おお、片岡俊介よ、死んでしまうとは何事じゃ!
朝、目を覚ました時、俺は全ては夢だと確信した。
なにしろ、ついさっき眺めたばかりの、自室の天井が見えたからな。
(よかった……やたらとリアルな夢だったけど、別に夢ならどうということは)
余裕の笑みで起き上がりかけた時、俺は笑顔そのままに固まってしまった。
いや、ここは確かに、俺の部屋ではあるが……なにかこう……ある意味、がらっと変わっている。なにより、ベッドの足元側の壁を見ると、当時欲しくても買えなかった、ソニーやら任天堂やらのゲーム機がガラステーブルに整然と並んでいて、壁の中央には大きなモニターもある。おそらく、ゲーム用だろう。
そして、俺の机の上をかなり占領しているPCだ。
当時、量販店の最安値で買ったはずのPCが、水冷式の大型PCへと変貌してるじゃないかっ。ケースも高そうだし、こりゃどう見ても最安値には遠いぞっ。
「そうだっ、今日はいつだ!?」
同じく記憶にない、多目的デジタル時計がその横にあったので、俺は慌てて飛びついた。
日時だけじゃなくて、西暦もきちんと表示されるタイプであり、時計自体が狂っているのでなければ――。
本日は、2018年10月1日とあった。
有り得ないことに、俺が最初に目覚めた朝に戻っている!
「あ……まずい!」
そこで俺はショックのあまりふらつき、ベッドにどさっと横座りした。
「思い出してきたぞ……思い出してきた」
妄想か夢だと思い込んでいた、さっきの凄惨な場面が頭の中でぐるぐるする。
どうでもいいがこのベッドも、やたら高価そうなマットが敷かれていて、ぺらぺらの敷布団だけだった、前の質実剛健なタイプじゃない。
なにかこう……全体的に俺の部屋が、以前よりアップグレードされているんだが!? とはいえ、現状で一つだけ確かなことがある。
思わず頭を抱えながら、俺は思わず呟いた。
「おお、片岡俊介よ、死んでしまうとは何事じゃ!」
――冗談でも口走らないと、やってられない。
俺は深森雪乃を助ける義務感を持って、この数日を乗り越えたはずなのに、自分が死んでどうするのか。
「そうだっ。深森はどうなった!」
どくんっと心臓の鼓動が跳ね上がった。
俺はこのザマで、またしても10月1日に戻ったというのなら、「あそこで立ち尽くしていた深森雪乃」は、どうなった。
まだ10月3日になっていないのはわかるが、俺と同じく、深森も戻っているのかっ。
その疑問に思い至った瞬間、俺は秒速で学生服に着替えて、部屋を飛び出したっ。
キッチンでは、あの日と同じく、やはり母が味噌汁を温めていたが。
この際、そこはいい。
何が驚いたって、とにかくうちの中が……調度品や家具、それに部屋の清潔度に至るまで、目に見えて向上していたことだ。
母にそれとなく理由を訊くと、「あんたが買っといた宝くじが当たったんでしょ? もう去年の話じゃない。また忘れたの?」などと言われた。
いや、知らないし、そんな話っ! 股も太股もあるかっ。
宝くじといえば、連番をまとめて深森にもらった記憶ならあるが……あの微笑ましい話は、(前の俺から見て)つい昨日の話じゃなかったか?
つまり、以前の世界の出来事であり、こっちと繋がってるわけないっ。
仮に奇跡が起きて当たるとしても、当選発表は、あの時点から見た週末だったはず!
もういろんな意味でわけがわからず、俺はいよいよ弱った頭で――それでも、やはり登校した。コトはまだ、全然解決してないし、深森雪乃が自殺する日もまだ来ていない。
ならば、俺の戦いはまだ終わってないということだ!
……学校まで、俺は徒歩最短記録で到達した気がする。
実は通学路のあちこちで、前にはなかった妙なものを見た気がするが、気が急いていたので、その時は特に気にしなかった。
当然、学校へ着くとほとんど階段を駆け上がる勢いで、二階の2ーBの教室へ入った。
教室内をぐるっと見て回ったが、特に変わった様子はない。
というより、まだ全然早い時間だから、深森はまだ登校してないかもしれない。
「おい、片岡っ。なにキョドってんだっ」
ぎょっとしてそちらを見ると、もはや懐かしくもない谷垣が俺を見ていた。
……なにも、前と同じセリフを口走らなくても。そういうところは、別に変わらないのな。
ただし、全てが同じではなかった。
いきなり背後から「片岡君」と呼ぶ声がして、俺は慌てて振り向く。
そこには――泣きたいほど嬉しいことに、あの深森雪乃が立っていた。
「あ……いやっ」
しばし浸った後、俺は自分がスライドドアのレール上に立っていることにようやく気付き、その場をどこうとした。
「邪魔だったな、悪い」
「お話があるの」
……何か今、深森の声と重なったような。
俺がもう一度彼女を見ると、深森は優しい微笑で小首を傾げた。
「個人的なお話があるのだけど、ちょっといい?」




