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19話 狂気の勧誘

 『激震』のメンバー他、『竜と踊る精霊』にいた人たちを惨たらしくも殺したナナシとネムレスはそれぞれ収納の魔法を応用して血肉を落とし、ナナシは加えて胸の部分を貫かれたローブを脱ぎ別の服へと着替えてから『竜と踊る精霊』から外へと出ていった。

 街は夕焼けでオレンジ色に染まって美しくどこか寂しさを感じさせ、人々はどこか急ぐかのように帰路を歩いている。

 ナナシたちも今日という一日が終わることを感じ、居心地のいい穴熊亭へと足を進めるのだった。


「――と、ググルドはそんな感じだったわよ」

「ふーん。是非ともその時の顔見たかったなあ」


 その道中でネムレスはググルドの最期の時の話をナナシにしていた。

 多少なりとも親しくなった相手に殺されたググルドはどんな顔をしていただろうか。

 ネムレスは殺した快楽に身を任せそのあたりをよく見ていなかったようで分からなかった。

 ナナシはやはり殺すなら自分の手でやるか、自分の目の前でやらせるべきだなと思い、一つ頷く。


「でもネムレス。別に壊れてるって言われても否定する必要はないじゃないか。世間一般から見れば僕たちは壊れてるよ?」

「ええ、世間一般から見れば、ね。でも私たちはこれが普通で、あるがままでしょ? だから壊れてなんかいないわ。だってナナシの言葉は絶対だもの。私たちは完全な存在(不老不死)だもの。壊れてるのは私たち以外の人たちよ!」


 ナナシは自分が世間から見れば壊れていることを自覚し、それでいいと思っていた。

 だが、ネムレスは世間から見れば壊れていると自覚はしているが自分たちが壊れているとは認めなかった。

 その根底にあるのはナナシの言葉、ナナシの思想だから、という考えだ。

 ナナシの行動こそ正しい。

 ナナシの行動を壊れているなどと言う方が間違っている。

 ナナシに壊され狂ったネムレスはナナシと共に行動しているうちにそう考えるようになっていた。

 ネムレスは確かに狂った。

 それはナナシとは違う狂い方。

 ナナシに依存しナナシを信じナナシを優先するその考えはまさに狂信だ。

 いつの間にかネムレスは狂信者となっていたのだった。


 そのネムレスの考えにナナシは面白いと感じ、思わず笑ってしまう。

 ひとしきり笑ってから息を整えてナナシはネムレスに告げる。


「うん。面白いよ、ネムレス! 壊れているのは僕たちじゃなくて周りのほうか! いいね! これからは僕もそう考えるとしよう。ははっ、ますます君のことが好きになったよ、ネムレス」

