それなら……だ、抱いてください
時間的に見ても、少しずつあのボールペン女が張り込んでた時間に近付いている。
そこで俺達は、個人経営の小さな喫茶店に入り、見張ることにした。
うちのマンションがギリギリ見張れる場所であり、かつ、なにかあった時はダッシュで駆けつけられる場所にある。
そのために、ちゃんとコーヒー二杯分の代金も、テーブルに置いてある。
あとは、本職の刑事のごとく、あくまで張り込みするつもりだったが、店内に俺達しか客がいないので、ちょっと気を遣うな。
あと、深森もさぞ退屈だろうなぁと俺は思ったのだが、全然そんなことはなく、なぜかこの子は俺をじっと見つめて、もの凄く幸せそうに微笑を広げているのである。
両肘をテーブルに載せ、その上に顎を置いて、じっくり見つめる感じで。
学校では、むすっとしてるのにな。
ただ、最適位置に座っている深森は、そんなんでちゃんと見張ってるだろうかと思うが、この子はそういう部分はしっかりしているだろう。
「……なんだか、楽しそうだな?」
ふと訊いてみると、深森はコクコク頷いた。
「片岡君をこんな近くでずっと見られて、幸せ」
おまけに、信じ難いことを言ってくれる。
「一日中でも見つめていたいわ」
さらに、真顔になって言うのやめて。
照れくさくなって俺が咳払いすると、またしても「なにかわたしにして欲しいことない?」と訊かれた。
深森の「片岡君大好き」な態度を俺が疑えないのは、こうして、頻繁に俺の役に立ちたいという主張をするからだ。
それは嬉しいんだけど、俺だってなにかしたい気持ちは同じなんだが。
ちょうど良い機会だし、申し出てみた。
「逆にさ、深森が俺にして欲しいことないか? 俺も、なにか深森の役に立ちたいよ。あれだ、せっかく、か、彼氏なんだし」
彼氏なんてかつて経験がないので、詰まってしまった!
しかも、深森の肩が少し震えたりして……なぜかは不明だが、感動した表情で。
「そばにいてくれるだけで幸せだけど……」
深森が、目元を赤くして小首を傾げる。
「相手の頼みを聞いてあげるというのも、当事者にとっては嬉しいものだと思うよ……多分」
俺は熱心に勧めた。
「なにか俺にできそうなことは?」
しばらく考え、深森は頬を染めた深森がやっと申し出た。
「それなら……だ、抱いてください」
「――いっ!」
奇天烈な声が洩れたが、それも無理はあるまい。
まさかそういう望みが来るとは。
俺の慌てぶりを見て、深森は目を瞬いたが、遅れて気付いたらしい。
「あ、わたしの頼みは、その……こう胸の位置まで両手で持ち上げる方なのっ」
両手を前に出して、しきりに仕草を演じる。
「あ、ああっ。要はお姫様だっこな!」
「それ……だと思う」
またコクコク頷いてくれた。
この子は俺のスケベ心には寛容だけど、自分はその手の要求がほぼ皆無らしい。だからだろう、そんな微笑ましい望みが出るのは。
「お安いご用というか、それは俺も頭を下げてお願いしたいほどだ。今度二人きりになった時でも、ぜひぜひ」
俺も深森の「幸せ微笑」が伝染って、へらへら笑ってしまった。
「アニメでも映画でもよくあるけど、自分でしたことないしなあ」
照れくさいので、右手でオーケー印を作って、頷いてやった。
やあ、深森の喜ぶこと喜ぶこと。
俺の願望も達成されて、深森も笑顔なら、言うことないな。
しかし、いつものことながら、幸せな時間は長続きしなかった。
聖母様みたいな笑みを浮かべていた深森の表情が、ふいに厳しく引き締まった。目を細め、たちまち女戦士の表情と化す。
まさに、鮮やかな変化だった。
「多分……あの子がそうかもしれない」
「来たのかっ」
マンションとは逆方向を向いていた俺も、身を捻ってそちらを見た。
……ああ、あいつだ!
ボールペン女がホントに現れたっ。
ようやく、ループの恩恵がきたか。
ラブコメ連載、始めてます。
「おっさん間近で非モテの俺の元へ、アイドル達が押しかけてきた」
……内容は、ほぼタイトル通り。
よろしくお願いします。




