エピローグ
一応日付上は今日の0時に一話投稿してますので読む順番にお気を付けください。
『ナ……と……少しよ……がんば……』
「ああ、分かってる。問題なく辿りつくさ」
周囲は雲に包まれて、視界はほとんど通らない。
そんな中で、崖を登る一人の少年とその少年を応援する、まるでテレビにノイズが走ったかのように姿が時折消えてしまう小さい少女の姿があった。
少年は崖に手をかけ登っているのに疲れた様子は一切なく一時も休むことなく登り続けている。
小さい少女は少年の周りにふわふわ浮かびながら応援し続けているが、その声は途切れ途切れだ。
少年の胸元には短剣のペンダントが吊るされていて、少女の姿が消えるたびに光が点滅している。
ペンダントは全体的にボロボロで、いつ壊れてもおかしくはない。
彼らはそれを見て残りの時間がわずかなことを理解していた。
「よし雲を抜けた。そして……頂上だ」
『……お……かれさま……』
休まず登り続けた少年は雲を抜けるとすぐそこまで来ていた頂上の縁に手をかけ、一気に登り、座り込んだ。
小さい少女も嬉しそうにその場でくるくると回りながらも少年に声をかけた。
頭上には燦然と輝く星々があって雲はうっすらと青色に照らされていた。
『ああ……やっ……ここは……れいね……』
「本当に、そうだね。ここほどに美しい景色は他になかった」
少女の途切れ途切れの言葉も少年には何を言ってるのか分かるようで即座に言葉を重ねる。
二人は互いに向き合って微笑んだ。
その時、少年の胸元のペンダントが一際強く輝き点滅したかと思えば力強く光を発し始めた。
それと同時に少女の姿も大きく乱れ、その後少女の姿が先ほどよりもはっきりしたものになっていった。
大きさも変わり、少年と同じくらいまで大きくなって少年の隣に座って寄り添う。
二人はどこか嬉しそうで、どこか寂しそうな表情をして手を繋ぐ。
『どうやら最後の灯火のようね……。ごめんなさい、少しだけ先にいくわ』
「そうか……まあ、仕方ないか。でも僕もすぐにいくからちょっとだけ待っていてね」
『ええ待ってるわ。あなたの気が変わってもっと生きることにしてもずっと待ってるわ』
「僕は十分に満足したからね。ほんとにすぐに追うさ」
そんな会話をして二人は軽く抱き合い、笑っていた。
安心した子供のような笑顔で笑っていた。
やがて、少女は意識が遠ざかっていくのを感じ、それと同時に少女の姿も薄く消えていく。
ペンダントが放つ光も徐々に弱々しくなりいよいよその時が来るのだと二人に理解させた。
「一旦、お別れのようだね。すぐにいくから。バイバイ」
『ありがとう……最後にここに連れて来てくれて。さようなら』
少年は笑って別れの挨拶を言って、少女も笑ってお礼を言った。
少女が目をゆっくりと閉じるといよいよその姿が薄くなり見えなくなっていく。
ペンダントも同時に砕けてバラバラになった。
やがて本当に見えなくなり、何かが消えていくのを少年は確かに感じていた。
それが完全に消えてなくなる直前に少年は確かにそれを耳にした。
『――――愛してるわ、ナナシ』
少年――ナナシが何よりも想う少女の声を。
それからナナシはあたりを見渡し、すぐに地面に刺された状態の錆びついた短剣を見つけ近寄っていく。
そこには先程までナナシの首に掛けられていたペンダントとペアになる鞘のペンダントが掛けられている。
それは同じように時間の中で風化してボロボロになっていた。
「僕はなんて言葉を記録してたんだっけ」
それを確認すべくナナシは込められた魔法を発動させようとする。
しかし、それは叶わずナナシが触れた瞬間バラバラに砕け落ちてしまった。
「ありゃりゃ……ま、いっか。多分愛してるだなんてありきたりの言葉を何度も言っていただけだっただろうし」
それなら今も変わっていないし、ずっと伝え続けてきたとナナシは一人頷いていた。
「あまり待たせたら悪いよね。これから君のもとへ向かうとするよ」
返事をする者は誰もいないが、ナナシは気にすることなくひとりごとを呟きながら、漆黒の短剣を取り出した。
それを逆手に両手で持って心臓へと向けて構える。
「僕も愛してるよ、ネムレス」
そしてナナシは目を閉じてそう言うと短剣を一気に己の心臓へと突き刺した。
不老不死を殺すその短剣で心臓を貫かれたナナシは意識が遠ざかっていくのを感じていた。
薄れゆく意識の中、ナナシは短剣を引き抜いて、錆びついた短剣の隣に突き刺した。
そのままナナシは前かがみに倒れ伏せるとその体は二度と動くことはなかった。
突如世界に産みだされた闇狂い。
八百年と少しの間、人々に恐怖を齎したソレは人知れず世界から消え去った。
そして世界は一度消え、何事もなかったかのように再生された。
何もないどこかの空間。
そこに青白く輝く一つの光が漂っていた。
何かを待っているかのようにその場から動かないそれは突如何かに反応したかのように揺らめいた。
その何かもまた青白く輝く光であり、先に漂っていた光の傍までやってくる。
二つの光は交わったり別れたりを繰り返して動き回った。
それは再会を喜び思うままに遊ぶように感じられる動きだ。
『満足したか?』
二つの光が動き回っていると突然そんな声が空間に響いた。
光は動きを止め、上下に揺れる。
それはまるで問われた言葉に頷くようだった。
『ならば私も満足だ。これからは共にいるとよいだろう』
その声はどこからするのかわからず声の主の姿も見えない。
けれど声には嬉しそうな響きが宿っていた。
誰とも知れぬ声の言葉に二つの光は当然だと言わんばかりに揺れ動く。
それから二つの光は何もないこの空間からどこかへと消えていった。
何もない空間から光も消えて本当に何も無い空間に何か巨大な存在が現れた。
「救いようもない魂だったが最後の最後に救済できて本当によかった」
そこに現れたのは人のようで人でなく、獣のようで獣でもなく、形があるようで形のない超常の者。
それは無数にある世界の中でプレーホスと呼ばれる世界を管理する者。
あるものは神と呼び、そしてある者の前では邪神と名乗ったソレはその空間でただただ佇んでいて、次の魂を待っていた。
救いようのない魂に最後の機会を与えるために。




