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21話 渇望

胸糞注意

 まだ陽も昇っていない頃、ナナシとネムレスは目を覚ます。

 場所は穴熊亭で取っていたいつもの部屋だ。

 ヘミナを殺した後、ナナシたちは別れて行動し、「生命吸収(ライフドレイン)」によって宿にいた人を苦痛を与えることなく殺していった。

 それから部屋に戻りナナシは抑えきれない興奮からネムレスを一度殺してから一眠りしたのだった。


「おはよう、ネムレス」

「……おはよう、ナナシ」


 目が覚めたと言っても実の所ネムレスはナナシに首の骨を折られて殺され、先ほどまで死んでいたのでネムレスは少し呆けていた。

 だがやがてナナシに殺されたのだと理解すると嬉しそうに頬を緩めてナナシに挨拶を返した。

 ナナシに突然殺されたというと言うことはそれだけ思われていることに他ならないからだ。


 昨日、ヘミナを殺した時のナナシの様子に本当に好きなものほど殺したくなるのだと再確認したネムレスは少しだけ悩んでいた。

 ナナシが不老不死になってから一度も殺されてない。

 それはナナシにとって自分は興味を持ちえない相手なのではないかという不安に駆られていた。

 だが、殺されたことで確かにナナシに思われていることを確認できたネムレスは安堵していた。

 

 おそらく今までは無意識に抑えていたのだろう。

 それがヘミナという大きな存在を殺したことがきっかけになり、ナナシの欲求を刺激したのだとネムレスは考えていた。 


 一方、ナナシもネムレスが目覚めたことにどこか嬉しそうだった。

 それは本当に殺しても壊しても一緒にいられるのだと再確認できたからだった。

 昨日、ヘミナを殺し強い快楽を得ていたナナシだったが同時に二度と会うことができないことに寂しさも感じていた。

 だが、それでも快楽のほうが強かった。

 そしてネムレスの推測通り、ヘミナの死が大きな刺激となりネムレスを殺して再び快楽を得ていたのだった。

 そして今、ナナシの目の前には確かに生きているネムレスがいる。

 強い快楽を得られるばかりか、殺してもまた一緒にいられるネムレスという存在がますますナナシの中で大きくなった。


 二人は互いに向き合い笑みを浮かべて見つめあったかと思えば、どちらからともなく抱きしめ合い、互いの体温を感じあった。

 そこだけ切り出して見れば恋人同士のよくある普通の愛情の確認に見えるかもしれないが、一人は殺されて喜び、一人は殺しても生き返ってくれることに喜んだ末の行動であるそれは歪で、異常で、異様な光景だった。


