23話 不条理
※注意、カニバリズム的表現があります。
「保護して、遥々連れてきましたよ?」
ゴルドは目の前の少年が何を言っているのか一瞬分からなかった。
だが、徐々に分かってくると同時に体の奥が沸騰するかのように熱くなり顔も真っ赤にした憤怒の表情で少年を睨み付ける。
「貴様ァ! 貴様らが件の闇魔法使いか! よくも俺の娘を」
「ハハハ! 酷い言い草じゃないか。僕たちは野盗に襲われてるこの子を助けてあげたってのにさ」
「確かに、一度は助けたわね……まあ、そのあとに感謝されてるところを殺したわけだけど」
ゴルドの言葉に対し、楽しそうに笑って勝手な口上を並び立てる二人の少年少女。
その様子にますますゴルドは感情が高まっていく。
そして高まりすぎた感情はゴルドから熱を奪っていき、ただ冷たい目で二人を射抜く。
ゴルドは集中し研ぎ澄まされていて、周囲の雑音も耳に入らず目の前の狂人の言葉も聞こえず、ただ目の前の狂人共を殺すための情報だけが頭の中に入る状態へと切り替わっていた。
剣を握るその体は程よく脱力していてどこにも無駄な力は入っておらず隙も見当たらない。
ゴルドは静かに口を開く。
「貴様らは……絶対に俺が殺す」
「あはっ、いいねその目。流石は迷宮の管理と監視を担ってる領主様。とても強そうだ」
「とても私たちじゃあ敵わないわね」
ゴルドの様子にも二人の少年少女は楽しそうに笑いながらも感想を述べていた。
「でも、あなたと戦うのは僕たちじゃない」
「私たちが戦う必要はどこにもない」
何かを企んでいるかのようにニヤつく二人。
そんな二人を待つことも無くゴルドは脱力していた体に力を入れて一瞬の間に距離を詰め、袈裟懸けに斬り伏せようとする。
しかし攻撃が当たる直前に二人と、その下にいた屍食鬼と化したサラの姿は地面へと消えたかと思えば少し離れたところに現れた。
「影移動……それも発動が早いな……厄介ではあるがその程度っ!」
再びゴルドは距離を詰めて斬りかかる。
先ほどと同じように逃げられるがゴルドはそのまま別の場所へと距離を詰めた。
そしてゴルドは何もない空に斬りかかる。
ちょうどそこに二人の姿が現れ、避ける間もなくその体を上下に両断された。
「う……うあ……あああああああ!?」
「……え? ああああああ! なん……でよ……!?」
「その魔法……移動先までの間周囲が確認できないのだろう? 知っているぞ」
何が起きたのかもわからぬうちに体が斬りおとされてそれを認識したのか叫び声をあげる二人。
そんな二人に冷たい声でゴルドが無駄であると吐き捨てる。
「くそおおおおおおおおおお!! ――――なんてね」
「まああなたの実力は本当に大したものだけど無意味ね」
「っ!?」
簡単に斬り伏せられて悔しがる様子を見せたかと思えば突然ケロリとした表情になる二人。
その突然の切り替わりにさすがのゴルドも驚き、そして同時に感じた予感に慌ててその場から飛びのいた。
ゴルドが飛びのくと同時に地面から何かが現れたかと思えば飛びのいて避けようとしていたゴルドの左足首に噛みついた。
「ぐぅっ!」
このままではまずいと力尽くでそれを振り払うゴルドだったがその代償に左足首の筋が大きく傷つくことになった。
噛みついてきた何かをゴルドが確認すればそれはサラそのままの姿で口元を血で汚した屍食鬼だった。
「だから言ったろう? あなたの相手は僕らじゃないって」
「父と娘の衝突。あれぐらいの子にはありがちよね?」
そんな声にゴルドが屍食鬼にも注意をしつつ、視線を移せばそこには先ほど両断したはずの二人が何事もなく立ってこちらを見ていた。
それを見てゴルドは驚愕し目を見開く。
少女の方は何やら黒い霧を纏っていてよくわからないが少年のほうは腹の辺りが血で汚れた服を着ているので確かに斬っていてあれは幻でもなかったのだと思えた。
それなのに何ともないように立っているのも事実だった。
そして少し経てば少女の黒い霧も晴れ、先ほど来ていた暗い赤色のロングワンピースとはまた別の色、黒色のロングワンピースを身に纏っていた。
