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帰宅した途端、俺の幸せ時間は終了したらしい(続かず)

 深森の部屋で写真撮影に応じたが、まさか三脚まで使い、三桁に及ぶ数の写真を撮られるとは思わなかった。


 しかも、随分と高そうな一眼レフで。




「そんなに写真撮ってどうするの?」


 試みに尋ねると、「引っ越したら、部屋中に貼るの……楽しみ」と輝く笑顔を向けてくれた。絶句するとはこのことだ。


 この子の性格には、いわゆるヤンデレ的な部分があるような気がずっとしていたけど、本人は至って普通にしているつもりらしい。

 ただし、この俺も深森に惹かれるだけあって、彼女のそういう部分も、決して嫌いじゃない。


 だいたい、溢れるほどの真剣な愛情を感じるので、それまでモテたことのない身には、眩しい体験ばかりだし。

 もしかしたら、深森の方が「可愛さ余って憎さ百倍」なんてことになると、俺は立場が逆転して凄まじい目に遭うのかもしれないが、それでも構わないとさえ、思っている。


 ここまで愛情を見せてもらったんだから、そのくらい甘んじて受ける……そんな気になっているわけだ。いや、あくまで万一の話だけど。


 ちなみにこの時、俺は撮影後に「そろそろ、レストランでお食事しましょう! その前に、撮影に付き合ってくれてありがとう」と彼女に丁寧に言われ、「お礼になにかしてあげたいけど、希望とかないかしら?」と訊かれた。


 つい昨日にも、似たようなことを言われた気がするのに。





 割と遠慮がちな俺も、長時間の撮影に少し疲れていたので、この時は珍しく自分から要望した。


「膝枕……とかいいかな? ちょっと試す程度でいいから」


 他に誰もいないし、つい頼んでしまった。

 深森は優しい笑顔を広げ、なぜか俺の手を引っ張って、奥の寝室へと連れてきた。

 そこで、壁際のベッドに先に上がり、両足をやや開くと、真っ直ぐに投げ出して座った。

 ようやく俺を見て、「どうぞ」としっとりとした声で勧めてくれた。


 当然、俺は困惑した!





「……あ~、普通膝枕って、両膝の上に横向きに頭載せるんだよな?」


 自分でも自信がなくなって尋ねたが、深森は小首を傾げた。


「こうして、わたしがヘッドレストにもたれるようにして座るでしょう? そこで少し足を広げたら、両方の太股の真ん中に頭を載せられるわ。絶対に、そっちの方が寝心地いいと思うの。両膝に横向きに頭載せると、寝心地よくない気がするわ」


 別に冗談を言ってる様子ではなかった。

 黒い瞳はあくまで真剣だったので、独創的なやり方に自信があるようだ。


 しかし、それだと見ようによっては、深森の股間にガッツリ俺の頭を載せることにならないか? そうは思ったが、当たり前のように言われたせいか、俺は本気にした。


 のそのそとベッドに上がり、本当に深森お勧めの膝枕を体験させてもらったのだ。

 未だセーラー服姿の、彼女の両足の真ん中で、頭を彼女に向けて横になる……なるべくそっと、頭を降ろしていった。




「まさか俺の人生で、こんな特別な膝枕してもらうなんてことが起きるとは」


 だいたいこの子は、いつだってそばによるとなんとも言えない良い香りがするのだが、今回は格別だった。

 それになんといっても、頭の周辺は、モロに彼女の太股の間にあるので、感触も半端ない。自分の頭の直下がほぼこの子の股間だと思うと、エラくドキドキした。


 おまけに真上を見れば、深森の穏やかな顔が俺を見下ろしている。

 長い黒髪が垂れ下がっていて、さらに得も言われぬ香りが立ちこめていく。





「……どう?」


 吐息のような声が上からした。


「いや、言うことないです」


 なぜか敬語になってしまい、自分で笑ってしまった。


「はははっ。あちこち、触りたくなるほど」

「触って……みる?」


 はっとして見上げると、少し深森の顔が赤くなっていて、目を細めて俺を見つめていた。表情以前に、膝の上から見上げると、形良く盛り上がった胸が大いに目立ち、俺は一気に鼓動が高くなってしまった。


 返事をするのにかなり間が空いたものの、結局は小さく首を振った。




「今日は……いいよ」


 だいたい、本当にあちこち触り出すと、もう自分のコントロールができなくなる気がする。


「じゃあ、今日はこれだけ、ね」 


 そう言うと、深森はそっと顔をもってきて、ぎこちなく俺の唇にキスしてくれた。上下逆さまになってしまったが、もちろんそんな体験も初めてだ。



「今までも……そして、これからもずっと愛しているわ、片岡君」



 俺の方もちゃんと返事した気がするが、自信はない。

 極度の緊張状態にあったので。


 ――こんな風に、その後はホテル内レストランでの食事と続き、夕刻にホテルを出るまで、雲の上を歩くようなふわふわした時間を過ごした。


 この幸せな状態で帰宅して部屋へ戻っていれば、本日の俺は幸せな気分のままで眠れただろう。

 しかし、そうもいかなかった。


 帰宅した途端、俺の幸せ時間は終了したらしい。




 ……新たな便せんが、ポストに入っているのを見つけてしまった。


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