24話 今一番危険な街
ハイラントの街の東側。
街のすぐそばで兵士が死に領主も死んだがその瞬間を見ていたものは誰もいない。
今は昼を少し回ったところで迷宮に用がある冒険者などは朝から入って帰ってくるのは夕方ごろでありこの時間滅多に人は通らず、それは今日という日も例外ではなかった。
付近の住民は家の中で遅い昼食を食べており、戦闘時の音も聞こえたかもしれなかったが、迷宮で失敗して喚く冒険者が同じように叫んでいたりしたこともしばしばあったためか気にする者はおらず誰も見ていない。
同じく東門近くに兵舎があったのだがそこでは怒声をあげて実戦形式で訓練をしていた兵士たちがいて、音が怒声に消えて東門の騒ぎに誰も気づけなかった。
とはいえ、彼らばかりに非があるわけではなかった。
当初、兵士の一人が食い殺された時、兵士のほとんどはその場で戦闘態勢を取ったが一人の兵士が応援を呼ぶために兵舎へと走っていた。
だが、それをナナシたちが阻止し殺したため兵舎に伝わることは無かったのだ。
ゴルドもまずは兵舎で兵を集めることもできただろうが、今回サラの姿が現れたことで正常な判断ができないでいたのだった。
従ってその異常事態に気づくことができたのはゴルド達が死んでから数十分後。
街の見回りをしていた兵士が兵舎へと戻ってきたときだった。
兵士は東門前の地面が血で赤く汚れ、体をバラバラに崩れ落とした兵士の死体と、絶望し怨嗟にまみれた顔のゴルドの死体を発見し、一体何があったのかと恐怖した。
陽もあと少しで落ちるかといったところ。
ハイラントの街は閑散としていて兵士や一部の腕利きの冒険者だけが街中を徘徊していた。
それはなぜかと言えば、街の東。
迷宮へ向かうトンネル前で領主や兵士が惨殺されたという情報が広まったからだ。
この街の兵士たちは迷宮の問題にいつでも対処できるように厳しい訓練により鍛えられた頼もしい戦士たちだ。
加えて領主であるゴルドの実力は誰もが知るところであり、その強さに彼らは安全が守られているのだと安心して迷宮傍の街で暮らすことができていた。
そんな彼らがあっという間に死んでしまったというのだからその安全も壊れてしまいそれを行った犯人が街にいるかもしれないと住民は思い急いで自分の家や宿へと帰り、それぞれ籠って、無事だった兵士やギルド経由で応援を受けた冒険者がこうして見回りしているのである。
住民が籠ってしまってることは好都合だと東門の事件の犯人を捜す兵士や冒険者は考えつつも武器を抜いて周囲を警戒しながら見回りをしていた。
彼らは二人一組で街の各所を見回り怪しいものがいないかを確認している。
もっともそうして見つかるとは彼らも思っていなかった。
犯人は既に逃げたか住民と同じように家か宿などに籠っているだろう。
これは絶対に見つけ出してやるというメッセージなのだ。
それでも相手は昼間からこの街の領主と兵士を惨殺する狂人であるため万が一があるからと武器を抜いて警戒していた。
そんな厳戒態勢の中ナナシたちはと言えば街の中を歩いていた。
手には血に汚れた短剣を持っていて、その血も新しいもののようで乾いておらず地面にポタポタと血が落ちている。
「どこもかしこも店は閉まっちゃってるなあ」
「商売人はこういうときでも店を開くぐらいの度胸を見せてほしいわよね」
二人は街を包む重い空気など知らないとばかりにいつも通りに会話をしていた。
そんなナナシとネムレスの前に曲がり角から武器を持った男が二人が飛び出してきて立ちはだかった。
出ていた男は仇でも見るような怖い顔をしていたがナナシたちの姿を見て目を見開きその見た目の幼さから幾分か警戒を緩め武器の構えも下ろした。
装備している鎧から二人はこの街の兵士だと思われる。
「ああ兵士様。見回りご苦労様です」
「お探しのお相手が見つかるといいわね」
ナナシたちはそんな二人に軽く挨拶をして会釈をする。
「チッ、ただのガキかよ……あーいやすまんな。今この街は危ないからさっさと帰るんだ」
「そうだぞ。今この街には……ちょっと待てお前らその短剣は……っ!?」
閑散とした街を歩く怪しい者だと思えば子供だったため兵士の一人が思わず舌打ちするがすぐに謝り危険だからと忠告する。
その言葉にもう一人が言葉を重ねようとしたところでナナシたちの持つ短剣に気づく。
血まみれで今もぽたぽたと血を垂らすそれに。
兵士がそれに気づいた瞬間、ナナシは短剣を指摘してきた兵士にソレを投げた。
それは咄嗟に兵士が避けたことで致命傷にこそならなかったが左肩に突き刺さった。
「ぐぅ!?」
「貴様なにを!?」
「大丈夫だよ。僕たちにとっては危険じゃないから」
「なにせ私たちが領主たちを殺したんだもの」
