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俊介、ぜひ上がって頂きなさい

 そして当然俺は、エントランスを抜けてエレベーターホールへ行くまでの間に、その便せんを開いて中身を見た。


 もはやすっかり筆跡を覚えてしまった字で、こう書いてあった。




『過去に戻りさえすれば、ループでやり直しが効くと思うのは、幻想に過ぎないから注意。なぜなら、深森雪乃は元いた世界では異端者だから。このままでは、世界線を越えて別の世界へ飛ぶ度に、たちまち二人とも不幸になってしまう。だからせめて貴方は、ここで留まるべき……本当の意味で手遅れになる前に』




「……は?」


 俺はすぐに意味が掴めず、もう一度読み返した。

 それからもう一度……もう一度……結局、五回も読み返したがそれでも意味が掴めず、そのうち他の住人が帰ってきたので、ようやくエレベーターのボタンを押した。

 

 部屋に戻った後も、部屋着に着替えてベッドに横になり、だいぶ考え込んでしまった。

 深森が元いた世界というと、おそらく自殺した元の世界のことだろう。


 世界線を越えてというのもよくわからないが、これは多分、過去に戻るタイムリープではなく、元の世界と過去が一致しない、今のような世界に来てしまうことを指すと思われる。


 つまり、異なる世界間を渡るという意味ではあるまいか?





「しかし、深森が異端者というのはどういう意味だ……あっ」


 そういえば、と俺はようやく思い出す。

 直接には関係ないが、確かあの藤原の慌てぶりから、ボーダーなる存在のことをネットで知ったんだっけ。


 俺は起き上がり、机に向かった。

 PCを立ち上げて、再びネットでの調査を試みる。スマホだと画面小さくて記事を詳しく読む気にもならなかったが、この液晶のワイド画面なら。


 調べ始めると、出るわ出るわ……ボーダーが犯人と思われる事件一覧やら、盗み撮りしたボーダーとおぼしき人の荒い画像やら、それから政府が注意を呼びかける経緯をまとめたものやら……まとめサイト大活躍である。


 一応、情報に偏りがないように、あらゆるサイトやニュースを調べたが、どうもボーダーなる新たな呼称の人に対する評価は、軒並み悪い。


 かばう記事やサイトなどもあるといえばあるが、圧倒的に少ない。

 しかし、これは他人事ではないかもしれない。

 俺は違うと思っているが、仮にこの俺が「あいつ、タイムリープしたからボーダーだっ」などと決めつけられたら、どうする?


 証拠がないとはいえ、それを言うならボーダーのせいにされている事件というのも、たいがい確たる証拠はないように思える。


 YouTubeに念動力? などの力によると思われる、建物を破壊する人物の動画があり、ボーダーによるものなんてあったが、あんな動画くらい、簡単に合成できそうな気がする。


 共通するのは「普通の人間には不可能そうだから」という、当てつけの理由に過ぎない。

 これは、超常現象や不思議話が大好きな藤原のような奴が、警戒するはずである。

 しかも、ネットで調べまくるうちに、嫌な情報が散見された。


 典型的な、アンチ・ボーダーのサイトに書かれた一例は、こうだ。



『もはやボーダーは、UFOのようなあやふや存在ではなく、我々の社会にひっそり潜む、害悪となっている。存在が確認されただけで、実に三桁以上のボーダーがいるのだ。よく、かの有名なユリ・ゲラーの名前を出して、「スプーン曲げる程度の力で、なにを警戒する必要が?」という人がいるが、それこそ道理のわからぬ者の虚言だ。ユリ・ゲラーの力が本物だったかどうかは置いても。……仮にだ、スプーンを曲げられる力があるとすれば、人間の心臓など簡単に止められるのではないか? そんな人物がすぐそばにいたとしたら、貴方は平気だろうか?』






「魔女狩りかよっ」


 この辺で、俺は馬鹿らしくなって読むのをやめた。

 俺には極論すぎて、それこそ戯言にしか聞こえない。


 こんなの調べているより、夜になってから来るはずの、インチキボールペン女の襲来に備える方が――


 とそこまで考えた時、チャイムが鳴った。

 俺はなんとなく身構える気分で、玄関へ行き、覗き穴から覗いて見る。





「ふ、深森っ」


 なぜか不安そうな顔で立っている深森を見て、慌てて鍵を開けた。


「どうした、深森っ」


 一気に警戒して尋ねたが、逆に深森の方はそっと息を吐き、微笑んだ。


「よかった……元気そう。心配したわ」

「えっ?」


 訊き返してからようやく俺は、「そうか、俺は仮病で早退したんだっけ」と思い出した。


「ああ、それで来てくれたのか。ごめんごめんっ」


 俺は玄関先で低頭した。


「すぐに母親が帰宅するだろうから、入ってもらうことはできないけど」





「あらあらぁああ」


 ……素っ頓狂な声がして、俺は膝の力が抜けた。

 恐れていた、うちのかーちゃんの帰還である。どうせいつもの買い物帰りだろうが、こういう時に限って悪いタイミングで戻りやがる。


 しかもこの母、振り向いた深森を爪先から頭のてっぺんまでじろじろ見て、降臨した天使に会ったような顔をしていた。


「いや、母さん。深森も忙しいだろうから」


 先手を打とうとした俺を制し、母は厳命した。


「俊介、ぜひ上がって頂きなさい」


 ……命令口調かよ。



新たな連載として、「俺は、東京で復讐のダンジョンマスターになる」という仮タイトルで始めてます。内容はまあ、ほぼタイトルの通りかと。

ご興味のある方は、よろしくです。

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