28話 夢と矛盾と戦争と
砦を襲撃し、道具を確保してから五日後ほど経った今、ナナシたちは王都……ではなく王都を囲むように存在する八つの街の一つであるノスタジアへと来ていた。
ノスタジアを含む王都を囲む八つの街を総称して「八方都市」と呼ばれそれぞれ王族によって管理されている王家直轄の街である。
ヘイグラント王国が豊かな国であり続けるようにと彼らは誇りと信念を持って街を運営し、王族間で無駄な争いなど起こすことなく互いに協力しあっていた。
足を引っ張るようなことをすれば国王の命令によって即座に国の暗部がやってきてすぐに替えの人員を用意され本人は二度と陽の目を見れなくなるというのも協力している理由の一つであったりする。
王族であろうと国王の実の子であろうとも変わらない。
無駄に争って国を衰えさせるようなことをする王族など必要はないのだ。
そんな街に来たナナシたちだが、彼らが今その街のどこにいるかと言えば街の中心に自己主張激しく建つ城の中だ。
この城はこの街を治める王族の住居であるが、その王族は既にこの世におらず、暗部の死体と共に仲良く闇の空間に収まっている。
ノスタジアに着いたナナシたちはそのまま目立つこの城へとやってきて城内の人間を皆殺しにしてしまったのである。
殺した人間の何人かはそのまま死霊術で操り、見た目には機能しているように見せかけてナナシたちは城に居座っている。
居座って何をしているかと言えば今はこの街周辺の兵力が集まるのを待っている状態だった。
城にいた王族を殺し、一度死霊術で蘇らせて情報を得た時に、暗部のことを知った。
ならこのまま待っていれば道具として有用な暗部が向こうから勝手にやってきてくれるのではないか。
そういう考えからナナシたちは居座ることにしたのである。
「さて、寝ようか。どうせ目的のものが来るまで時間あるだろうから明日は街にでよう」
「フフッさすが王族が住まう城ね。ベッドがふかふかよ」
そうしてナナシたちは眠りについた。
すでにあたりは真っ暗であったのだ。
ノスタジアに昼頃に着き、真っ直ぐ城へと向かい、城中の人間を皆殺し。
これらは全て一日の出来事であり城が広く皆殺しに時間がかかって夜になっていたのだった。
気づけばナナシは奇妙な空間にいた。
全てがモノクロ調で自分の姿の見えない空間。
ふと景色が変わり、巨大な城が建つ、街の姿が現れた。
景色は巨大な城を拡大するように変わっていき、城内のものに変わり、謁見の間へと切り替わる。
玉座がゆっくりと横にずれるかと思えばその下に階段があった。
階段を何段も何段も降りたその先には厳重に閉じられた扉があった。
さらに景色は変わりどうやらその閉じられた扉の向こうの部屋が映し出される。
「なんだ……? ここは……」
ナナシは疑問を口にするが答えは返ってこない。
だが、先ほどまでは自分の姿も存在しなかったのにいつの間にかその部屋の中に自分が存在するように感じられ動けるようだった。
謎の部屋の中をナナシは歩き回る。
その部屋の一画には色々な書物がありまた別の場所にはさも強そうな武具が置かれていた。
そして、部屋を歩き続けると再び鍵に閉じられた部屋を見つける。
「また部屋? 奥には何が……開いた」
厳重に守られた部屋の奥にさらに閉じられた部屋が気になりドアノブを回せば鍵が締まってるはずなのに扉が開く。
そして、扉の向こう側が見えるかと言ったところで世界が闇に溶けた。
闇以外に何も存在しないその空間にナナシは確かに存在していた。
前も後ろも分からないが存在している事だけは分かっていた。
そんなナナシに対して声がかけられる。
『久しぶりだな。ナナシよ』
「……久しぶりだね。ジョン・ドゥ」
その声はどこか懐かしくそして聞き覚えのある声でナナシはその声の持ち主の名を呼んだ。
自らが名付けた邪神の名を。
『ここはお前の夢の中でな……これはいうなれば神託のようなものだ』
「夢……神託……じゃあさっきのは君が見せてくれたものなのかい?」
『そうとも。お前がこれから向かう現状における最終目的地。そこにアレはある』
「アレ?」
『予想は付くだろう? それをどうするかはお前次第。一人になるも従者を残すも自由だ」
邪神ジョン・ドゥが言うようにナナシには彼が言う「アレ」が何かについて心当たりがある。
かつて不老不死になった時ネムレスが持っていた「不老不死の書」あれの末尾に書かれていた不老不死の殺し方についての情報。
すなわち「死の書」。
夢の内容と邪神ジョン・ドゥの言葉を照らし合わせればおのずとどこにあるか分かるというものだ。
『さて、あまり長くも話せんのでなさらばだ』