 そして、暫しの抱擁を終えた二人は部屋の扉を開きある場所へと向かった。


「おはようヘミナ……バイバイ」

「おはようヘミナ、私たちは今日この街を旅立つわ。さようなら」


 向かった先はヘミナが眠る部屋。

 そこには父であるバルムと母であるハンナに挟まれて優しい笑みを浮かべたヘミナの姿があった。

 もちろん彼らはもう息をしておらずそこに命は無い。

 だが、彼らの死体はナナシにとっても「ただの肉」などではなかった。


 ヘミナの狂気にも等しい愛情にはナナシもネムレスも感心していた。

 とても美しく素晴らしいものだと感じていたのである。

 そんな素晴らしい狂気の持ち主であるヘミナやそんなヘミナを今まで育て、共に生きてきたバルムやハンナをナナシたちは敬った。

 そして、その素晴らしい魂の器だった彼らの肉体を他の肉と同じ扱いにすることは許されないことだと二人は感じていたのだった。

 だからこうして別れの挨拶に来た。

 人が墓参りして話すように、ナナシたちは彼らの肉体を通してヘミナと話をするために。


 挨拶を終え、部屋から出ていこうとした時、窓から入った風のせいかベッドの傍に合った宿の台帳がゴトンと落ちた。

 その音に二人は振り向けば、落ちた衝撃で開かれた台帳を目にした。

 丁度開かれたページにはナナシとネムレスの名前があり、二人が五泊分部屋を取ったという記録が書いてあった。


「はは……君を殺した人間を助けるのか?」

「どこまでも優しい子なのね……ありがとうヘミナ」


 思わず苦笑して二人は呟く。

 これはきっとヘミナの意思なのだと二人は信じて疑わなかった。

 二人はヘミナに感謝しつつ台帳からナナシとネムレスの名前を消した。


「それじゃ今度こそ本当にさようなら」

「さようなら、ヘミナ」


 そして、今度こそ二人は部屋からでて、そしてそのまま穴熊亭からも出ていった。

 その後、この街の兵士がいる詰所と冒険者ギルドに穴熊亭を調査させるように手紙を残し、ハイレムの街を出た。




 丁度日が昇り始めたころにハイレムの街を出てからしばらくたって真上に日が来た頃、ナナシとネムレスは小さな村へと辿りついていた。

 本当に小さな村でナナシたちが辿りついた時には三十人ぐらいしか住んでいないようだった。

 そんな小さな村は今、恐怖に支配されあちらこちらで悲鳴が上がっていた。

 すでに村の住人は十五人まで減っている。


「くそッ! 何が起きてるんだ! 皆ひとりでに血を吹き出してッ!? があああああああ!?」

「あなた!? な、なんなの!? なんなのよもう!? も――――!?」


 そしてまた二人の命が消えた。

 それはどうやら夫婦だったようで男は周りで突然死ぬ人々の姿にパニックを起こしていたところで腹部を刺され、痛みに悶えた。

 そんな夫の姿に目を見開き甲高い声で叫ぶ女は喉を切り裂かれ、かひゅー……かひゅー……と空気の漏れる音をさせていた。


 村人の目の前で人が明らかに殺されている。

 それなのに誰もそれを行っている者の姿を確かめることができなかった。


 いち早くその異常事態で固まっていた状態から立ち直り村の外へ逃げようとした男もいた。

 その男は村の外へ後一歩というところで両膝の裏に短剣が刺さり動けなくなった。

 その後、体の端から徐々に中心へと滅多刺しにされて死んだ。


 他にも数人逃げようとした者がいたが皆惨たらしく殺された。

 村からは出られず逃げられない。

 そう絶望し、足を止めたものから死んでいった。


 

 そして、食料を保存している倉庫に逃げ込んだ村人がいた。

 保管した食料を盗まれでもしたら酷いことになるため倉庫はこの村の中でも厳重な造りであり、入り口も固く閉ざすことができたからだ。

 どのように殺してるのか全く分からないが少なくとも相手は短剣でしか殺していない。

 それならばこの倉庫を壊すような手段などないだろうという祈りにも似た推測により彼らはここに避難していた。

 今、この倉庫にいるのはわずか五人。

 一人は頭が薄らとしてきた中年の男。

 一人は幸薄そうな顔をした、中年の男と同じぐらいの女。

 そしてその二人に挟まれながらも不安に顔を青くしている十歳に満たない男の子。

 彼らは恐怖で体が震えるのを互いに体を寄せ合って何とか抑えようとしていた。

 

 そしてそんな彼らを目を爛々と輝かせてみている二人の男女。

 一人は黒い髪に黒い目をした中性的な顔つきの少年。

 一人は紅い髪を肩ほどで揃えたかわいらしい少女。

 

