双子のお披露目(前篇)
紅葉のように小さな二対の掌が宙を彷徨う。
「エーミール、ヨハンナ、ほら、じっとして」
ベルトホルトとヘルミーナの子供たちだ。
カウンターに座る両親の腕の中へ収まって、物珍しさからか普段と違う天井を掴もうと一所懸命に小さな手を動かしている。
今日は、双子の披露目だ。
昼営業が終わり、夜の本営業前のちょっとした時間に、ベルトホルトとヘルミーナが子供を抱き抱えて居酒屋のぶを訪ねて来た。
ベルトホルトが親子連れで店を訪れたのは、はじめてのことだ。
この辺り一帯では、首の据わる頃合いを見てお世話になった人々に赤ん坊を見せて回る。
まだ古帝国がここに都市を築く前からの慣わしだというから、大した年季だ。
何故かこういうことに詳しいエーファの話によると、古都ができるよりも前、妖精の闊歩していた時代からの行事なのだとか。
本寸法でのお披露目では大王樫の古木に生える宿り木を赤子に握らせるのだというが、今ではもうほとんど手に入らないというから、葉の形の似たニタリミストルトゥの枝を使う。
普通であれば赤ん坊の首が据わるのにはもう少しかかるものだが、そこはベルトホルトの子供だからなのだろう。しのぶから見ても、既にしっかりと据わっているようだ。
「ああ、痛い痛い」
父のベルトホルトの頬肉を引っ張って、あーと声を上げているのが、娘のヨハンナ。
母のヘルミーナの腕の中から周囲の人々を興味深げに観察しているのが、息子のエーミールだ。
名はエトヴィン助祭の意見も容れながら、両親で考えたのだという。
どちらも愛らしいが、しのぶの目にはエーミールはヘルミーナ似、ヨハンナはベルトホルト似に見える。
古くは一族郎党を挙げての大宴会を催したそうだが、最近では慎ましやかなものだ。
代わりに、お披露目で赤ん坊を見せて貰った人たちは、子供たちの将来の活躍を祈念して、親に料理を振る舞ったり、何某かの贈り物をしたりするのだという。
ベルトホルトとヘルミーナが“いの一番”に訪れたのが、この居酒屋のぶだった。
「二人とも、静かでいい子ですね」
弟妹の世話になれているエーファがそう微笑むと、〈鬼〉のベルトホルトは情けなく苦笑した。
「俺たちが抱えている内は、機嫌がいいんだ。泣き出しても、ほんの少しあやしてやればすぐに収まる。ところが、まぁ……」
日中は衛兵中隊長として働きへ出ているベルトホルトは、妻ヘルミーナと二人の子供のために手伝いを二人も雇ったのだそうだ。
まだ右も左も分からないような赤子だが、親の顔だけはよく分かるらしい。
ヘルミーナかベルトホルトの抱きかかえているときにはてれりと笑っているこの二人が、他の人の腕へ抱かれると火の付いたように泣き出す。
「お陰でまぁお手伝いさんたちもひぃひぃ言っててなぁ。ヘルミーナも俺も、落ち着いて飯を食う暇もないというわけさ」
折角雇ったお手伝いさんもこれには困り果てたが、辛抱強く接することで、最近は漸く少しずつ慣れてきたのだという。
それでもお気に入りはやはり両親だということで、ベルトホルトも家に帰れば子育てにかかり切りらしい。
「ベルトホルトさんは子育てを手伝って偉いですね」
しのぶがそう言うと、ヘルミーナが口元で笑う。
「はじめはおっかなびっくりだったんですけど、可愛くて仕方が無いみたいなんですよ」
見様見真似で子供たちの襁褓を替えるというベルトホルトだが、〈鬼〉と呼ばれた男も変われば変わるものだ。
もちろん、仕事にも手を抜かない。
子供にお金のことで苦労はさせまいと、今のベルトホルトはいつも以上に中隊長としての業務に精を出しているという。
ハンスとニコラウスが抜けた穴を埋めるためということもある。
古都の市参事会からの覚えめでたいとは言え、ベルトホルトも一介の衛兵中隊長に過ぎない。だからこそ、こつこつ働いて賃金を稼がないといけないのだ。
何と言っても、生まれたのが一人ではなく、二人。
王子様とお姫様のように丁重に、とはいかないが、せめて人並みには育ててやりたいそうだ。
しのぶから見ても、よくできた父親だと思う。
ほとほと困り果てた顔のベルトホルトだが、本心では困ることが嬉しい、といった風情だ。
〈鬼〉のベルトホルトが遠縁の娘であるヘルミーナを娶ったのは、まだ居酒屋のぶが古都へ繋がったばかりのことだ。
過ぎ去った日々のことを、しのぶは想う。
イカ漁師の娘であるヘルミーナとの見合いのために、イカ嫌いを克服したベルトホルト。
うなぎ弁当と、大繁盛の日々。
バッケスホーフ事件なんていうのもあった。
歳の差婚の二人だが、とても仲睦まじい。双子を抱える二人は幸せそのものの表情だ。
エーファの差し出した人差し指を小さな掌で掴もうとするヨハンナの勝気な瞳は、父親のベルトホルト譲りだろう。
対して眠そうに欠伸をするエーミールは目元に母親であるヘルミーナの面影がある。
赤ん坊というものは、どうして見ていて飽きないのだろう。
双子を見つめているとしのぶも思わず口元が綻んでしまった。
「どうします、お二方。何か軽くお腹に詰めていきますか?」
夜の支度に鮫の身を叩きながら、信之が尋ねる。
このところ鮫に凝っている信之は、鮫皮のおろし器まで買ってしまう有り様だ。店で手作りすると、かまぼこや竹輪も一味違って面白い。
「ありがたい、ちょうど小腹が空いてたんだ」
聞けば、お披露目はこれからが本番。
衛兵隊の詰め所から教会まで、あちこち歩きまわる羽目になるのだという。
何かしら振舞ってくれる人もいるにはいるが、たっぷり食べる暇はないはずだ。
「ヘルミーナは何が食べたい?」
まず妻の希望を尋ねるベルトホルトに、ヘルミーナは恥ずかし気に俯いた。
「……実は」




