なにがあっても愛しているわ
ぎゅっと抱き締めたことで、一気に深森の香りと柔らかさに包まれ、俺は陶然となってしまった。
特に正面から抱き締めると胸の弾力が半端ない。
だが、今ここで照れて手を放そうものなら、なぜかまた深森がどこかにいきそうな気がして、あえて放さずいた。
深森の方は……しばらく身を固くしまま黙って抱かれていたが、やがて随分と時間が経ってから自分もそろそろと両腕を回し、抱き返してくれた。
「……お付き合い、しれくれるの?」
「むしろ、俺から頼みたいくらい」
だいたい、前も俺が頼んじゃないかと思うが、なぜかそのことは忘れたふりをしたいらしいので、今は合わせてやることにした。
なにか事情があるんだろう、多分。
「よかった……どこへも行かないでね?」
意味深なセリフを言われたが、これにもあえて訊き返さずにおく。
今はとにかく落ち着かせないと。
「いかないよ」
ようやく満足して、俺はそっと身を離す。
深森の顔がまだ泣き濡れていることに気付いて、ハンカチで丁寧に払拭してあげた。ていうかこの子、化粧の類いは全くしてなかったのか!
目立たないようにしてるとばかり思ってたのに。
素のままでこの美貌とこの白磁の肌とは……末恐ろしいな。
あと、長いまつげを伏せたまま、気持ちよさそうに俺の払拭に任せている姿を見ると、豹変した時とのギャップに驚く。
……それで思い出したけど、榊のことも後で調べないといけないだろう。
最後は哀れな自爆だったし、もう水に流してやるが、二度とグサグサ刺されたくないからなっ。
「ほら、そろそろ戻ろう……顔、綺麗になったよ」
「はい」
大人びた美貌のくせに、幼女のように素直に頷く。
俺は微笑して踵を返したが、また呼ばれた。
「片岡君」
「……うん?」
振り向くと、深森は小首を傾げてゆっくりと微笑を広げた。
「なにがあっても愛しているわ……たとえ、昔のことは忘れていても」
「あっ」
そうだ、俺はなにか忘れてるんだったな。
前回の告白で、そんなことを言われたのを思い出した。それともやはりこの子は、今が二度目の10月1日だと、覚えていないのか? いや、そんなはずない。
やはり、指摘したいのは、もっとずっと昔のことだろう。
「……いつか思い出すよ。ほら、戻ろう」
「はい」
深森はまた素直すぎるほど素直に答えると、自ら腕を組んできた。
……これも、前回と同じく。
しかし、またしても教室へ戻る前に、深森は自分から微妙に距離を取り、俺達は時間をズラして教室へ入った。
こうも続くと、段々「恥ずかしいからだろう」という予想も、当てにならない気がする。
なにか他の理由でもあるのだろうか。常に俺と一緒のところを、他人に見られないようにしている感じだが。
ちなみに、先に教室へ戻った時点でまだHRまで間があったので、俺はまず、黒縁眼鏡の藤原を探した。
そう、前回俺の相談に乗ってくれた、超常現象などに詳しい友人である。
いつも早めに来る奴なので、もちろん今朝もちゃんといた。
同じく、前の方の席にいたのだが……なぜか今朝は、本を読んでいなかった。頭を抱えて考え事をしている藤原なんて、初めて見たかもしれない。
だいたいこいつは、暇な時は読書中なのに。
それでも、一応声だけはかけてみた。また相談に乗ってもらうかもだし。
「あー、藤原? ちょっといいか」
「……片岡君かい?」
ようやく顔を上げた藤原を見て、俺は内心で絶句した。
目の下にクマができているのはともかく、なにかこう……エラく憔悴しているのだ。疲れ切っていると言ってもいいかもしれない。
「いや、悪い。今回はいい……なんだか、疲れてみるみたいだし。ていうか、本当に大丈夫か? 早退した方がよくないか?」
外から見てもひどい状態に見えたので、俺は逆に忠告しちまった。
「ああ、別に僕自身のことじゃないんだよ。友達がちょっとね……」
曖昧にはぐらかせ、うっすらと笑う。でも、目が笑っていないような気がする。
俺の表情に気付いたのか、藤原はふいに机にかけてた鞄を取り上げた。
「でも、忠告には感謝するよ。確かに、こんな状態で学校なんか来てる場合じゃないね。今日は早退する」
「そ、そうかっ。ぜひそうしろ。ゆっくり休んでくれ」
付き合いの長い友人なので、もちろん俺はほっとして頷いた。
だるそうに歩き出そうとした藤原は、しかしすれ違いざまに、ふと俺に尋ねた。
「ところで、なにか話でもあったのかな?」
お愛想で訊いてくれたのだろうけど、俺は軽く頷いて答えた。
「実は、おまえの得意な超常現象系でさ」
「――なんだって!?」
藤原がびくっと震え、異様な目つきで俺を見た。
瞳に浮かんでいたのは……これは怯えか?