不意打ちで攻撃したことを何とも思わない様子でナナシとネムレスは笑いながら自分たちが件の犯人であると告げた。
兵士は正直その言葉は信じるにはナナシたちは幼すぎると感じたが、それでも攻撃をされたことは確かであると理解したため下ろしていた武器を即座に構えた。
「あ、そうそう。その刺さってるの猛毒が塗ってあるから「がああああああああ!? 熱いぃいい!?」治療した方が……遅かったねえ、ははっ」
「おい!? くそ、貴様!」
武器を構えた兵士を気にすることも無く先ほど投げた短剣について何か注意を言おうとしたナナシだったが途中で左肩に短剣が刺さった兵士が叫び声をあげ遅かっと首を横に振る。
兵士は相方の様子に声を張り上げそれを行ったナナシだけを睨み付ける。
「あらやだ。私も忘れないでよね」
「なっ!? ――くそっ」
いつの間にか兵士の認識から外れていたネムレスが後ろから声をかけつつも男の脇腹に短剣を突き刺す。
兵士は痛みに耐えながらも今刺された短剣にも毒が塗ってあるだろうと瞬時に察して胸元に吊るしてあった細長い筒のようなものを掴み口で挟み思いっきり空気を吹き入れた。
ピィーーーーー!と甲高い音が長く響き渡る。
「へえ、刺されて痛いだろうにいい判断だね。無駄だけど」
「ふふっ今のあなたとてもカッコいいわよ。無意味だけど」
その音は異常を知らせ応援を呼ぶためのものだとナナシたちにも分かったが、そのことに気にすることもなくただ目の前の男の行動に感心していた。
少しも動じないナナシたちに兵士は眉を寄せるがすぐに脇腹が焼けるように熱くなりその苦しみから何も考えられなくなった。
すでに肩を刺された方はその苦しみで息絶えている。
そして脇腹を刺されたこの兵士もすぐに後を追った。
「ん……来たわね。後二十秒もすれば目の前の道から出てくるわ」
「そうか。まあ、今日はもういいかな。無視して宿に帰ろうか」
「ナナシの望むままに。なんてね」
「なんだい、それ」
兵士たちが死んだ後すぐネムレスが気配探知によってここに向かう者を捉えそれをナナシに伝えるが、ナナシは首を振り無視することにした。
そんなナナシにネムレスは冗談を交えて返事をしてその返事にナナシが笑いながら突っ込みを入れる。
何事もなかったかのように楽しく会話を続けながらナナシたちはライドウが運営する「吹き抜ける風の宿」へと歩いていった。
その途中、緊張した顔つきの兵士や冒険者とすれ違ったが誰もナナシたちに気づくことはできずすぐ横を通り過ぎたのだった。
結局、笛の音に駆け付けた兵士や冒険者が発見したのは苦痛に顔を歪めた兵士たちの姿だった。
そしてそれから血の痕を辿ってさらに七組ほど同じ表情をした死体を発見する。
辺りもすっかり暗くなった頃「吹き抜ける風の宿」の扉がゆっくりと開かれた。
この混乱の中鍵を閉めることも無く宿の入り口が見える受付で肘を付きながら座っていたライドウはその扉の音に視線を移す。
「あ、どうも。今戻りました」
「ただいま、でいいのかしらね?」
現れたのはナナシとネムレス。
どちらも昼の時とは装いが違うがライドウはそれに気づいた様子も見せず受付から立ち上がりナナシたちの方へと歩いてきたかと思えば鍵を投げ渡す。
そしてそのままナナシたちを通り過ぎ、宿の入り口の扉の鍵を閉めた。
「あ、待っていてくれたんですね。ありがとうございます」
「い、意外ね……あ、ありがとう」
「仕事だからな。食堂で待ってろすぐに飯を用意する」
その様子に自分たちを待っていてくれていたのだと気づいた二人は頭を下げて礼を言う。
ライドウは気にするなと首を振って食堂で待っていろと二人に伝え、宿の奥に消えていった。
言葉少なくそれだけ言ってさっさと消えたライドウに二人は少しポカーンとしつつすぐにハッとなって食堂へと急いだ。
食堂の席に着いて少ししてライドウが料理を持って姿を現し二人の前に料理を置いた。
料理は出来立てのように湯気が立っていて二人の食欲を刺激するいい匂いを発していた。
ナナシたちはそれを黙って食べていく。
おそらくはライドウが作ったであろうそれは意外にもかなりおいしいものだった。
それを食べ終えた二人は満足そうに笑う。
二人が食べている間実は傍の席にライドウが座ってボーとしていたが二人が食べ終わったのを確認すると食器を片付けていった。
「ああ……そのために待ってたんですね。ありがとうございます。おやすみなさい」
「あ、ありがとう、おやすみなさい」
その様子にまたしても自分たちの食事がすむのを待ってくれていたのだとナナシは気づき礼を述べる。
ネムレスはやはりそんなライドウの様子に違和感を感じるのか、つまりながらも礼を言った。
