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18話 激震

 ハイレムの街でも最高級ともいえる宿、『竜と踊る精霊』の一室で『激震』のパーティーメンバーであるハイネとイミアが話し合っていた。


「クルトの奴……どこいったんだろうな」

「例の奴を探してるんだろうけど……やみくもに探しても相手は闇魔法使いなのだから見つからないだろうに」


 彼らの話題はリーダーであるクルトのことだった。

 二人が起きた時からクルトの姿は見えず行方が分からない。

 とはいえ夜には戻ると書置きはあったため二人はそこまで心配してはいない。

 セーナはクルトの恋人で彼女の死によってクルトは怒り狂っている。

 それも仕方のないことだろうと二人は思うのだが、それでも闇魔法使いというのは闇雲に探して見つかる相手ではないことを二人は知っている。

 クルトもそれを知っているのだろうが今は動いていないと耐えられないのだろう。

 一旦落ち着くまでクルトの好きにさせ落ち着いたところで闇魔法使いを追い詰める策を考えようと二人は宿で待機していた。


 それからしばらくして彼らのいる部屋の扉が開かれた。


「ん……おお、クルト戻ったか……ってどうした!?」

「クルト……ええ!? 重傷じゃない!」


 扉を見た二人はそれがクルトだと確認しそして腹から血を流しているようであることを見て大慌てだ。


「重傷じゃないさ。致命傷さ。もう死んでるよ?」


 聞き覚えのない少年の声がすると共にクルトの身体は前のめりに倒れる。

 その様子にクルトが完全に死んでいることを察した二人は即座に武器を構える。

 クルトが倒れたことによってその影にいた者の姿が現れている。

 だが、黒いローブを身に纏いそして顔もフードで覆われて確認することはできない。

 それでも背丈から十歳を超えた程度の子供であると判断できる。


「じゃあ君たちの仲間は無事届けた。失礼するね」

「っ! 待て!」

「逃がすと思うか!」


 その言葉と共に黒ローブの少年は入り口から離れ、すぐに後を追いイミナもハイネも部屋から出る。

 だが、すでに扉の先に少年の姿はなく、取り逃がしたことを悟る。


「チッ、逃がしたか」

「やはりあいつがセーナをやった闇魔法使いってことなんだろうね」


 逃がしたことに舌打ちをうつイミナに続いてハイネが相手の正体について述べる。

 それを明言されたわけじゃないが死んだクルトを運んできたことや不自然に消え去った現状を考えれば疑う余地もない。


「だが相手はガキだな。わざわざ姿を現した」

「ああ。顔こそ見えなかったが背格好が分かっただけでも十分。絶対に追い詰めてやる」


 そう言って追跡を諦め情報を集める準備のため荷物を持ってこようと振り返り部屋へと戻ろうとした二人は思わず固まってしまった。

 そこには彼らのリーダーであるクルトが剣を上段に構え振り下ろさんとする姿があった。


「しまっ……!」

「ハイネ!」


 思わず固まってしまったためにハイネはその一撃を防げない。

 だがそれでも何とか致命傷は回避して、後方へと下がった。


「ぐぅ……! 大丈夫だ……はぁ、はぁ……」

「くっ! 相手が闇魔法使いだって分かってたのに……!」

「僕らも……気が動転してたかな……」


 死霊術。

 闇魔法で最も有名であろうこの魔法のことを二人はすっかり忘れていた。

 忘れていたというよりも咄嗟のことに考えが及ばなかったというべきだろう。

 それも目の前にクルトの死体とそれをやった犯人が現れたのだから仕方のないことだろう。


「そして死体が動いてるのに僕がもういないと思い込んでるあたり残念だよ」

「がはっ」


 そしてイミアとハイネの意識が死霊術で操られるクルトに向いたときにハイネの背後から声がしたと同時にその背中を刺される。

 それは間違いなくハイネの心臓を貫いていて数秒の後には物言わぬ死体の仲間入りだった。


「ハイネ! ちっ……!」


 ハイネがやられたのを見て思わず意識が逸れそうになるイミアだったがクルトの攻撃がそれを許さなかった。

 槍で何とか防ぐが、肉体の限界を超えたクルトの攻撃は重く、その衝撃にイミアは歯を食いしばってその場にで踏ん張るしかできない。

 そんなイミアの足の甲に岩の杭が突き刺さる。


「ぐううう!? これはハイネの!?」

