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おまえに見られた女の子は妊娠しそうだから、少し控えろ


 途端に、二人して顔をしかめた。


「知らない奴が、まだうちのクラスにいたとは」


 谷垣が大仰に驚き、池谷が信じ難い生き物を見るように俺を眺める。


「目撃例も一回や二回じゃないんだぞ?」

「いやだから、誰のことだよっ。もったいつけずに教えてくれ」

「だから、うちで不良といえば、一人だけだろ。おまえの後ろの席に陣取る、あの深森だよ」


 谷垣がようやく教えてくれたが……なんだよ、前はブレイドだったのに、今度はブラックライダーがあだ名か。


「ライダーってことは、バイクに乗っているのか?」

「おおとも」


 池谷が厳かに頷く。


「最初の目撃例は今年の春で、目撃者はうちのクラスの女子な。めちゃくちゃデカいバイクに乗ってたライダースーツ姿の深森を、高速のサービスエリアで見かけたんだと」


 噂話大好きな奴なので、いつの間にか身を乗り出していた。


「その子は家族と食事してきた帰りで、ドライバーである父親のトイレ希望で、たまたまそのサービスエリアに寄ったらしいんだな。注目の深森は、自動販売機でブラックコーヒーだけ買って、その場で一気飲みしたらしい。そのあと、五メートルも離れたゴミ箱に、一発で空き缶シュート決めて、そのままメット被ってロケットスタートで走り去ったとよ。その子、思わず終始、見とれていたらしい」


 さすが情報通の異名を持つ池谷だけに、やたら詳しかった。本当かよと思うほどに。

 まあガセもよく交じるから、狼少年とも言われるわけだが。

 ただ、谷垣も詳細までは知らなかったらしく、やたらと首を振って感心していた。




「なんだその、最初から最後までかっこよさしかない光景! 俺もその場面を見たかった。特に、ぴちぴちのライダースーツ姿の深森を、前や後ろから」


 たわけたことを吐かす奴である。

 こいつに見せるくらいなら、俺が見る!


「いやしかし……バイク免許って、俺達の年齢で採れたか? 採れても排気量制限あるだろ?」


 いささか不機嫌に指摘したが、池谷は平然と言ってくれた。


「不良としては、そこは無免じゃないのか?」


 無責任にまたそんなことを。

 ただ、俺が無言だったものだから、もう興味ないと判断したらしく、二人はたちまち話題を変えてしまった。


「まだ深森は走ってないから、この後で百メートル走も出るんだろ? どうせなら、そこでもロケットスタート見せてほしいよな」


 谷垣が遠い目で言う。


「不良が、息せき切ってハアハア走るわけないだろ。どうせ八割くらい手を抜いて、二十秒台とかじゃね?」


 池谷がばっさり斬り捨てたので、谷垣は代わりに俺を見た。


「片岡はどう思う?」

「おまえ達の想像以上の疾走を見せてくれるさ……きっとね」

「はっ。まあ、見てろって」


 池谷が馬鹿にしたように鼻を鳴らした――が。


「……ぎえっ」


 たまたま校舎の方を見た谷垣が、なんとも言えない声を出した。


「なんだよ、気色悪い声を」


 俺への追及を保留し、同じくそっちを見た池谷が、いきなり息を吸い込む。見事なまでに、一瞬で青ざめていた。

 そりゃ、一番遅れて見た俺だってちょっと驚いたんだから、当然だろう。

 そう、俺達がダベってたベンチのすぐそこに立ち、話題沸騰中の深森がしんねりとこちらを見ていた。


 今の今まで全然気付かなかったのが凄いが、この子の場合、まあいつものことか。


 二十秒台予想の池谷が「き、聞こえてないよね? いや、僕ら別に、まずいこと言ってないけど」などと、あたふたと言い訳などしている。


 なにが「僕ら」だよと思うが、どうせ深森はごまかされなかった。





「ほぼ最初から、全部聞いていたわ」


 主に池谷を見据えつつ、深森が呟く。

 その目つきは「あんたの顔は覚えたから」と言わんばかりであり、池谷の胸を刺し貫いて、背中まで抜けそうなきっつい視線だった。


 谷垣は完全スルーで、俺もちらっと見られただけなので、俺達は助かったと言えるだろう。どうせ俺は、一言も悪口なんか言わなかったが。


 彼女のそのままぷいっと正面を向き、グラウンドの方へ歩き去った。多分、もうすぐ百メートル走の順番か。



 あ、わざわざ俺の背後を通った時、そっと首筋に触れてくれた……一瞬だけ。



「おまえ……死んだなあ。うはあ、怖かった」


 谷垣がため息などついた。


「冗談でもそういう言い方はよせっ」


 まだ顔色の悪い池谷が、唾を飛ばす。

 しかし谷垣はどこか夢現ゆめうつつの目つきで、深森の後ろ姿を見ていた。


「ブルマ最高だわ……芸術的な下半身だ」

「おまえに見られた女の子は妊娠しそうだから、少し控えろ」


 俺は、我ながら苦々しい口調となってしまった。


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