表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

14/64

無数の分岐1 深森と三年の先輩が揉めてるみたいだ

 二人で歩いていた時間はべったり俺にくっついてくれた深森だが、やはり学校が近付くと、「用事があるから、先に行くわね」と言って、離れていってしまう。


 俺はもう完全に「他の生徒に見られるのが恥ずかしいのだろう」と決めつけていたので、特に意外には思わなかった。

 だいたい、俺だって見られるのは恥ずかしい。


 それに、今日あえて早めに学校へ出てきたのは、深森に話したように、友人にいろいろ訊いてみようと思ったからだ。




 藤原縁ふじわら えにしという渋い名前のクラスメイトで、中三の頃からずっと、なぜか同じクラス、同じ高校へと腐れ縁が続いている。


 いつも早めに来て本を読んでいるのだが、今日もばっちり先に来ていた。

 俺は前の方にある藤原の席までいき、一つ前の席を逆にして、藤原と向かい合うように座り込んだ。



「ちょっといいか?」

「……片岡君、今日は早いね」


 黒縁眼鏡を指で押し上げ、藤原が笑う。


「どういう風の吹き回しかな」

「いやー、その手のことに詳しそうなおまえに、訊きたいことがあってな」


 なにかというと、その手の不思議系や謎系話を始める藤原に、俺はかなり期待していた。今こそ、ムー的知識が必要な時だろう。


「仮に、十年後の未来から、今の時点にタイムリープした男がいるとして――その時にそいつが見た世界が、元自分がいた過去世界と異なる部分がある……というのは、有り得るのか?」

「なぜまた、そんな質問を?」


 藤原は不思議そうに俺を見た。

 当然の疑問だったが、俺はなるべく本当っぽく聞こえるように先にニヤッと笑った。


「ここだけの話、俺の幼馴染みがこっそりそんな小説書いててな。俺に意見を求めてきたんで、返事を保留しててさ。知らないと正直に言うのも、業腹なんで」

「幼馴染みというと、2ーDの河原さん?」

「お、おまえ詳しいな? もしかして、顔見知りか?」


 内心でひやっとしたが、幸い、藤原は首を振った。


「まさか! 前に片岡君が僕にそう教えてくれたんだよ……運動会の時に」

「そうだっけか? 忘れてたなぁ……でもまあ、確かにそいつだよ、うん」


 藤原は俺以上に女の子慣れしてないヤツなので、まさか本人と会話したりはしないだろう。大丈夫、大丈夫だ。

 自分に言い聞かせ、俺は笑顔で促す。


「で、本当のところ、どうなんだ? 過去が変わってるケースってあるのか?」

「先に結論を言うと、そりゃあると思うよ」


 元からそういう話が好きな奴なので、やけに嬉しそうに答えてくれた。


「ただ、絶対の前提として、全ては仮説に過ぎないんだ……ここ、大事だからね。なぜって、人類史上、未だに時間跳躍に成功したなんて人は、いないことになってるから」


 裏向きには実際にいるような口ぶりだが、下手にそこを尋ねると、話が十倍に長くなる。経験上、俺はそれをよく知っているので、軽く頷いておく。


「仮説で構わないさ、教えてくれ」




「まず、おおざっぱに、二つのケースがあると思うんだ。なにをどうしようと、過去は絶対に変わらないし、変えられない……というのが、まず一つ。二つ目は、時間跳躍で過去に戻ることによって、幾らでも過去改変は可能である、というケース。個人的には、この二つのケースはどちらも正しいと思う」

「……どういうこと?」


 俺が眉をひそめると、忍耐強い藤原は、詳しく説明してくれた。


「つまり、多元宇宙論で言うところの、多世界解釈だとそうなるってこと。たとえば、片岡君が、十年前の過去に飛んで、僕を殺すとする」


 いきなりひどい例だが、俺は我慢して聞き耳を立てた。


「すると、もちろんその時点から僕の未来はなくなる。しかしそれって、可能性の一つにすぎなくて、片岡君が僕の殺害に失敗する、あるいは気が変わって殺害をやめる――それらの可能性がそこで消えたってだけの話なわけ。実際には、無数に存在する世界の中では、僕を殺す片岡君も僕を生かすことに決めた片岡君も、それこそ無限の分岐があって、実際にその分岐の数だけ可能性の世界が存在する。考えられる可能性は、全て実際にあるってこと。極端な話、僕を殺すのをやめて、僕と片岡君が共謀して、全然別人を殺す世界だって存在する」


 俺は、よほど混乱した顔をしていたらしく、藤原はノートを出して、ページの最後にあみだくじを書いてくれた。

 ……それもノートの枠一杯になるほど、複雑なヤツを。


「こうしてあみだくじを見ると、横棒と縦棒を増やせば増やすほど、嫌になるほど分岐が出来るでしょ? つまり、このあみだくじが、宇宙大の広さになったと思えばいいんだ。そして、毎秒ごとに、あるいはナノ秒ごとに、こんな風に人生の分岐があると思ってみればいい。ほら、選択肢がいきなり無限になったじゃない」


「お、おお……なるほど」


 俺はそこで顔をしかめた。

 してみるとなにか、俺が今救おうとしている深森は、あの夜に自殺した深森とは、似て非なる子だってことになるのか?


 俺は自分でも意識しないうちに、本来のルートから逸れている? 俺の知る過去が変わっているというのは、そういうことなのか?

 しかもそうだとするなら、だ。


「……それってつまり、同一分岐上のルートでは、確定した過去は変えられない?」

「いや、それは」


 などと藤原が言いかけた時、なぜか俺の背中がどんっと叩かれた。

 振り向くと、隣の席の谷垣である。


「なんだよ?」

「おまえ、ブレイドに興味なかったっけ?」


 深森がどう思うかわからないので、俺はあえて無難な答え方をした。


「あれだけ有名人だし、誰でも興味はあるだろ?」

「ふーん。……なら、屋上へ向かう階段の方を見に行った方がいいぞ。深森と三年の先輩が揉めてるみたいだ」


 いきなり言われ、俺はさっと席を立った。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