「死体が増えればこちらの戦力が増えるのは当然だよね?」


 それは死霊術で操られたハイネの魔法だった。

 そのことにイミアはひどく驚く。


「馬鹿な……死霊術で死んだ者のスキルを使えるわけが……!」

「何を勘違いしてるんだい? 元々それを可能にするのが死霊術だよ? ただその為にはスキルを最高レベルにしないといけないけどね」


 思わず口から出た疑問にわざわざ黒ローブの少年は答える。

 その言葉にイミアは二つのことに驚愕し、恐怖する。

 一つは闇魔法そのものの力に。

 一つはその少年が闇魔法を最高レベルで会得していることに。


「ついでにそれだけじゃなくてさ……」


 少年はさらに続きがあると言って言葉を切る。

 そして次の瞬間、操られるクルトとハイネの様子が一変する。


「ぐ……! な、なんだ! 俺はあのガキに殺され……ッ!? イミアか!? クソ! 身体が動かねえ!」

「……? どうなって……これは!? クソッ! イミア逃げろ! 逃げてくれ!」

「クルト!? ハイネ!? どうなって!?」


 明らかにクルトとハイネの意思が宿ったかのように二人の死体がしゃべりだした。

 まるで本当にクルトとハイネの意識があるかのように振舞うそれは現在の状況に戸惑い身体動かないことに慌てているようだった。


「死者の魂を呼び起こし、意識すらも残せるんだよね」


 その言葉にイミアは耳を疑った。

 それが本当ならば目の前の二人は確かに本物であることになる。

 とても信じ難い……が、彼らの発する言葉の節々から彼らが本物であると感じてしまう。

 イミアはそう認識してしまった瞬間、腸が煮えくり返るかのような怒りが込み上がってきた。


「貴様ァ! 死者も! 死者すらも愚弄するのかァ!」


 イミアは足の甲に刺さっていた岩の杭を強引に抜きつつ一気に黒ローブの少年の傍に移動し少年の心臓をへと槍を突き出す。

 その槍の一撃に少年は反応もできず確実に心臓を貫いた。


「……やった! 魔法以外は大したことなかったようだな!」

「駄目だ! イミア! 離れろ! そいつは死なねえ! 不老不死なんだ!」

「クルト!? 何言って――ッ!?」


 クルトの忠告に戸惑うも突如感じた殺気にイミアは槍を手放し後ろに大きく下がる。

 イミアが後ろに下がった瞬間さっきまで自分がいて伸びていた腕の辺りを短剣が空ぶるのを確かに見ていた。

 クルトの言葉がなければ避けることはできず今頃腕を失っていただろう。


「これで死ぬのは二回目だよ。いや、三回目かな? でもまあ、もう慣れたから即時復活ってね」


 軽い調子でそう言いつつ自らに刺さった槍を無理やり抜いてそのまま闇の空間を生み出しそこに放り込む少年。

 その様子にイミアは信じられないものを見るかのように顔を歪める


「馬鹿な……! 本当に不老不死と? そんなものどうすればいい!」


 イミアが歯噛みしつつそんなことをこぼす。

 だが、彼女はそこに留まっていてはいけなかった。

 ついいつもの癖で彼女は、後方に大きく下がった時カバーしてもらえるように仲間の傍に着地していた。

 そう、クルトとハイネの傍にである。


「イミアッ!」

「っ!?」


 当然操られた彼らは仲間の姿であっても今は敵。

 そんな彼らの傍で立ち止まっていれば攻撃を受けるのは必然だった。

 クルトの声にハッと気づくことこそできたが目の前の少年の存在に意識を奪われていたイミアに攻撃を回避することなどできず、クルトの剣に貫かれてしまう。

 剣はイミアの後頭部を貫き、剣先が口から伸びる。

 どうみても即死だった。


「イミア!? チクショオオオオオオオ!」


 身体を操られているとはいえ自分の手で仲間を殺してしまったクルトは獣のように叫ぶ。

 ハイネは感情を失ったように呆然と眺めていた。


「……はっ!? どうなって……そうか……」

「イミア!?」

「イミアまで……」


 そしてそんな彼らの前でイミアの身体は再び動き出し確かに意識を持って話し出す。

 イミアもまた死霊術で操られ魂を縛られたのだった。

 叫んでいたクルトはその様子に驚き、ハイネは絶望を感じていた。


「これで感動の再会ってわけだね。せっかくだから最後の一人も呼んであげたいところだけどもう灰になっちゃってるからねえ」

「貴様――」

「はいはいうるさいから喋れなくしちゃうね」


 そして全ての元凶である少年の言葉に全員が怒り睨み付ける。