「着替え終わった? ああ、それもよく似合ってるよネムレス」
「ありがと、ナナシ。全く、あんな風に斬られたんじゃあワンピースの私は下半身だけ裸になっちゃうじゃないのよ。酷い男よね」
ゴルドの前でまるで恋人が繰り広げる茶番のような会話をする少年少女――ナナシとネムレス。
それは自然体であり、殺し合っている現状ではふさわしくない異常な空気。
ナナシもネムレスも演じてるという様子もなく本当に互いがそう思ってるかのように軽い調子で言葉を交わしている。
まるで目の前のゴルドのことなど知ったことではないというように。
しかし、そんなことは無い。
ナナシもネムレスもゴルドに対して並々ならぬ興味を持っている。
ゴルドがどう足掻きどう死ぬのかを楽しみにしている。
今彼らが何もしないのはゴルドが現状を理解できず固まっているからだった。
置物を壊してもなにも楽しくないのである。
往々にして人は思いもよらないことが起こった時しばしば思考停止してしまうものである。
それはゴルドも例外ではなかったようだ。
ゴルドは確かに両断したはずの二人が何事も無いように両足で立っている姿に理解できないでいた。
ナナシたちが操る屍食鬼であるサラも微笑んでゴルドを見つめるばかりでまったく動かない。
それはまるで生きているようで優しい微笑みだった。
思考が停止していたゴルドはそんなサラを見て心が大きく揺らいだ。
それを見逃さなかったナナシがサラの身体を操り言葉を発させた。
「おと……さ……ま……」
「っ!? サ……サラ……? サラ!」
「お父……ま………………」
その声は掠れていてとぎれとぎれではあるものの確かにサラの声で、サラが自分を呼ぶ時の声だった。
頭では分かっているのにまさか、まさかとは思ってしまい、その声にゴルドの心の揺らめぎはより大きくなった。
「お父様……」
「サラ!」
「アナタノニクオイシカッタ」
固い声でそう言うと、サラは突然ゴルドへと走り寄り襲い掛かる。
突然の変調と思考が停止していたことでゴルドは反応が遅れ接近を許してしまったがそれでも何とか我に返り右に回避しようと足に力を入れたが、先ほど傷つけられた左足首に力が入らず体勢を崩し、今度は左腕に噛みつかれることになった。
「うぐううううううう!?」
無理やりに肉を噛み千切られる痛みは壮絶なものでゴルドは歯をかみしめながらもうめき声をあげる。
それでも痛みに耐え右手に持った剣の柄でサラの頭部を殴って逃れた。
だが、傷は深く左腕はほどんと使い物にならなくなった。
「これで左足も左腕も使えなくなっちゃったね。どう? なかなかそれっぽかったでしょ?」
サラの声はナナシが操って出したもの。
そこにかつてナナシが同じように死霊術を使った冒険者のように魂は無い。
サラは死んでから時間が空きすぎていたからだ。
だから、ゴルドに話しかけるサラの言葉は全てナナシが操りナナシがおそらくはこんな感じの口調だろうと予想して作り上げた虚言だった。
しかし、それでもゴルドに対して効果てきめんであった。
「貴様……貴様貴様貴様貴様キサマキサマキサマァア!」
「あれまあ、感情丸出しにしちゃうの? さっきみたいに怒ってるけど冷静になってないと痛い目見るよ?」
「黙れえええええ!」
叫び声をあげゴルドが右足に力を入れて駆けようとした途端右足に激しい痛みを感じ力を入れられずゴルドは転んでしまう。
「ぐううううううう!? お前!?」
ゴルドの右足にダメージを与えたのはサラではなかった。
それはゴルドの命令によりサラを拘束しようとして殺された兵士だった。
「……え? ……なぜ俺がゴルド様を……? っ!? なんだ!? 体が動かないっ!?」
「同じことを何度も何度もふざけるなっ!!」
「えっ!? ゴルド様!? 違うんです! 体がっ――」
その兵士もまた声をだし、意思を持っているかのように戸惑っていた。
ゴルドはそれを聞いても先ほどと同じように操ったものだと断じて転んだ体勢のまま喚く兵士の頭に剣を突き入れた。。
「があああああああああああああ!? 痛い痛い痛い痛い!? なんだこれはああああああああああああ!?」
