スペシャル美化300パーセント(続かず)
駅の北側コンコースから接続しているホテルは、二四階建ての上に、三階から下は専門店街になっている。
さらにホテル横に隣接した百貨店もあり、庶民はそこで買い物が出来るという、めちゃくちゃ便利な立地となっていた。
「このホテルに住んでると、便利だろうなあ」
ホテル前でため息まじりに俺が言うと、深森が小首を傾げて「一緒に住んでくれる?」と当たり前のような顔で尋ねた。
光を吸い込みそうな黒い瞳が、俺を真剣に見つめた。
まだ腕を組んだ状態なので、ごく間近から。
「もし、来てくれるなら、わたしも引っ越すのやめるわ」
「いや……さすがに俺の身分で一緒に住むのは……ていうか、引っ越すんだっけ? そういえば?」
前にそんなこと言ってたなぁと思い、逆に訊いてみる。
深森はこれにもあっさり頷いた。
「金曜日までには、ワンルームマンションに」
「――っ!」
俺は無言ながら、はっとして深森を見た。
ワンルームマンションといえば、あの動画に映っていた部屋も、ワンルームだった。
過去がズレているとはいえ、そういうところは同じなのか。
エラいレベルダウンの気がするが。
「ちなみに、どの辺かな?」
深森はなぜかエレベーターホールをスルーしてそのまま突っ切り、奥の小さなドアの鍵を開けて中へ入る。するとそこには、謎のエレベーターが別にあり、深森はそこの一つしかないボタンを押した。
ちなみにここは、ふかふかの赤い絨毯が敷かれた娯楽室みたいな場所だが。
エレベーター以外にあるものといえば、やたら高級そうなソファーと、専用の台座に置かれた、アンチークな見た目の電話しかない。
しかもこの電話、フロント直通らしい。
唖然としてきょろきょとしていたので、「片岡君のマンションよ」と言われたのに、一瞬、反応し損ねた。
「このエレベーター、もしかして最上階専用の――」
そこまで述べ、俺は「ええっ!?」とようやく反応した。理解が及んだと言うべきかもだが。
「うちのマンションに引っ越すわけっ!?」
「そう」
深森はケージに乗り込み、また一つしかないボタンを押し、あっさり頷く。
「片岡君が住んでいる十階は違うけど、三階まではワンルームばかりでしょう? だから、たまたま空室だった301号室」
これもズレてる! と真っ先に俺は思った。
いや、深森の選択や思考ではなく。
それもズレてるといえばズレてるが、俺の知る十年前当時の状況と違うっ。さすがに当時、彼女が同じマンションに住んでいたら、自殺騒ぎで俺の耳にも入るはずだ。
記憶にないということは、違う部屋に引っ越すということだろう。
「ちょうど、もう引っ越すつもりだったから、よいタイミングだったわ」
そこで、チーンと音が鳴ってエレベーターのドアが開いたが――。
深森はケージを出る前にふと思いついたような顔で、俺を振り返った。
「……もし、あそこで一緒に住んでくれるなら、もう少し広いお部屋を借りるわよ?」
いちいち当たり前のような顔で訊くのが、深森の常識が、世間一般とは違う証拠のような。
「いや、さすがに母親にいろいろ言われそうだし」
穏当な返事をして、俺は深森に続いて部屋に入った。
……ていうか、ここは本当に部屋なのか? 広いとか広くない以前に、吹き抜けの広場みたいな場所なんだが。
そこで、深森が「あっ」と小さく声に出した。
ほんのりと赤い顔になり、バツが悪そうに俺を見る。
「……忘れていました」
「なんで敬語さ? 何を忘れて」
言いかけ、俺は自分で気付いた。
か、奥の窓際横の壁に巨大な油絵が掛かっているんだが、その自画像みたいな構図の人物に、見覚えがある。
気になったので小走りにその前まで行って見ると――笑顔の男の子が描かれていた。
誰だよ、くそっと一瞬思ったものの、よくよく見て気付いた……これ、もしかして俺か?
今より見た目が若いけど、前髪が長くて右目にちょっとかかりそうになっているので、辛うじてわかった。
深森を見ると、赤い顔のままモジモジしていたが、「美化されてるけど、俺かな?」とあえて尋ねると、小さく頷いた。
「写真……遠足の時の団体写真しか持ってないし、盗み撮りするのも嫌だったから、自分で絵を描いたの。……昔からずっと好きだったから」
「それは……ありがとう」
他に言い様がない。
ちょっと、いやかなり感激もしていたが、俺まで恥ずかしくなってきた。
だいたいこの油絵、プロ級の腕前なのは置いて、スペシャル美化300パーセントという感じなのだ。母親が見たら、「これがあんた!? 美化しすぎでしょっ」と爆笑して床を転げ回ること、請け合いである。
「……あの」
「な、なに?」
「せっかくだから、片岡君の写真撮りたいのだけど」
深森が真剣な顔で言った。