「私も愛してるわ。これ以上ない程にね」


 それだけ聞けば若い恋人同士の惚気だがその実、物騒な話をしながらもナナシたちは穴熊亭へと帰ってきた。


「おかえりナナシ、ネムレス」

「ああただいま」

「ただいまヘミナ。もう仕事は終わりね? 今日も一緒に食べましょう」


 穴熊亭の扉を開けるとすぐにヘミナの声がかかった。

 ナナシは笑って言葉を返し、ネムレスは当然のようにヘミナを食事に誘う。

 一日中ずっと遊んだあの日以降、ヘミナはナナシたちと一緒に食事を取るようになっていた。

 そして夜中にはナナシたちの部屋で時間が許す限り話し込むのだ。

 とは言えあまり遅くまで話すわけにもいかず話すのは一時間程度だが。


「うん! そのつもりで急いで仕事終わらせたんだから! さ、早く行きましょう!」


 だがそんな少ない時間でもヘミナは楽しみにしていた。

 一緒に食べたり夜に部屋で話すとはヘミナのほうから提案されたことだった。

 彼女はあの一日でナナシたちを大切な友達だと認識した。

 そして同時に子供にしては賢く物わかりのいいヘミナはナナシたちとの別れが近いことをちゃんと理解していた。

 そして別れ自体を拒むことはせず短い時間でも一緒にいることを彼女は選んだのである。

 明日にはナナシたちが旅立つことも聞いているからか今日は一段と積極的で明るい。

 それは彼女なりの優しい気遣いなのだろう。


「うん。行こうか」

「今日のご飯はなにかしらね」

「今日はお父さんも張り切ってたから期待してよ! それに……ううん、なんでもない! いこ!」


 それにナナシもネムレスも気付いたのか気持ち明るい声で返事をする。

 ヘミナは何か言いかけたがすぐにかぶりを振って二人の手を掴み先を急かした。

 その様子に二人は首を傾げながらも気にせず引っ張られるままに食堂へと向かった。


 その日の夕食は肉と野菜をじっくりと煮込んだものだった。

 スープに肉と野菜の味がバランスよく染み込んでいてパンにつけて食べるそれをナナシもネムレスもおいしそうに食べていて、その様子をヘミナが真剣な様子で見ていた。


「ど、どう?」

「うん。すごくおいしい!」

「ええ、本当においしいわ。今日のはこの宿で食べた五日間で一番おいしいわね!」

「ほ、本当!? よかったあ……」


 二人がある程度食べたところでヘミナがおずおずと感想を聞く。

 それにナナシもネムレスもおいしいとべた褒めすればヘミナはとても嬉しそうに笑い、そしてホッとしていた。

 その様子に二人はもしやと思い尋ねる。


「もしかして……」

「これヘミナが作ったの?」

「う、うん。結構頑張ったんだよ。は、はははっ」


 二人がそう聞けばヘミナは恥ずかしそうにしながらもそれを肯定する。

 明日には別れることになるのだから何かしてあげたいとヘミナは考えそして思いついたのが自分の料理を振る舞うことだった。

 なぜそうしたのかはヘミナ自身分かっていなかったが二人のために何かできることがないかと考え思いついたのが料理だったのである。

 実際料理を食べておいしそうに頬を緩ませた二人の様子に間違いではなかったとヘミナは思う。

 ヘミナも自分の料理で二人の笑顔を見れたことで胸に暖かいものを感じるのだった。


「すごいじゃないか! もうこれだけでお店をだせるぐらいだよ!」

「ええ、ほんとに! これなら最初からヘミナに作ってもらえばよかったわね」

「も、もうー言い過ぎだよう……」


 その後も一口食べるごとに褒め続けられるのでヘミナも誇らしさと嬉しさと恥ずかしさから顔を赤く染めて縮こまりつつも自分の分を食べていった。


 彼らの会話を聞いていた食堂の他の客は今日のご飯を味わい噛み締めて呑み込んでいた。

 もっともヘミナが作ったのはナナシとネムレスの分だけでほかはヘミナの父、バルムが作ったものなのだがそんなことを知る由もなく、宿屋のかわいい看板娘の手料理は確かにいつもよりもうまいとしきりに頷いていた。

 勘違いであろうと本人が幸せならそれは悪いことではない。

 例えその様子に陰から見ていたスキンヘッドの親父が何とも言えぬ敗北感を味わっていようとも、穴熊亭の食堂はしばらく幸せに満ちていた。




「今日のご飯本当においしかったよ」

「でも、どうして急に作ろうと思ったの?」

「それは……」


 夕食も終わりナナシたちは部屋に戻り、そしてヘミナも部屋にやってきていた。

 そしてなぜ料理を作ったのかとネムレスに聞かれその理由を正直に伝えた。

 二人のためにと当人に言うのは気恥ずかしかったのか顔を赤く染めていたがそれでもヘミナはちゃんと言葉にして二人に伝えたのだった。

 それを聞いてナナシもネムレスも暖かい気持ちになる。


「ヘミナ、ありがとう」

「短い間だったけどそれでも私たち互いに大切な友達よ。これからもずっと、ね」

「ナナシ……ネムレス……うん! ずっと友達!」


 ナナシもネムレスも笑ってその優しい行動にお礼をいい、永遠に友達だと告げればヘミナはとても嬉しそうに笑って二人の手を握って上下にブンブンと振り回す。

 決して一方的な思いではなく互いに確かな友情を感じていた。

 この時三人の友情は確かに本物であったのだ。

 しかし、その友情は――


「ねえ、ヘミナ。君は不老不死に興味はないかい?」


 ――人を殺し快楽を得る狂気とも両立する。


「……え? な、なに言ってるのよもう」


 ――大切だからこそ壊したい。


「ナナシの言葉は冗談じゃないわよ。私もナナシも実は不老不死の存在なの」


 ――壊しても一緒にいたい。


「僕たちは不老不死で、不老不死になる方法を知ってるんだ」


 ――親しい友人との別れは寂しい。


「でもその方法であなたは大切な人を失うわ。家族とかをね」


 ――親しい友人を壊したい。


「けれど不老不死になれば僕たちはずっと一緒に居られるよ」


 ――それでも一緒にいたい。


「実を言うとね。私たちは快楽で人を殺してるのよ」


 ――本当の姿を見せあって笑いあいたい。


「不老不死になるってことはつまり僕らと同じように狂気に染まるということ」


 ――親しい友人に理解してもらいたい。


「でも断ればそれでお別れ。私たちはあなたを。あなたたちを殺すわよ。今日、ここで」


 ――そしてやはり壊してしまいたい。




「さあ……」

「あなたは……」


 一緒にいたい。壊してしまいたい。

 相反するはずの思いをどちらも確かな思いとして持つ狂気はヘミナに問いかける。


「不老不死となって僕らとこれからずっと生きるか」

「不老不死を拒み、今日ここでその命を終わりにするのか」

「「どちらを選ぶ?」」


 狂気は選択を迫る。

 親しくなった友達と一緒に居られる最後の日。

 わずか十二歳の幼い少女に重く辛い人生の分岐点が訪れた。

少し短め。

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