徴税請負人と笑わない少女(前篇)
世の中には、似合わない組み合わせというものがある。
美女と醜男。
雪鳥と泥亀。
双月と島鯨。
しかし、今のゲーアノートはそれらに匹敵するくらいに、自分が妙な組み合わせで立っているということを自覚していた。
「何か、不思議かね?」
閉店後の居酒屋ノブ。
店内にいるのはリオンティーヌとハンス、それにゲーアノートと少女だけだ。
徴税請負人として真面目さと厳しさが服を着て歩いているような自分の横に、ちょこんと小さな女の子が立っている。
金色の髪に、意思の強そうな蒼い瞳。
透き通るような肌の色は、北の生まれを思わせる。
歳はエーファよりも幼い。
口を横一文字にしっかり閉じて、周囲を観察するように窺っている。
「いや、不思議じゃないさ。旦那の歳なら、隠し子の一人や二人」
リオンティーヌは気の利いた冗句を言ったのだろうが、既に何度も同じことを言われている。
ゲーアノートは疲れ果てたように手を振った。
「生憎だが、この娘は私の隠し子ではないよ」
そりゃそうだろうね、という言葉をリオンティーヌはわざわざ口に出さないでいてくれた。
随分と見目の整った娘だ。
この年にして、可愛いというよりも、綺麗、妖艶といった風な印象を纏っているのは、ただ者ではない。
ゲーアノートと似ているところはほとんどなかった。
自分とこの少女が親子だというなら、狼が尾長鳶を産んでも驚かない。
「で、その迷子をどうしたんだい?」
「迷子かどうかも分からないのだ、正直なところ」
「なんとまぁ」
晩冬の、夜遅く。
まだ寒いこの時期に子供とはぐれているのなら、親なり兄姉なりは血眼になって探すだろう。
古都が広いとはいえ、親に探すつもりがあるのなら、ゲーアノートも気が付くはずだ。
察しのいいリオンティーヌは、すぐにゲーアノートと同じ結論に達した。
「……捨て子、か」
「さて。まだそうだと決まったわけではないが」
答えとは裏腹に、ゲーアノートは十中八九が捨て子だろうと思っている。
「衛兵隊には届けたんだろう?」
明日のための支度をしながら、ハンスが尋ねてきた。
古都の衛兵隊は優秀だ。
この都市に暮らす人々の人相はそのほとんどを把握している。
街の人間も彼らを信頼しているから、子供の行方が知れないとなればまず衛兵隊に届け出ることになっていた。
「当然だ。ただ、誰もこの少女の顔に見覚えがない。そして、迷子の届け出も出ていないそうだ」
やれやれ、とリオンティーヌが腰に手を当て、嘆息する。
このまだ幼い少女が自分自身の足で古都へやって来たのでなければ、まごうことなき捨て子だということだ。
つまり、ほとんど間違いなく捨て子だということになる。
話の内容を理解しているのかいないのか、少女がゲーアノートのズボンを握りしめているのが、居た堪れない。
様々な理由で子供を育てられなくなる親は、いつの時代も後を絶たない。
特に、冬はそうだ。
たまたま税が収められなかったり、うっかり家族の誰かが重い病に倒れたり、平凡な日常の中に落とし穴は潜んでいる。
ゲーアノート自身はそういう家からは可能な限り重税を取り立てないように工夫をしているが、徴税請負人のすべてが善と公正とを信条にしているわけでないのもまた、動かしがたい事実だ。
そうなった時、家族の中の誰にしわ寄せがいくのか。
個々の家族次第だが、万に一つの幸運を信じて、子供を大きな都市へと捨てる親がいることを、ゲーアノートはよく知っている。
「さて、どうしたもんかね」
独り言ちるリオンティーヌに、ハンスが応じた。
「親を探しに行くとか?」
いいや、とリオンティーヌが首を振るのは、それが徒労に終わるだろうということを知っているからだろう。探して簡単に親が見つかるなら、ゲーアノートがわざわざここへ来るはずはない。
そんなことにゲーアノートが気付かないはずがないということを、彼女は知っている。
溺れる鳥は浮き苔に縋る。
何か、偶然の一手でもいい。子供の親の手がかりがあれば。
