた途端、ガレージの床に座らされた問題の子が、いきなり呻いて目を開けた。
俺達と目が合った途端、緊張した顔でさっと立ち上がったが、次の瞬間、深森に腕を掴まれた。
「騒がないで」
……別に脅すような調子じゃないし、大声でもなかったのに、なぜか肺腑に突き刺さる声音だった。聞いてる俺からして、「下手に動くとろくなことにならないな」と確信したほどだ。
少女も同じ意見なのか、ふて腐れたような顔でガレージの壁にもたれた。
「暴れる気なんかないけど、あたしになんの用よ?」
「もう既に暴れただろうがっ。だいたい、その質問はおかしいぞ? うちを見張りに来たのはあんたであって、俺がそっちに用があるんじゃない。今やってることをやめなさいっ、とか言ったな? それはどういう意味だ!」
俺が一気に吐き出すと、少女は俺を三秒ほど見た後、深森をじいっと見つめた……こちらは三十秒ほど。
「あなた、普通の人間じゃないわよね?」
いきなり深森に質問する。
「……だから?」
「否定しないってことは、やっぱりそうなのね? ボーダーだと認める?」
ボーダー!?
そりゃ確か、何らかの異能力を持つ連中のことを指すんだよな、この世界においては。
「じゃあ、あんたこそボーダーなんだよな。謎の衝撃波を放つくらいだから」
「じっくり話してあげてもいいわ。どうせ顔を合わせたんだし、あたしもあんた達を放ってはおけない。場所を変えない? どこかの喫茶店でいいから」
「ふむ?」
深森を見ると、いつも素直な彼女が、珍しく「片岡君は関わらない方がいいと思うの」と憂い顔で俺に忠告した。
なにか知ってそうな気がしたが、どうせはぐらかされるだろう。
だから俺は首を振った。
「いや、ぜひとも事情を知りたいし、なにがなんでも関わるとも」
断言した後、俺は少女を見た。
「俺の名前はもう知ってたな。あっちは俺のクラスメイトで、深森雪乃。あんたは?」
「……藤原月姫」
「かぐや? どんな字書くんだ」
「月と姫でカグヤよっ。それくらい知っときなさいよ! 中二病的な名前なのは認めるけど、あたしの意志じゃないしっ」
きっつい目つきと声で言われたが、途中で「いたっ」と顔をしかめた。
「なにすんのっ」
腕を掴んだ手にぐっと力を入れたらしい、深森を睨む。
しかし、深森の眼光の方がずっと鋭く、尋常じゃない。
「片岡君に、ひどい口の利き方しないで」
「……どれだけベタ惚れなのよ、あなたっ」
俺にとっては嬉しい話だけど、ちょうど、少女のフルネームを聞いて、浮かんだ顔がある。
まあ、偶然だろうが、一応は尋ねてみた。
「なあ、念のために訊くけど、あんたって、兄貴がいないか?」
「――っ! なんで知ってるのっ」
一気に警戒顔が戻ったが、逆に俺は脱力した。
「藤原縁……俺と同じクラスの、友達だよ。結構長い付き合いなんだぜ、俺達っ」
「……もしかして、兄貴の唯一の友達って人?」
「ゆ、唯一かどうかは知らんが、まあ、お互いに友達は少ないだろうな」
憮然として教えてやった途端、少女……藤原の妹らしき子はやたらと俺と深森を見比べた。
「偶然なんでしょうね? まさか、なにかの罠?」
「ちょうど、俺も同じことを訊こうと思ったところだ」
ぶすっと述べた途端――不意にガレージのシャッターが上がった。