 文句を言おうと口を開こうとした時に声も奪われてしまった。

 そして静かになったところで他の部屋の扉があき、そこから紅い髪の少女が現れた。

 その少女の体のあちこちが血でその髪と同じように赤く染まっていた。

 それは返り血でありその部屋で何がされたのか容易に想像てきてしまうものだった。


「終わったの? ナナシ」

「ネムレスか。他の人たちの掃除ありがとね」

「別にいいわよ」


 その少女は親しげに少年――ナナシに話しかけ、ナナシもその少女、ネムレスを認め別の仕事をしてくれたことに礼を言う。

 その会話に『激震』のパーティーメンバーは一同に目を見開く。


「ん? 宿の人をどうしたのか気になるのかな? この世からいなくなってもらっただけさ。君たちを殺すときに騒がれても困るからね。つまりこの宿の人が死んだのは君たちのせいってことさ」

「――――」

「口をパクパクさせても何言ってるのか分からないなあ」

「一体何を言おうとしてるのかしらねえ」


 ナナシの勝手な言い分に『激震』の三人は視線で殺せるなら人を殺すほど殺意を込めて何かを言いたげに口を開く。

 だが、声を出すことは叶わず、ナナシたちに馬鹿にされるばかりだった。

 怒りのままにナナシとネムレスの二人を殺してやりたいが身体は少しも動かせない。


 意識だけがあり、目の前の惨劇を認識するだけで何もできない状況に三人は急激に精神を削られていた。


「さて、これからどうしようかな? 君たちには正直もう興味もわかないんだけど意識があるならこのまま使うのも一興かなあって思うんだよね」

「ふざけっ!? しゃべ……いや、これ以上お前の好きにされてたまるか!」

「そう? じゃあ望み通りここで終わりにしてあげるよ。僕は優しいんだ」


 死ぬだけでなく死んだ後も利用されるのはもう耐えられないとクルトは吠える。

 しゃべれるようになっていたことに驚くがすぐに切り替えて言葉を吐き出す。

 ナナシは笑ってその言葉に答えた。


「じゃあクルト。君の手で仲間を完全に殺してあげようか?」

「は? ……やめろ……勝手に動かすな! やめろ!」


 ナナシの言葉と同時にクルトの身体はゆっくりと動き、イミアの方へと向かう。

 そしてイミアの前に立つと剣を構えそして彼女の首を落とした。


「ああああああああああああああああああ! なんで!? 痛いィ!! 痛い痛い痛い痛い!! ああああ!?」

「イミア!?」


 落とされたイミアの首は突如叫び声をあげる。

 意識こそあれどすでに死んでいる身。

 魂と肉体は既に繋がっていない故に痛みなど感じるはずはなかった。

 実際先ほどから意識はあり会話はできても触覚などは一切感じていなかったのだ。

 だが、ナナシは強制的につなぎ感覚を一時的に取り戻していた。

 そして本来なら死んでいる状態でも無理やり繋がれた魂は意識をそのままにして、激しい痛みを与えていた。


「チクショウチクショウチクショウ! どこまで人を馬鹿にすれば……!」

「ゾンビ系アンデッドを相手にする時の鉄則。倒すときは頭を潰す。さあクルト、ちゃんと殺して解放してあげないと、ね?」


 仲間を傷つけて半ば呆然としていたクルトの身体は再び勝手に動きそして床に落ちたその首を――


「やめろおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 ――形も残さなくなるまで踏みつぶした。




 その後同じようにハイネも殺したクルトは壊れた人形のように黙り込み、クルトの身体に縛られていた魂は自壊し消えていった。

 すでに死んでいる魂を無理やり呼び戻されていた状態だったクルトにとって精神的なダメージはその存在そのものにダメージを与え、操られていたとはいえ自分の手で仲間を殺しその時の苦痛による絶叫にクルトの精神は耐えられなかったのである。




 最高級の宿であるがゆえに完全に施された防音処理は惨劇に叫ぶ声を外に伝えず誰にも気づかれなかった。

 惨劇のあったその日たまたま休みを取っていた『龍と踊る精霊』の従業員が、明くる日に出てきて、同僚と宿に泊まっていた客の無残な死体を目撃するまでは……。

 そしてその無残な死体の中にAランクの冒険者のパーティーの姿もあったことに人々に激震が走るのだった。

※これでも主人公

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