「ああ、ありがとう。会話らしい会話じゃなかったけど久しぶりに話せてよかったよ」
『それはこちらもだ』
邪神の姿は見えない。
だが、ナナシは邪神ジョン・ドゥがニヤリと笑っている姿を幻視した。
やがて意識は暗転していく。
そしてナナシは目を覚ます。
夢ではない現実で。
「どうするかな……」
目を覚まし体を起き上がらせたナナシは呟く。
ナナシとしてもネムレスの存在は大きなものになっており別れたくないと感じている。
一方でやはりそれだけ大きな存在を殺したいと感じるのも確かであった。
一緒にいたいのと完全に殺してしまいたいという相反する思いがナナシの中でせめぎ合っていた。
それから数十日ほど経った。
その間、ナナシたちはやってくる暗部を殺しては着実に道具を増やしていった。
また、集めた兵士や暗部を殺して不死の軍勢を築く一方で街全体に催眠の魔法を行使した。
普段は何事もなく生活している住民たちだが、ナナシが合図をだせば彼らは皆戦士になる。
これにより大量の死を恐れない戦士を獲得した。
また、ノスタジアでナナシの起こした騒ぎは既に国に知れ渡っている。
というのもナナシは今回、派手にやるつもりだったので暗部の中から数人を逃がし情報を伝えさせたのだ。
もっともその情報は「ノスタジアが闇狂いの手に落ちた」というもののみである。
また、逃がされた暗部は皆、何とかナナシの目を掻い潜り逃げたと思い込んでいるだろうが、全員すでに殺され、魂までも縛る死霊術と催眠によってそう思い込まされているだけである。
従って報告に国へと走った暗部はその情報を伝えた時点でナナシの手中にあった。
だから報告に行った暗部はそれぞれ然るべきところに報告すると同時に暴れ出し、数人を殺したのだった。
そして、その暗部の行動こそが伝えられた情報を裏付けていた。
国はその暗部をよこした事実にナナシが伝えたいことを正確に理解する。
つまり、それはナナシからの宣戦布告であった。
一個人で国相手に戦争を仕掛けるなど常軌を逸している。
それでも個人で対軍戦力を持つことができるのが闇魔法使い。
そしてその闇魔法使いの中でも最高レベルの使い手であり狂人であるナナシは躊躇なく戦争を挑んだ。
その結果、ナナシたちの目前には、ノスタジアの手前の平原に整列するヘイグラント王国軍の大軍勢の姿があった。
王都に近く、他国との争いもないヘイグラント王国であるからこそ一月もかからぬ間に大軍勢を用意することができた。
もっともその軍勢を国の内側、それも王都のすぐそばの街へと当てられることになるなど誰もが思ってもみなかっただろう。
「んー壮観だねえ」
「見渡す限りの人の姿。こんなに大勢が集まっているのを見るのは初めてよ」
それをみてナナシもネムレスは感嘆の息を漏らす。
そこに自分が殺されるかもしれないという恐怖はない。
当然だ。
二人は不老不死なのだから。
一方の王国軍は困惑していた。
伝えられた情報ではノスタジアは闇狂いの手に落ちその様子から戦争を仕掛けてきたはずである。
それにも関わらずノスタジアの門はすべて開かれ、その門から街内の様子を見れば何もないかのように生活している。
せいぜい変わった様子といえばこちらを見て軍隊が何しに来たのだろうという不安の表情を時折見せるだけ。
チラチラと王国軍を見て首をかしげつつも普段通りに生活する住民の姿を見ていると、まるで自分たちのほうが間違っているのではと錯覚してしまう。
それは軍を指揮する立場の人間も例外ではなかった。
「どういうことだ……? これは……」
「なぜ門が開かれている? 敵は兵力を展開もしていないが何を考えているんだ」
ノスタジアからは反抗する意思が全く感じられない。
門は開いているのにそのある種異様な光景に王国軍は攻めあぐねている。
「これは謀られたのでは? ノスタジアにいると見せかけ別の街にいるのでは……」
「いや、ノスタジアがおかしいのは確かだろう。この大軍勢を見て住民の反応があの程度というは異常だ」
「だが、どうすればいい? 一気に攻めてしまってもいいのか? あれはどう見ても一般人だぞ」
「しかし相手は闇魔法使いだ。死霊術でそう見せかけてるか催眠で操ってると考えたほうが妥当だろう」
「だとしても死霊術ならまだしも催眠で操られてる場合では面倒だぞ。皆殺しすればいいというものでもない」
「かといって迂闊に近づけば突然襲われ大きな被害を出すかもしれないな……くそっある意味最悪な牽制だぞこれは」
攻めあぐねる王国軍の指揮官たちは一度仮設テントの中に集まり、どうするか話し合っていた。
集まった指揮官は十人。
