永続の美と、一瞬の美(後篇)
「……え?」
全員の目が、釘付けになった。
レオナルトは、視線を動かすことができない。
先ほどよりも早く、心臓が拍動した。脳が、この現実を受け容れようとする。
そこには、小鳥がいた。
卵の中の小さな小鳥は翼を広げている。
レオナルトは、首を振った。
ありえない。
これは、ありえないことだった。
「ほう、小鳥を作って卵の中に封入していたのか」
アルヌ・サクヌッセンブルク侯爵が讃嘆の声を上げる。
「違います!」
レオナルトは否定した。
そんな、程度の低い評価を与えられるべき作品ではない。
「これは、芸術です。これまでに存在しない、芸術です」
「どういうことですか?」
黒髪の司厨長が尋ねる。
「卵に継ぎ目はなかった。それは、私が触って確認しています。つまり、この小鳥は、硝子の卵を切って中に入れたわけではない。絶対に」
フーゴの顔を見る。
偉大なる芸術家であるこの硝子職人は、自分が何をしたかも分からずに、いつものようなぼんやりとした笑みに戻っていた。
レオナルトは続ける。
「まず、硝子で小鳥を作ります。見ての通り、極めて繊細な作業です。この小鳥だけでも私は十分に評価したでしょう。その卵も、東王国の硝子職人では親方でさえ作れない代物です。だが!」
レオナルトは卵の殻を指先で摘まみ上げた。
「フーゴさんは、この小鳥を硝子の吹き棒の先端で素早く細工した後、そのままに、外側に卵を作って封入したのです」
居並ぶ人々に、衝撃が走る。想像しているより、はるかに困難な手管が使われていることを漸く理解したに違いない。
「これが至難なのは、卵を作る過程で温度の調整を誤ると、小鳥が壊れてしまうということです。僅かな失敗も許されない。こんなことは、誰にもできない。絶対に」
絶対に。
レオナルトは、人差し指で右頬を掻いているフーゴの目を見る。
あろうことか、フーゴは、卵の表面を研磨して、濁らせた。
これさえしなければ、中の小鳥は外から見えたのだ。それだけでレオナルトは間違いなく満足した。これは百年、いや五百年残る至宝だと讃えすらしたかもしれない。
けれどもそれを、フーゴは良しとしなかった。
フーゴは卵を白く研磨して濁らせることで、割らない限り小鳥が見えないようにしたのだ。
この決断をした瞬間、卵は、有限になった。
永続を目指す芸術品から、割られる瞬間のみを目指す奇蹟になったのだ。
レオナルトは、苛立ちを覚えている自分に驚いた。
こんな、こんなことがあっていいのか。
卵が割れる瞬間を見た人数は、あまりにも少ない。
「フーゴ、どうして殻を白く研磨した?」
震える声で、レオナルトは問い質す。
永遠を目指さないのか。芸術は、芸術とは。
「……だって、その方が、レオナルトが喜ぶんじゃないかなって」
レオナルトは、膝から崩れ落ちた。
永続よりも輝く一瞬。
それも、ただの真心によって演出された、一瞬。
「侯爵閣下。披露宴の絵画は、喜んで引き受けましょう」
立ち上がり、レオナルトはアルヌに恭しく頭を下げる。
「おお、ありがたい!」
心の中の殻は、もう、跡形もなく割れていた。
小鳥の羽ばたきを阻むものは、何もない。




