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世界の全てがブラックアウト

 だから以下に見た光景は、俺の幻想かもしれない。


 しかし、臨死体験なんて言葉があるくらいだ。

 もしかするとそれは、俺の魂が本当にこの肉体を抜ける前に垣間見た、「俺が倒れた後の光景だった」のかもしれない。


 そうでなければ……最後の刹那、俺は深森のことを気にしていたから、そのせいで見た妄想の場面だったのかもな。





 気付けば俺は、意識が途切れた先の光景を、そのまま続けて見ていた。

 ちょうど斜め上から、倒れた自分の身体を見下ろしていたのだ。


 俯せに倒れた身体は、背中の数カ所から血を流していて、しかも傍らにはあの難儀な巨漢の先輩、つまり榊が立っていた。


 ……出刃包丁なんか右手に持って。


 そうか、こいつかっと俺は自分を殺した相手を理解したが、正直、腹を立てる前に以前に、いたくがっかりした。

 深森を助ける目的半ばで倒れてしまった、というのもあるが。

 なによりこの榊が、人を殺した直後のくせに、呆然として震えながら立ち尽くしていたからだ。そんなに血の気が抜けた顔するくらいなら、最初から刺すなと言いたい。


 目撃者も数名ほどいて、みんな悲鳴を上げてその場を走り去っている。となれば、もはや絶対に警察に通報されただろう。どう考えようと、こいつの未来は暗い。

 いや、それ以前に……深森が黙ってはいまい……俺としては黙っていてほしいんだが。


 心配した直後に、よりにもよってその深森の悲鳴が聞こえた。


 深い愛情を秘めたこの子は、約束の八時前より一時間近くも早く迎えに来てくれたようだ。

 多分、うるさくマンションのチャイムを鳴らすことなく、彼女らしく近くで静かに俺を待つつもりだったのだろう。


 よくやらかすように、いざ俺が出てきたら、後ろからそっと声をかけたりしてな。

 ……しかし深森は今、倒れた俺を見て、悲鳴を上げていた。




「いやぁああああああああっ」


 誓って言うが、この子の悲鳴なんて初めて聞いた。倒れた俺を見て、全てを理解したらしく、もう最初から泣きながら走ってきた。


「片岡君、わたしを置いていかないでぇええええっ」


 魂そのものが悲鳴を上げているようで、否応なく聞いている俺は、耳を塞ぎたくなった。これほど絶望の籠もった悲鳴を、かつて聞いた記憶がない。


「ま、待て深森っ」


 突然、大馬鹿の榊が叫んだ。

 俺がこいつなら、絶対にこのタイミングで声なんかかけないが、逆恨みで人を刺す奴なので、とことん愚かだった。


「せ、説明させてくれっ。俺は本気で」





「おまえぇええっ。よくもよくもよくもよくもおっ」


 悲しみに浸っていた切れ長の瞳が、ふいに刃のごとく細められ、俺の背後に立つ榊を見据えた。それまで倒れた俺しか見ていなかったのに、ふいにベクトルが変わった。

 瞬時に憎しみの固まりのようになり、榊へ向かって疾走していく。


 とんでもないスピードだった。


 頼むからやめてくれっ。俺にもそいつにも、そんな値打ちないっと思ったが、どうにも声をかけらずにいる。自分では喚いているつもりでも、深森には全く届いていないようだ。


「よ、よせっ」


 何を予想したにせよ、榊の声にはダダ洩れの恐怖心が籠もっていた。

 あの図体のくせに、なぜか抵抗しようなどとは、微塵も考えなかったらしい。


 その間に、無言の深森が疾風のごとく迫り、そして一瞬ですれ違う。


 なのに、榊はなぜかぽかんと立ったままだった。

 正直、見ていた俺からして、なにが起こったのかよくわからなかった。

 榊の首筋から血が噴き出し、そして交差した直後の深森の手にナイフが握られていなければ、あの子が異能力でも使ったのかと誤解しただろう。


 いや、ひょっとすると本当に使ったのかもしれないが。

 とにかく、ガクガクと首を揺らしながら倒れた榊など、もはや一顧いっこだにせず、深森はすぐに俺に駆け寄って亡骸に縋り付いた。

 真っ先に手首を握って脈を調べていたが、もはやどうにもならないと確信すると、そこで気力が尽きたらしい。




「そんな……あああああ……あああああっ」


 たった今、人を殺した勢いなどかき消え、俺の身体に取りすがってガクガク震え出し、次に号泣する。

 意味のある言葉はもはや発せられず、ただひたすら幼女顔負けの勢いで泣きじゃくっていた。自制心の強い子なのに、全ての抑制が弾け飛んだように次から次へと涙を流していて、俺の遺体に取り縋り、揺さぶりつつ総身を震わせていた。


 おそらく数分くらいは無言のまま号泣していたはずだ。


 しかし、遠くからパトカーのサイレンがした途端、深森はゆっくりと身を起こした。もはや瞳にはなんの光も浮かんでいなくて、生者にはとても見えなかった。

 全くもって、生ける屍のごとくだった。

 次に彼女がなにをしでかすか、俺はなぜかはっきりわかった。


(よせ、やめてくれっ。それだけは)


 そう願ったが、彼女は真っ直ぐ立つと、一度はそこらに捨てたナイフを拾い上げ、自分の首へ押し当てようとした。


(やめろおおおっ)


 俺が心中で叫んだ時、深森は寸前でさっとあらぬ方を見た。

 そちらを見るまでもなく、俺にも彼女が見たものが理解できた。


 ……例の、あの少女だっ。


 二人はそのまま、時が止まったように見つめ合っていたようだが……以後、どうなったのか、俺にはわからない。


 なぜなら、その瞬間に本当の意味で、世界の全てがブラックアウトしたからだ。 


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