監視カメラ1 見てもらった方が早いですね
見覚えのある薄青い便せんを見た途端、もちろん俺は顔をしかめた。
金属製の集合ポストは、二つある自動扉のうち、最初のドアを抜けたエントランス内にある。そこから先のエレベーターホールに行くには、もう鍵か暗証番号がないとどうにもならないのだが……ただ、知る人は少ないが、実はこのエントランスにも隠しカメラがあるのだ。
俺の記憶では、火曜と木曜と土曜日は、昼間も守衛さんが常駐していたはず。今日は火曜日なので、守衛室に行って、カメラを見せてもらえないか頼めないだろうか。
(けどまあ、内容を読んでからか)
俺はきっちり折り畳まれた、でもその割に裸の便せんを丁寧に開いていく。
今日に限っては、なにか穏当なメッセージかもしれない。
開くと中央に、こう書いてあった。
『明日の水曜日は、学校を休むべき。休まないなら、七時かっきりに家を出なさい……それと、もう手遅れになりつつあるけど、深森雪乃を助けようとしてはいけないったら、いけない!』
……全然、穏当ではなかった。
筆跡を見れば、前と同じ奴だとわかるが、一体全体、こいつはなんの権利があって、命令口調で書いてポストに入れるのか?
堂々と俺に言えばよかろう!
……とはいえ、本当に誰かが目の前でそのような寝言をほざいたら、俺はかなり立腹してとっくりと問い詰める自信があるが。
「よし、そこまで吐かすなら、俺にも考えがあるぞっ」
「ひっ」
タイミング悪く、俺の横をどこかの奥さんが通った。
「あ、すいませんっ」
たちまちペコペコ頭を下げる羽目になってしまう。
「ひ、独り言なんで、はい……」
奥さんはじろりと俺を一瞥し、無言のまま鍵で自動ドアを作動させ、エレベーターの方へ去った。大変、急ぎ足だった。
今更だが、またうちの評判が落ちたかもしれない。
それもこれも、この便せん野郎のせいである!
八つ当たり気味の怒りに燃えた俺は、断固として守衛室に足を運び、挨拶くらいしかしたことのない守衛さんを呼び出した。
もちろん、事情を話し、監視カメラのデータを見せてもらうのだっ。
「自治会の要望で設置したとはいえ、カメラの録画内容は……ちょっと簡単に見せるわけにはいかんのですが」
制服姿の初老の老人は、困惑したように言ってくれた。
一応、顔見知りだったので守衛室には入れてくれて、お茶も出してくれたのだが……向かい合って座っていても表情が硬いのがわかる。
「そこをなんとかっ。昨日と今日の、もう二度目なので」
「う~ん」
困ったなぁと独り言を述べ、守衛さんは制帽を取って頭をかいた。
「では、その便せんとやらを、見せてもらえます?」
「ええと」
もっともな要請だったが、なぜか俺としてはあまり見せたくなかった。深森の名前が連呼されているし、迷惑かけるといけない。
「個人的な内容なのでちょっと……」
「見せられないけど、映像は見たいというわけですか」
まともに嫌みを言われて恐縮したが、それでも俺は譲歩しなかった。なんとなく、見せてはいけない気がしてならなかったのだ。
しばらく無言で不景気な顔を見せ合っていたが、ややあって守衛さんの方が折れてくれた。
「まあ、私は管理会社の雇われだし……片岡さんのお宅は、買い取りですしね。そう強くも言えませんか」
「あ、いやっ」
俺は慌てて手を振った。
「別にごり押ししているわけでは」
だいたいうちは、この時点では、二十五年ローンをまだ払っている身分のはず。
「いいですよ、もう。では、しばらくお待ちください」
のろのろと席を立った守衛さんは、休憩室兼当直室になっている隣室に引っ込み、なにやらモニターの前の機械を弄り始めた。
「今日の――少し前ですよね?」
「そうですっ。あと、昨日の同じくらいの時間も出来ましたらっ」
まず有り得ないが、それぞれ違う誰かが入れた、という可能性もある。
筆跡くらい、真似ればどうにかなるかもだ。
守衛さんは返事もせずにめんどくさそうに機械を弄っていたが、やがて該当する何か、あるいは不審な何かを見つけたのか、「おやぁ?」と声に出し、首を突き出した。
舐めるようにモニターを見ているが、ここからでは見えないっ。
そのうちなぜかぶったまげた様子で「はぁあああ?」などと声に出した。
うぉおおじれったい、さっさと俺を呼べよっと思う。
さすがに、勝手に休憩室へ乗り込む度胸はない。
「いやしかし……これは……う~ん」
眼鏡までかけてひとしきりモニターを見つめた後、守衛さんはようやく思い出したようにこっちを見た。
「あー、見てもらった方が早いですね(当然だっ)。こちらへどうぞっ」
俺は弾かれたように立ち上がり、いそいそと隣の部屋へ入った。
また連載初めてますので、よろしければどうぞ。
「神の化身としての教祖となり(仮)」
……というタイトルです。
内容は、異世界から来た少女神官に、貴方は戦神の転生だと言われ――。
信じられないけど、共にその世界へ飛んだ主人公が、数百万の信徒を率いてあたふたする話です。
なにをしても自由だけど、かえって困る状態。




