御曹司と仕出し弁当(後篇)
「……弁当か」
正直に事情を説明して、それでお茶を濁すしかない。
商売人としてのロンバウトからしてみれば有り得ない選択肢だが、今は却って都合が良かった。失敗を積み重ねることでさっさと古都の支社を畳んで中央へ帰るのだ。
「しょうがない。いいだろう、それで手を打とう」
「それでは、手配して参ります」
夕刻も近付いてくると<四翼の獅子>亭に人が集まり始めてきた。市参事会に名を連ねる者や、この街の名士たちだ。
無能を印象付けると決めたロンバウトも、挨拶を欠かすことはできない。ビッセリンクの名を汚すことは本意でないからだ。
宿の入り口に立って笑顔で握手を交わしながら、一人ひとりを品定めしていく。
やはり予想通り、古都の人々は皆どこか朴訥そうな顔をしている。
その中でも特に人の良さそうな青年が一人、ロンバウトに声を掛けてきた。
「本日はお招きに与り光栄です。私は水運ギルド<金柳の小舟>のラインホルトと言います。以後お見知りおきを」
「これはご丁寧に。ビッセリンク商会のロンバウトです」
<金柳の小舟>といえば、三つある水運ギルドでも一番小さい。
なるほど、ここでロンバウトと誼を通じて取引を増やそうという腹だろう。
見え透いた手だが、こういう純朴な向上心はロンバウトの嫌うところではない。ただやり方が未熟なだけなのだ。
精一杯の笑顔で握手してやると、ラインホルトは満足そうに頷いた。
「ところでロンバウトさん、今日の晩餐はどんなものを?」
「ああ、それが申し訳ないことに、ちょっとした事情で晩餐というほどのものはご用意できなかったのですよ。代わりに弁当を取らせましたから、会談の間にそれを摘まみましょう」
「なるほど、分かりました」
何を話すかよりも何を食べられるかを聞いてくる辺りが何ともおかしみがある。
程なく招待客が全員集まって、会談が始まった。
「つまり、大きな商会が古都に支社を構えることは皆様の利益にもなるのです」
集まった人々を前にロンバウトはビッセリンク商会進出の利益を説く。
ロンバウトは目付きが悪い。そのことは自分でもよくよく承知している。だから初対面の相手にも敵対心や恐怖心を抱かせないように、細心の注意を払いながら話す癖が付いていた。
「商圏が広がるということは腕が伸びるようなものです。遠くにあって手の届かなかったものも手に入るようになる」
ここで話していることは掛け値なしの事実だ。
帝国西部に覇を唱えるビッセリンク商会の商圏に組み込まれれば古都にとっては利益が大きい。
これまでに取り扱いのなかった商品も手に入るだろうし、地域単位での不作が発生しても広域での穀物で補いが付くこともあるだろう。
古都にとっては良いことはあるが、ビッセリンクがそれに見合うだけの利益を上げられるのか。
父である商会の総帥ウィレムは採算を度外視してでも古都を商圏に組み込むべきだというが、ロンバウトにはそれだけの価値があるとは思えない。
「ビッセリンクの商売が軌道に乗れば、この弁当の中身も彩り豊かになるはずです」
あまり期待をせずにロンバウトが弁当の蓋を開けると、列席者もそれに倣う。
弁当箱の中身を見て、ロンバウトは思わずほぅと声を上げた。
色とりどりの食材は予想を超えて美しい。
「へぇ、これより彩り豊かにね」
列席者の一人がこぼすと笑いの輪が広がる。だがロンバウトへの嘲笑ではなく、明るい笑いだ。
確かによく見ると弁当箱自体も大したものだ。
木製の箱の表面は光沢のある黒で塗られ、装飾も施されている。蓋を開ければ中は赤。
たかが弁当と侮っていたが、高級感を演出することに成功している。
そして、中身。
パンとチーズでも出れば上等だと思っていたが、そんな安っぽいものではない。