 その二人の少年少女の服には赤い血がべっとりとついていた。

 そしてその二人に最初に気付いたのは中年の男女に挟まれて震えていた男の子だった。


「う……だ、誰……?」


 その男の子の声に中年の男女は目を見開き、その子が見ている方へと顔を向け固まった。

 倉庫の中は隙間から射す日の光でそれなりに明るく、だからこそはっきりと見えてしまった。

 楽しそうに遊ぶ子供のように笑うその二人の姿を。

 体中をべっとりと血で染めてこちらを見ている二人の姿を。


「あんたらは……っ」

「この村の子じゃないわね……いったい……」


 それでも二人が子供の姿だったから中年の男女は大きく取り乱さなかった。

 だが、言い知れぬ不安は感じていた。

 目の前の二人の子供。

 なぜ血を浴びながら純粋な子供のように笑っているのか。

 そしてふとある考えが沸き起こりそしてそれが正しいと中年の男は悟った。


「っ!? おい、その子を連れ――」

「え?」


 そしてすぐさま女と子供を逃がそうと声を張り上げるが、その声は途中で途切れてしまう。

 男の声と、その声が途切れたことに思わずそちらを中年の女と男の子が見てしまう。

 そして目にしたのは男の眉間に深く短剣が刺さった姿だった。


「っ!? きゃあっ――」


 女は男の姿に叫び声をあげようとした。

 だがそれも適わない。

 横から飛んできた短剣が喉に突き刺さったからだ。

 残された男の子は声を出すことも動くことも無くなった二人を見て呆然としていた。

 そして小さく困惑したように呟き、声をかけ続けていた。


「パパ……? ママ……? ねえ……起きてよ……怖いよ……」


 あまりの出来事に呆然としながら目を潤わせていく。

 ぽたぽたと涙が流れ落ちるが男の子は泣き声をあげることもなく二人に声をかけ、身体を揺さぶっていた。


「ごめんね? 怖かっただろう? でも大丈夫。君もすぐに皆のところに連れて行ってあげるからさ」

「子供には優しくするから安心していいわよ? 『生命吸収(ライフドレイン)』」


 そんな男の子に近づき、少年と少女は話しかけ少女が魔法を行使する。

 男の子は突然襲ってきた眠気に逆らうことなく、すでに倒れた二人に覆いかぶさるように倒れていった。




 もう、村には人の気配など残っていない。

 不気味な静けさと血の匂いだけが村を満たしていた。


「ああ、足りない。こんなんじゃ彼女を殺した時の快感に到底及ばない」

「質が悪ければ量で賄うしかないわ……もっと……」


 村を後にした二人の少年少女――ナナシとネムレスはそんなことを呟いていた。

 ヘミナの美しい狂気にナナシもネムレスも心に衝撃を感じた。

 今までのものが霞んで見えるほどの快楽は二人の狂気をより深めてしまった。


 ヘミナを殺す前よりも心は渇き、血を求めるようになった。

 満たすためには質の高い殺しが必要だった。

 だが、今は湧き上がる興奮を抑えられずその結果が先の村の惨状である。


 今はただ、殺すのだ。

 そしてガス抜きをしてからより質の高い餌を探すのだ。

 もし、無ければ作ればいい。

 だが、そのためには一旦冷静にならないといけない。

 狂気に、興奮に体を動かされながらもナナシたちはある意味冷静に考えていた。




 その後、ハイラントの街に辿りつくまで道中にあった村々でナナシとネムレスは殺戮を行った。

 一人として逃さず殺しているため情報が他の街に流れることもなくハイラントの街の住人は狂った殺人者が街に迫っていることに誰も気づいていなかった。

 

 そしてナナシとネムレスが街へと辿りついたその日。

 住人はいつもと同じように平和な日々を過ごしていた。

 

 一方、ここら一帯の領主でもあるハイラント家の当主の男は最低限の仕事だけして、後は暗い気持ちで屋敷に引き籠っていた。

 彼は愛娘を失って意気消沈中なのである。

 彼の愛娘はトーレの街へ向かっている途中に消息を絶った。

 途中の街道で野盗に襲われたと思われるという情報が入ってきていて愛娘の行方は一切不明。

 死んでいるのかも生きて攫われているのかもわからない。

 そんな状況が彼を苦しめていた。

 

 ハイラントの街。

 かつてナナシたちが出会い、野盗から助け、そのすぐ後に殺したサラ・フィル・ハイラントの故郷であり、その父であり、領主であるゴルド・フィル・ハイラントが治める街である。

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