告白した事実を告白2(終) どちらが本当の、深森雪乃なんだろうか
しかしもちろん、俺が口を出したことで、榊は一気に頭に血が上ったらしい。
それこそ額に青筋立てる勢いで、「てめえには訊いちゃいねえっ」と喚いてくれた。
「そうは言うけど、告白してオーケーされた者としては、いくらなんでも横で傍観はナシじゃないですか。特に先輩は、深森にしつこく言い寄ってるって話ですし? これが逆の立場だったら、どうします?」
冷静に応じたせいか、榊は言い返そうにも有効なセリフを思いつかなかったのか、しばらく絶句していた。
代わりに、憎悪の感情は急激に増大したらしい。
物理的な圧力を感じるような凶悪な視線で、睨み付けてくる。
ここは理路整然と抗弁しようと思ったのはいいが、どうも差し引き、俺にとっては大きなマイナスだったようだ。
まあ、最初から覚悟していたことだが。
「てめえ……俺に向かって上等な口をっ」
声に殺意が含まれているような気さえする……考えすぎだろうけど。
俺は心中でため息をつき、なぜか途中から黙り込んでいる深森を見た。
「――っ! うわっ」
なぜかこの子、胸の前で両手を合わせて、涙目で俺を見つめていたのだ。榊などは、途中から見てもいなかったらしい。
「な、なにかな!?」
「……嬉しかったわ」
「な、なにが?」
「今、庇ってくれて。それから昨日、わたしなんかに告白してくれて……改めて今、しみじみとそう思ったの」
「いや、告白したの俺なんだし、そこまで深森が感謝することは――ていうか、人が見たら誤解するから、泣くなって!」
本気でポロッと涙がこぼれたのを見て、俺は困惑した。そこまで感情の起伏が激しい子じゃないはずなのに。
「けっ」
そこで、何かを吐く音がした。
見れば、俺達に忘れられていた榊が、路上に汚い痰を吐いたところであり、ドス黒い顔で俺と深森を見比べていた。
「……ああ、そうかよ」
絞り出すような声で呟く。
声が随分と低くなったのが、押し殺した感情を窺わせるようで、油断ならない。
「深森はブレイドなんてあだ名の割に、ただの軽い尻軽女で、口だけ男とくっついたって話か。だが、このままで済むと思うなよ……おまえら二人とも」
そのまま背を向けて去ろうとする。
いわゆる捨てゼリフというわけだが、こいつの場合、幾らか本気で言ってる気がするな……嫌過ぎることに。
「待ちなさい、榊いっ」
「うわっ」
不覚にも、また声が出た。なぜか深森が、堂々と呼び捨てで叫んだのだ。
たった今、震えるような可愛い声を出した子と同一人物かと思うほどの鋭い叱声であり、切れ長の瞳が真っ直ぐ榊の背中を見据えていた。
「はっきりと警告しておくわ! おまえがわたしのことをどう誤解しようと勝手だけど、もし片岡君に余計なちょっかい出したら、絶対に絶対におまえを殺してやるっ。嘘じゃないわ、何があろうと、誰が邪魔しようと、必ずわたしがおまえを殺すっ!!」
「うっ」
振り向かずにいる榊まで、一瞬、肩が動いたほどドスの利いた警告であり、俺なんか思わず声が出ちまった。
……この子、紛れもなく本気で言ってるぞ! この瞬間、俺は確信した。
今の警告を聞いた者なら、例外なく誰もがそう思ったはずだ。奇跡的に通行人はそばにいなかったが、もしいたら真剣に通報を考えたろう。
結局、榊は振り向きもせず、返事すらしないままで去ったが、あいつが深森の警告を真剣に受け止めてくれることを願う。
さもなきゃ、本当に近い将来、死体になっちまう確信がある――て、そうだっ。
「あああっ、まずいまずいっ」
一時的なショックから我に返った俺は、ようやく肝心なことに気付いた。
深森の方にとばっちりがいったら困るのだっ
「おーい、先輩っ。仕返しなら、俺っ。俺ですよ! 片岡俊介の方へ、ぜひっ」
最後に両手でメガホン作って怒鳴っておいたけど、届いただろうか。……届いたにしても、三倍増しで怒らせただけかもしれないが。
呆然と、失恋した先輩の背中を見送っていると、深森がまた腕に縋りついてきた。
「……片岡君?」
さっきの、鬼神も座りションベンして逃げそうな苛烈な視線は、綺麗さっぱり消えていた。
いつもの甘えるような視線であり、瞳に光芒が散っているような気がしたほどだ。
「いきましょう、ねっ。あんなの忘れて、一緒にお昼を食べましょう」
「そうだな、うん」
どっちが本当なんだ?
引きつった笑顔で歩き出しながら、俺は思う。
撫でてくれる手をねだる子犬みたいに甘えてくる深森と、今、札付きの不良に対して、肝がひしぐような警告を発した深森……どちらが本当の、深森雪乃なんだろうか。




