登校(続かず) あとはみんな嫌いか、どうでもいい人
二人で歩き出すと、俺は忘れないうちに尋ねておくことにした。
「俺、今日はちょっと友達に訊きたいことがあって、わざと早めに出たんだけど……いつから待っててくれたんだ?」
「……六時」
「六時ですとっ」
思わず足が止まる俺である。
「そりゃ早い、早すぎだよっ。俺は普段、家を出るのは八時前なんだぜ」
「……じゃあ、これからは、その時間を基準に」
毎日来る気満々の言い方で、俺は少し焦った。
「いやいや、毎日だと辛い――」
「心配しないで」
俺が断るのを恐れるように、深森がまた言った。
「もうすぐ引っ越すつもりだから」
「そ、そう?」
俺が止めそうな予感がしたのか、随分と緊張した表情だった。
深森さえそれで幸せなら、別に無理に止めたりしないけど……たまには自分から迎えに行くのが礼儀だよな?
そう思った俺は、ついでに尋ねた。
「あのさ、迷惑じゃなかったら、今住んでる場所を教えて欲しいんだけど」
「駅の北口前にある、ホテルの最上階なの」
「おおうっ」
素直に教えてくれたのはいいが、めちゃくちゃ高級ホテルじゃないか。
ホテル住まいだったのか。
「家では、母親と上手くいってなくて……」
俺の反応を窺いながら、もじもじと言う。
まだ緊張感が継続しているらしい。
「お互いがお互いを嫌っているから、わたしは入学時からずっと点々とホテル住まい。そろそろマンションに移りたいけど、母に保証人頼むのが嫌で、遅れてるの」
「そうかぁ」
頷きつつ、「金の方は大丈夫なのかね」と密かに思ったが、お金もないのに、有名ホテルの最上階には住めないだろう。
余計な詮索はしないことにした。
「深森は、そんなに人の好き嫌いがないように思ってたけどな」
「そんなことないわ、全然ないわ」
めずらしくきっぱりと否定された上に、驚いたような目で見られた。
「わたしが好きなのは、昔から片岡君だけ。あとはみんな嫌いか、どうでもいい人」
「そ、そうかっ」
なにげない会話で、いちいち俺を驚かしてくれるな、この子
心臓の鼓動が跳ね上がったじゃないか。
うろたえたため、俺がそれ以上訊かなかったからか、緊張した表情が消えて、深森にまたほのかな笑みが戻っていた。
「あのホテルの2401号室が、最上階の部屋番号なの。いつでも遊びに来てね? わたしは眠るの遅いから、深夜でもいいの」
「お、おぉ」
深夜でもいいのかっ、実に意味深だな! 考えすぎなんだろうが。
「それからこれ」
なぜか、宝くじを入れるようなポチ袋をくれた。
というか、中を覗くと本当に宝くじだった。十枚くらいある。
「……あ、もしかして、昨日のギャグの続きかな?」
「ギャグじゃないけれど……多分、そう」
コクコクと深森が頷く。
「昨日が最終日で、三日後にはもう発表らしいわ。一等は五千万円らしいの。当たるといいわね」
「現金じゃないし、ありがたくもらっておくよ。宝くじ代、出そうか?」
「気にしないで……プレゼントだから」
「そうか。いや、本当にありがとう」
俺は苦笑して、連番十枚入りの袋を鞄にしまった。ちなみに、宝くじの一等が当たる確率がいかに低いか、前にどこかのネットニュースで読んだことがある。
真偽は不明だが、年末ジャンボとかのレベルになると、1千万分の1だとかなんとか。
従ってこの時点では、もちろん「わー、深森もエッジの効いたギャグをかますなぁ」くらいにしか思っていなかった。
ただ、「もっといるようなら、言ってね」と言われて、ちょっと笑ったけど。
ここは一つ、俺も気の利いたセリフで返すべきと思い、「深森は、俺を甘やかしすぎだよ」と言ってやった。
「もし許されるなら」
なぜか、深森が一層身を寄せてきて、腕を組んでるせいで胸がかなり当たった。
「生涯、甘やかしたいわ」
「は、ははっ」
またしても驚いて言葉を失った俺だが、深森はその後でまた何か呟いていた。
でも、あいにく最後の部分は聞こえなかった。