そういう気持ちで、ゲーアノートはここを訪れた。であればそれに応えたいとリオンティーヌは考えてくれているらしい。
子供あしらいが得意な方ではなさそうなリオンティーヌだったが、少女と対話を試みることにしたようだ。ゲーアノートが名前すら聞き出せていないことは、既に伝えてある。
「で、お嬢ちゃん。名前はなんていうんだい?」
リオンティーヌが床に膝をつき、少女と視線を合わせる。
青い瞳と青い瞳。二人の視線がぶつかった。
「いやぁ、ごめんごめん。部屋の鍵忘れちゃった」
ちょうどそこに、帰ったはずのシノブが裏口からひょっこりと顔を出す。
間がいいのか、悪いのか。
ゲーアノートが事情を説明しようとすると、シノブは少女を一目見るなり、
「この子、お肉屋さんの関係者?」と尋ねた。
少女の目が驚きに瞠られるのを、見逃すゲーアノートではない。
「シノブさん、どうしてそう思ったのかな?」
尋ねられてシノブは、さも当然のことのように言ってのける。
「だってこの子、お肉屋のフランクさんと同じ匂いがするから……」
シノブの言葉を聞いて、リオンティーヌがゲーアノートに向き直った。
「だそうだけど、ゲーアノートの旦那。何かの手がかりになるかね?」
「この子なら、確かに昼過ぎからずっと店の前をうろうろしてたよ」
ちょうど寝入り端をゲーアノートとリオンティーヌ、それにシノブとハンスに起こされた肉屋のフランクは、寝ぼけ眼を擦りながら、そう答えた。
居酒屋ノブの常連の中では一、二を争うほど腹回りの大きな男で、開店と同時にやって来ては、その日のオトーシを二人前ずつ食べていく客だ。
「誰か一緒にいなかったか?」
尋ねるゲーアノートに、フランクは肉付きのいい肩をひょいと竦めてみせる。
「一人だったと思うな。店が忙しかったからずっと見ていたわけじゃないけどさ。小さな女の子が一人ぼっちでいるのは珍しいなと思ってたから憶えていたんだしね」
筋は通っているな、とゲーアノートは考え込んだ。
手がかりはない。また振り出しに戻るか。
「もういいかな? 明日は手紙の配達があるから、早く起きなきゃいけないんだ」
生欠伸を噛み殺すフランクに、ああ、感謝するとゲーアノートは礼を言った。
古都に限らず、肉屋は手紙の配達を兼業していることが多い。村々を回って農家から直接、豚を引き取っていた頃からの名残だという。
今では村の農家の方が都市へ豚を運んでくることも増えたが、肉屋が手紙の配達を兼ねるのは、多くの街や村で当たり前のこととされている。
この少女が手紙を出しに来たわけでもないだろうにとゲーアノートが考えたはじめたところで、それまで頑なに沈黙を守っていた少女が大きな声を上げた。
「ヘンリエッタ!」
「ん?」
「私の名前は、ヘンリエッタ、です!」
強い意思の籠った、射抜くような視線。
どうして急に名前を名乗る気になったのだろうか。
しかし、そのことを気にするより前に、ゲーアノートはどうして少女が捨てられたのかを察する手がかりを見つけてしまう。
「狼歯か……」
ずっと口を閉ざしていたから分からなかったが、少女は人よりも犬歯が長い。
「あ、八重歯なんだ。かわいいね」
シノブの言葉に、ゲーアノートはごほん、と空咳をした。
最近でこそ迷信扱いされてはいるが、昔は狼歯と言えば「狼の子供」だの「育つと人狼になる」だのとやかましく言われていたものだ。
今でもちょっと街から離れると、そういう古い陋習に凝り固まった村に出会すことがあるという話は、弟からの手紙でしばしば目にすることだった。
きっとこの少女もこの歯が原因で、と思うと、ゲーアノートには何も言えなくなる。
子を捨てる親は、許しがたい。
その一方で、狼歯のこと如きで子を蔑ろにする親であれば、そんな劣悪な家庭から子を解放してやりたいという気持ちもある。
なんとかしてやらねば・・・・・・
そう思ってヘンリエッタに声をかけようとした瞬間、
くぅ
ヘンリエッタのお腹が、可愛らしく鳴った。
「・・・・・・そうだな、ひとまず、食事にしよう」