「……街は今危ない。気を付けろよ」
そんな二人にライドウは小さく注意の言葉を投げて食器を持って食堂から出ていった。
「……人は見かけによらないね」
「……相変わらず愛想はないけどいい人よね」
ライドウの言葉に驚き思わず思ったことを口に出す。
そんな二人の表情はどこか嬉しそうで玩具を見つけたような顔をしていた。
「まあ、今日は寝ようか」
「ええ、今日のところは寝ましょう」
だが、次の瞬間にはちょっと微笑んだ程度の普通の表情に戻り二人は部屋に入りその日はそのままぐっすりと眠ったのだった。
次の日の朝。
気持ちよく目が覚めた二人は部屋から出て食堂へと来ていた。
どうやら客はナナシたちしかいなかったのか他の客の姿は見当たらず、ネムレスの気配探知にもライドウ以外の反応はなかった。
「まあ、あれじゃあねえ」
「仕方ないかもしれないわね」
ナナシたちはライドウの態度があれだからと納得していたが、実際はトーレから南下していると思われる闇魔法使いの存在に恐れ街全体で宿客が減っていて、北側に特に近いこの宿にその少ない客が来なかっただけである。
つまり客がいない原因はライドウではなくナナシたちにあった。
だが、そんなことなど知らないナナシたちは呑気に食事を待つ。
少しして野菜と肉が入ったスープとパンが運ばれてきた。
「うん、おいしそうだ」
「ええ、ほんとに」
「おいしそうじゃない。おいしいんだ」
ナナシたちの感想にライドウが修正を入れてくる。
思わずナナシたちは苦笑してパンをスープに付けて食べれば確かにそれはおいしいもので二人のお腹は随分と満足した。
その様子に少しだけ誇らしそうな雰囲気を見せたライドウにナナシたちは小さく笑う。
それはその様子がおかしかったのではなくことのほか面白い人間だと理解してこれからに期待しての笑みだった。
そして出された料理を全て腹に収めたナナシとネムレスは満足そうに笑って食後の休憩を取っていた。
ナナシたちが食べ終わったのを察したのかこれぐらいだと時間を予測していたのかライドウが現れて食器を片付けていく。
そんなライドウの姿を眺めていたナナシはライドウが食器を持って後ろを振り向いたときにライドウに声をかけた。
「ねえ、ライドウさん」
「……ん? っ――!?」
ナナシの声にライドウが振り向いたその瞬間。
ライドウは腹部に激しい痛みを感じて食器を床に落としてしまう。
視線を下げ何があったのか見てみればそこには深々と刺さった短剣とそれを握っているナナシの手があった。
見たことでより正しく認識し、両膝からライドウは崩れ落ちた。
「……ごふっ……な……にを……」
「何をってそれは短剣で腹を突き刺したんだよ」
「そうじゃなくてなぜかと聞いてるんだと思うわよ」
その光景にわけもわからずライドウはナナシに問うがそれに何をしたのかとぼけた答えを返すナナシ。
それに対して笑いをこらえながらもそういうことではないと突っ込みを入れるネムレス。
二人の態度にライドウはますます混乱するが腹部の痛みが思考を止めることを許さない。
そして二人の態度に刺された事実、そして昨日戻ってくることが遅かったことからライドウはある結論に達した。
「っ! お前たちがっ……」
「あっ、分かった? そうなんだよ昨日の騒ぎとか僕たちがやったんだ!」
「ふふっ……ありがとうこわーい人が街にいるんだと心配してくれて」
ライドウが真実に気づけばナナシもネムレスも面白そうにニヤニヤと笑いながらそのとおりだと答える。
ナナシもネムレスも本当に楽しそうに笑いながらライドウに言葉を投げつける。
「それにしても相当痛いだろうに叫び声とかあげないんだね。鍛えられてるわけでもないってのに」
「でも必死に苦痛を堪えるその姿もなかなかいいわね。ゾクゾクしちゃう」
それからナナシは痛みに叫ばないライドウを不思議に思う。
ネムレスはそんなことよりも苦痛に堪えてる姿が気に入ったようだった。
だがライドウにはそんな言葉に反応する余裕はなかった。
生来から大きな声を出すことなどなかったが、今はただ痛くて痛くて声を出すこともできない。
ただ、必死に痛みに耐えるしかなく、叫ぶだなんて思いつかなかったのだった。
「ああ、でも君はなかなか面白かったからね。苦しませるのもこれくらいにしてあげるよ」
「さようならライドウ。あなたのおかげで私たちはすごく満足できたわ」
痛みに耐えるライドウにナナシたちは自分たちを満足させてくれたお礼にとその苦痛から解放してやるのだった。
それからナナシたちは「吹き抜ける風の宿」を後にした。
ライドウの死は数日後、宿に泊まりに来た冒険者が来るまで誰にも知られることは無かった。