指揮権を与えられてるなかでも特に位の高い者たちである。
彼らは状況から考えられる可能性をあげていく。
だが、さまざまな可能性があり、そしてそのどれもが捨てきれず話はまとまらなかった。
謀られている可能性もあるし、あれがそもそも罠である可能性もあるのだ。
彼らは気づかない。
あれやこれやとどうするか対応策をあげる中その様子を楽しそうに笑みを浮かべて観察しているナナシとネムレスの姿に。
ナナシの狙いはまさにこの硬直した状況であった。
住民には「合図があるまで何があっても取り乱さず普段通りの生活をするように」と催眠をかけてある。
そうしてノスタジアを開放して放置すれば、大軍勢の姿に戸惑いつつも普通に生活している人々の姿に王国軍は動きを止めるだろうという考えだ。
そしてその考えは見事実現したのである。
なお、仮に王国軍が強行して街をすぐさま攻撃しても構わなかった。
それはそれで面白く、後で王国軍が何をしたのかを丁寧に教えてやれば彼らが何を思うのか楽しみでもあったから。
「俺にいい考えがある」
「おお、何か案を思いついたか」
「聞かせてくれ」
会議も膠着したところで指揮官の内一人のボサボサ頭の男が何か思いついたようで話を切り出す。
ほかの指揮官もまとまらない意見に困っていたので早く聞かせろと急かす。
「簡単だ。お前らを全員殺して俺が全軍の指揮をとる。そしてこのまま引き返し王都を襲うのさ」
「おい、冗談でも言っていいことと……」
「うるせえ!」
ボサボサ頭の男の荒唐無稽な言葉に隣にいた男が不快そうなようすで注意するが、その言葉の途中でボサボサ頭の男は苛々した様子で剣を抜き、注意してきた男の首を斬り落とした。
「なっ!?」
「貴様、まさか!?」
仲間の凶行に他の指揮官達は驚愕するがすぐに剣を抜きボサボサ頭の男へと剣先を向けて構える。
「クヒヒ……お前らを殺して王都を襲えばァ、俺はあの方に認められるんだァ!」
「あの方……? っ!? まさか『闇狂い』に操られてるのか!」
狂言を吐き出すボサボサ頭の男の目はとても正気のものではなくその様子と男の言葉に他の指揮官たちはハッとなり何が起きたかを察した。
「さっきまでは普通だった……何か合図があったのか? ……いや……なにも……まさかっ!?」
いったいいつからと指揮官の一人が考え、恐るべき可能性に気付いた。
「そいつが催眠にかけられたのはついさっきだ! 今ここに! 闇狂いがいるぞ!」
「な!?」
それを周囲に伝え警戒を促す。
指揮官たちは操られている様子の男にも警戒しつつ周囲を探るがそれらしきものは見つからない。
十秒程緊迫した空気に、静かになるが結局何も反応がなかった。
ボサボサ頭の男もニヤニヤとしながらも沈黙を保っている。
「おい、いないんじゃ――――がはっ!?」
「いやいや、彼はちゃんと正解に辿りついていたよ?」
「なっ!? まさかっ――――!?」
「あらあら、『闇狂い』が一人だけだなんて誰も言ってないわよね」
そして何も起きない状況に耐え切れず闇狂いなどいないのではと口を開こうとした男の胸から短剣が生えた。
その様子にいち早く気づき、その男の背後にいるであろう存在を確認しようとした男の胸からも短剣が生える。
倒れる二人の男の陰から現れたのは楽しそうに笑うナナシとネムレスであった。
「やあ、こんにちは。王国軍指揮官の皆様方、お初お目にかかります。『闇狂い』です。洒落た二つ名をありがとう」
「おなじく私も『闇狂い』よ。これから死ぬ方に紹介しても仕方ないので本当の名を名乗れないこと申し訳なく思います。ふふっ」
そういってナナシたちは楽しそうに笑い声をあげて指揮官たちを挑発する。
その笑い声に、言葉に、表情に、指揮官たちは仲間をみすみす目の前で死なせてしまったことに憤怒の表情に変わっていく。
だが、指揮官たちが怒りに燃える中、ナナシたちの「遊び」はまだ終わっていなかった。
ボサボサ頭の男に首を落とされた死体は首を持ち、無理やりくっつけて立ち上がり、ナナシたちが殺して死んだばかりの二人の男もゆらりと立ち上がる。
その目には確かな意思が感じられた。
「がっ……?」
「何が……」
「えあ……?」
「「「!?」」」
そして確かに喋ったその様子に指揮官は目を見開く。
また、その立ち上がった二人の陰に隠れたナナシとネムレスの姿を誰も認識できなくなり見失っていた。
催眠でおかしくなった指揮官に死んだ上で意識がある様子の三人を加えた計四人、かつての仲間が指揮官たちと対峙することになった。
指揮官たちが仮設テント内で会議してる描写を追加 12/17/23:47