細かく区切られたなかに色彩豊かなおかずが詰められている。悔しいが、美味そうだ。
「この弁当はなかなか腕のいい料理人が作ったようですね」
フォークを取りながらロンバルトが褒めると、何人かが自慢げに微笑む。
「そりゃそうだ、なんてったって居酒屋ノブの仕出し弁当だからな」
居酒屋ノブ、とは何とも古都らしい。
市参事会に名を連ねる重鎮たちも居酒屋で酒を酌み交わす。実に牧歌的だ。
しかしその居酒屋料理を美味そうだと思ったのは少しだけ悔しい。
「折角の弁当です。食べながら話すとしましょう」
談笑しながら最初に食べる料理を適当に選ぶ。彩りこそ美しいが、味はそこそこだろう。
しかし、一口含んでロンバウトは思わず声を上げそうになった。
美味い。
これはアスパラガスを豚で巻き、衣を付けて揚げている。
アスパラガスは、ロンバウトの好物だ。しかし帝国北部でアスパラガスを大々的に育てているという話は聞かない。いったい、どうやって。
ロンバウトの好物を調べ上げ、事前に遠方から取り寄せたのだろうか。
困難だが、不可能ではない。
ビッセリンク商会がこの地に根を下すことに反感を持つ者が、ロンバウトに警告のつもりでやったことだろうか。
しかし、美味い。
アスパラガスのシャキシャキとした食感はそのままに豚肉のしっかりとした味が食べ応えを何倍にも引き立てている。悔しいが、これは認めざるを得なかった。
そこから先は、手が止まらない。
食べたことはおろか聞いたこともないような料理もあるが、ロンバウトの好みの味に巧みに合わせてきている。
小癪だが、してやられた。
<四翼の獅子>亭の司厨長が体調不良というのも、大方でまかせだろう。
この弁当を食べさせるために一芝居討たれたのだ。
隣はと見るとベネディクタも恍惚とした表情で弁当の中身を口に運んでいる。どうやら中に入っている料理が微妙に違うらしい。
完全に嵌められた。たかが田舎と侮っていたが、ロンバウトの好物を調べつくして考えられた弁当だ。こういう知恵者がいるぞ、という宣戦布告か。
そうでなければわざわざアスパラガスのような痛み易いものを運ぶことはないだろう。
周囲を注意深く見回すが、皆美味そうに弁当に舌鼓を打っているだけだ。こういう策謀を張り巡らしそうな狡猾な人物は見当たらない。
一瞬、水運ギルドのラインホルトと目が合った。あの青年はロンバウトと視線が交差したことに気付くと、軽く会釈をする。策を弄する者がこんなに柔和な表情を浮かべるものだろうか。
「どうです、古都の料理は? なかなか悪くないでしょう?」
弁当箱いっぱいの麺を啜りながら参事会員の一人が尋ねる。
「まったくです。私は少々古都を見縊っていたかもしれない。これほどのもてなしを受けられるとは、感謝の言葉もありません」
さて、ロンバウトは負けを認めて見せた。相手はどう反応するか。ほくそ笑みデモしてくれればしやすいのだが。
だが、参事会員たちは古都の、居酒屋ノブの弁当が認められたことに満足したように頷くばかりだ。悪意のある表情を浮かべるものは誰もいない。
まさか。
ありえないことだと思いながら、ロンバウトは空になった弁当箱を覗き込む。
古都の人々はロンバウトへの警告でもなんでもなく、単純に善意から好物を調べて弁当に詰めたのではあるまいか。
そんな莫迦なことがあるだろうか。新たに都市へやってこようとする商会に、それほどや細工なれるものなのだろうか。
「さ、ロンバウトさん。腹もくちくなったことだ。話の続きをしようや」
水運ギルドのマスター、ゴドハルトが豪快に笑う。
「あ、ああ、そうですね」
ロンバルトはこの街で、どのような態度を取ればいいのかを、まだ決めあぐねていた。