「安い演技をまだやるかっ!」
「あーあー。かわいそうだねえ。魂を直接傷つけられたらそりゃ痛いだろうにねえ」
「何をっ……!?」
「そう。彼の言葉はあなたの娘さんとは違って本物だよ? あなたの娘さんはもう時間が立ちすぎて魂を縛りつけることはできないけど……」
ナナシがそこで言葉を切って腕を一振り払うと周囲にいた他の兵士の死体も動き出した。
「っ! ……うあ? どうなって……」
「なんだ……確か急に背中を刺されて?」
「くそ! 体動かねえぞ!?」
「どうなって!?」
「ああ!? さっきの女! よくも仲間を! くっ動けねえ!?」
それぞれが確かな意思を持って。
「こっちはまだ新鮮だからね。魂を縛るのも可能ってわけさ」
「なっ……そんなことあるわけが……そう……これはお前が操ってるだけ……だ!」
「ナナシ、どうやら信じてもらえないらしいわよ」
「はあ……まあ闇魔法を最大レベルで扱える人なんて普通いないもんなあ」
ナナシの言葉にゴルドは大きく動揺するが震えた声でそれは嘘だと断ずる。
そんなゴルドに信じてもらえないことを残念だとでもいうように話すナナシとネムレスだったがすぐに仕方のないことかと考え直した。
「まあ、いいや。信じようと信じなかろうともう終わりだからね」
両足と左腕は深く傷つき、まともに動けない。
右腕だけのゴルドに抗うことなどすでに不可能だった。
そんなゴルドを兵士の二人が取り押さえ動けないようする。
兵士はすいません、すいません、体が勝手に動くのだ、と震えた声で連呼しながらもゴルドを取り押さえていた。
「オトウサマ……今楽にしてアゲル」
そして動けなくなったゴルドにサラの姿の屍食鬼がゴルドの喉に噛みつきその肉を貪るように食べていった。
もはやどうすることも出来ず愛娘の姿をした化け物に食われるゴルドは絶望し、涙を流して死んでいった。
死んだゴルドから兵士もサラも離れる。
やがて兵士は縛り付けられた魂が解放され肉体はバラバラと崩れ落ちるように倒れた。
一方のサラは砂のように体が壊れ風に流れて消えていった。
残ったのは涙を流して死んでいるゴルドの肉体のみ。
その肉体にナナシたちは近づいていく。
そしてその身体に触れるとゴルドの身体がゆっくりと動き始めた。
「自分の娘に殺さた気持ちはどうだい?」
「うっ……っ! 貴様ァ!」
「ほら、今なら分かるでしょう? さっきナナシが言ったことは嘘じゃないって。兵士たちは本当に意識があったのよ? それなのにあんな苦しみを与えるだなんていい趣味してるわ。仲良くなれそう」
「っ!? 俺が……苦しめて……? ……くそっ……くそっ! なぜ貴様らが生きてる!? なぜ貴様らみたいなのが生きていてこちらが殺されなければならない!? こんなのおかしいだろう! 間違ってるのはどう考えても貴様らの方なのに……! くそう! くそう……!」
意識を持って今一度この世に戻されたゴルドは少し呆けていたがすぐにハッとなりナナシを睨む。
横からネムレスが挑発するように言葉を投げつければ自分が先ほど兵士にしたことを思い出し、動揺したゴルドだったがすぐにそれを振り払い、この世の不条理を、己にかかった理不尽を呪う言葉を吐き出すゴルド。
その姿にナナシたちは思うところはなく、ただただ大きな快楽を得るばかりだった。
「ハハハ! とてもいい……僕たちが見たかったのは今の君のようなそういう姿だよ」
「人は死を迎えるとき様々な顔を見せてくれる。恐怖したり呪ったりとね。私たちはそれを見られることで快楽を得られるのよ」
「貴様ら……碌な死に方しねえぞ……」
何を言ってもまったく堪えないナナシたちにゴルドは最後に言葉を残した。
「ああ、ご心配なく。僕たち不老不死なんだよね」
「あなたも見たでしょう? 両断されても平気な私たちの姿を」
そう言ってステータスカードを見せながらゴルドに笑いかけるナナシたち。
それをみたゴルドはこの世界を、世界を創った神を呪った。
そうしてどす黒い怨嗟に飲まれながらゴルドの意識は完全にこの世から消え去ったのだった。




