監視カメラ2(終) 容疑者の連続決めポーズ
「自治会のカメラ運用規定が作成前とはいえ、くどいですが、こういうことは本当は駄目なので……一応、内密にお願いしますよ?」
場合によっては二人ともまずい立場になるのだと脅され、もちろん俺は恐縮して頭を下げた。
「申し訳ありません、無茶をお願いしまして」
「いえ、お分かりくだされば、それで」
本当に恐縮していたのが伝わったと見え、ようやく老人守衛さんも、頷いてくれた。
「それで、問題の映像ですが」
「はいはいっ」
現金にも身を乗り出した俺を笑うこともせず、守衛さんは幾つかあるモニターのうち、中央の一番大きなものを指差した。
「まず、本日のものですけど……片岡さんが守衛室に来られる、十二分前の映像です」
あらかじめ待機させていてくれたらしく、守衛さんが再生ボタンを押すと、ふいに動画がスタートした。
「わっ」
……いきなり見覚えのある子が登場して、俺はぎょっとした。
服装こそ、映像で見た時と違って子供っぽいワンピースだったが、この子は紛れもなく、俺が深森のビデオメッセージで見た子である。
つまり、あの自殺予告動画で、深森雪乃を外の廊下から覗いてた子だっ。よもや、あの子がこの時代に実在していたとはっ……半ば、この世の者じゃないと疑ってたのに。
俺は(動画を通じてとはいえ)この子とばっちり目が合ってしまったので、忘れようもない。
美しい顔立ちだがおかっぱで、どう見ても小学生にしか見えないその子は……普通に自動ドアを抜けてエントランスに入ったかと思うと――。
当たり前のような顔で、ポケットから出した折り畳済みの便せんを、背伸びしてうちのポストに入れた。
そこでまた、無表情で立ち去りかけたが。
なぜか、また自動ドアが開く前に、いきなりくるっとこちら――つまり、隠しカメラの方を見上げた。
(なんだなんだなんだっ)
思わず警戒した俺だが、想像したようなことは起きなかった。
この子はまず両足を少し開き、Vサインを作った右手を、びしっと右目に持ってき来ただけである……横向きに。
……あたかも、アイドルが決めポーズを取るように。
しばらく無表情でその決めポーズを維持した後、ゆっくりとポーズを解き、じっとカメラを、言い換えれば俺を見つめてきたっ。
トリガーの話を聞いてから気になっていたので、俺は思わず「もう一度タイムリープは、勘弁してくれっ」と叫びそうになった。
本当は、とっとと目を逸らしたかったほどだ。
しかし、幸い今回はそういうことは起きず、なぜかやや潤んだ瞳のその子は、始めた時と同じく、ふいにポーズを解き、そのまま自動ドアを抜けて出て行ってしまった。
どうやら、マンション内にまで入る気はないらしい……まあ、その気があったとしても、暗証番号か鍵がないと無理だが。
しばらく沈黙が守衛室を支配したが、やがて咳払いした守衛さんが言う。
「えー、どう見てもこの子ですよね? 便せん入れてるし」
「こ、この子です、はい」
俺も頷かざるを得ない。
なにしろ、証拠がばっちり残っているし、見覚えのある子だし。
「……あまり、脅迫的な文章を書く子には、見えんのですが?」
微量の非難が籠もる口調で言う。
「あ、いえ……まあ、脅迫と感じたのは、俺の先入観もあったかもしれず……」
歯切れの悪い言い方をした後、俺は逆に尋ねた。
「昨日の分は、どうでした? やはり同じですか?」
「同じというか……まあ、同じ子なのは確かですな」
守衛さんは難しい顔で肩をすくめ、どこかを操作した。
すると映像が一瞬で飛んで、また誰もいないエントランスが映った。
今回もすぐに映った!
同じ服装をしたあの子がまた入ってきて、同じく無表情に便せんを出してポストに入れた。背伸びするタイミングまで同じだった。
そして回れ右して戻りかけたが……またぞろ、妙なことをやらかした。
ふいに立ち止まってカメラを見上げるところまでは同じだが、今度は両手にピースサインを作って、びしっとカメラに向けて見せたのだ。
そのまま二秒ほどポーズを作っていたが、後はぷいっとポーズを解いて出ていった。
最初に観た映像、そのままに。
気まずい沈黙が支配する中、守衛さんが俺を見た。
「それで……これは、どういうことです?」
――いやその。
むしろ、俺にどう答えろと!?
だいたいどうして無表情で、アイドルみたいな決めポーズなんか見せるのかっ。
この子については、最初に出てきた覗いてた子というのと――。
「ズレている現実2」の主人公の回想でちびっと出てきていますが、回想部分は普通に読み飛ばしてもおかしくないため、そもそも覗いていたのが女の子だと気付かなかった場合があると思います(汗)。
混乱させたようなら、申し訳なかったです。




