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16話 冒険者は狂気を討つ

ちょっと残酷描写あり

 討伐隊が何とかゴブリンを掃討し、巣の奥でゴブリンキングを倒してからギルドに戻り諸々を報告していた頃。

 ナナシたちも同じように西の森から街へと帰ってきていた。

 しかしナナシたちが西の森に行っていたことばかりか街から出ていたことすら気づいていた人は誰一人いなかった。

 そして当然帰ってくるときもナナシたちの姿を確認した者はいない。

 その為ナナシたちは形式上では街の中にずっといたことになっている。


「今回の悪戯はちょっと失敗だったかな」

「自分の手で殺してるわけでもないし操ったわけでもないものね。なにより呆気なさすぎたわね」


 ハイレムの街に帰ってきたナナシは夕食を食べ穴熊亭の自室で今日の出来事を振り返り失敗だったと愚痴をこぼした。

 ナナシたちは討伐隊にスキルを利用して気づかれないようについていきゴブリンキングのいた巣の最奥で討伐隊の意識からゴブリンジェネラル一体を消し、拘束していた。

 そして倒し終わって油断していたところに解き放ったのだ。

 思いついたときは面白そうだとナナシは感じていたのだが、蓋を開けてみればセーナという聖属性の魔法を使う少女はあっさりと死んでしまった。

 そう差し向けておきながらもそれを見てナナシはひどくつまらないと感じていた。

 少女はなにも分からないまま死んで反応も薄かったし、ナナシから見れば自身と関係のない魔物に殺されただけの冒険者の姿にしか見えず完全に他人事だった。

 そう仕向けたのはナナシであるのにその結果に自分が一切関与していないように感じられたのだ。

 ナナシは人が死ぬのを見て快楽を得るのではなく人を殺して快楽を得るのだ。

 村での洗脳の時は確かに間接的に殺した。

 だが、今回のは冒険者の油断が招いた自滅にすぎない。

 ナナシは本気でそう思っていた。


 油断さえしてなければあの程度どうということは無かった。

 油断していたから残っていた魔物に殺された。

 ただそれだけだったと思っていた。


「でもまあいち早く状況に気づけた人がいたのは幸いだったね」

「確か……クルトって言ったかしら? きっとあのセーナって子と仲が良かったのね」


 悪戯は失敗だったがそのおかげでナナシは興味深いおもちゃを手に入れた。

 一人の少女が死に誰よりも早く答えに気づいた男。

 その男にそれが正解だと教えてあげたときの憎悪に満ちた顔。

 それはナナシに少なからず快楽を与えた。


 恐らくあの男は自分を探そうとするだろう。

 であればこちらから現れて殺すのも一興かとナナシは考えていた。


「ねえ、ネムレス。これは僕のおもちゃだから君は手を出しちゃだめだよ」

「ナナシがそう言うなら仕方ないわね。でもクルト以外なら別にいいわよね」

「ああもちろんさ」


 クルトに関してはナナシの獲物でそれを譲る気などさらさらなかった。

 ネムレスもそれを分かっていてそれを了承し、他の人間で我慢することにした。

 その後どう立ち回るか軽く話し合った後ナナシたちは眠りについた。





 翌日、ナナシたちはギルドへ来ていた。

 ギルド内には数人の冒険者がいてそのうちの盾と剣を持った一人の男が入ってきたナナシたちを一瞬じっと見ていたがすぐに視線を外し入り口のほうを睨み付けていた。


「おはよう、ググルドさん。ゴブリンどうなりました?」

「ああ、お前らか。昨日一応討伐に成功はしたぞ」

「一応って?」

「数人が骨折、一人が死んだからな……それも……いや、一切の被害なしとはいかなかったってことだ」


 ナナシが白々しくもゴブリンがどうなったのかをググルドに聞けば一応成功したと返ってきた。

 ググルドが冒険者が一人死んだと言ったところで何か別の事を言おうとしていたが首を振り端的に伝えた。

 冒険者に被害こそ出たがそれでも討伐は成功した。

 実力は認めていてもまだ子供であるナナシたちにはそれだけ伝えればいいだろうというググルドの判断である。


「そうですか……」

「ああ、それとお前たち揃ってDランクに昇格だ」

「え? なんでですか?」


 何か考えるように呟いたナナシにググルドは空気を換えるように声の調子を変え昇格だと伝えた。

 さすがにナナシもそれを聞いて唖然とする。


「いやな。この前のゴブリンの情報と一日で四十体ものゴブリンと出くわしそれを倒してくる実力があるならいいだろうってな。昨日決まったんだよ」

「でもFからいきなりDでいいんですか?」

「いいんだよ。実際今回のゴブリンは結構やばくてお前らの情報もゴブリンを多く倒してくれていたこともかなりありがたかったんだ。冒険者の中にはやはりゴブリン程度って思って倒しはしても放置して報告もしないって奴も多いからな。貢献もばっちりで実力に関しちゃ問題ないって俺も言っておいた」

「そうですか。じゃあありがたくお受けします。実際よかったですよ。Fランクだとできる依頼がつまらなかったからね。Dランクにしてくれて感謝するよ」

「はい、これギルドカードよ。更新よろしく」


 どうやらナナシたちが依頼を受けたタイミングが良かったらしく一応の目標であったDランクへとなることができた。

 実際のところロックウルフの魔石を消耗なく倒せていたこともググルドの口から判明していてその時点でDランクにしてもいいのではとググルドは言っていたのだ。

 その時はギルド員一人の意見でどうこうするわけにもいかなかったが、後日ゴブリン四十体を一日で、さらにその魔石の消耗もほとんどなかったこととゴブリンの問題の重要度からDランクにすることに賛成するものが増えたのである。

 なれるのならとナナシは喜んでその話を受け礼を言った。

 ここまで事務的な話はナナシに任せていたネムレスもここぞとばかりにギルドカードを差し出して更新を迫っていた。


 そしてギルドの片隅でナナシたちが入ってきたとき一瞬だけ見てすぐに入り口のほうに視線を移した男は、ナナシが礼を言った際に目を見開いてナナシを見ていた。


「ほらよ、更新完了だ。」


 その男の視線に気づいた様子もなくナナシたちは更新されたギルドカードを受け取った。

 そしてナナシたちはギルドから出て街へと繰り出すのだった。




「ついてきてるわよ」

「そうか釣れたのか。それはよかった」


 ギルドから少し離れた所を歩いているときにネムレスが不意にナナシに警告する。

 その言葉にナナシは少し笑みを浮かべていた。

 ネムレスの気配探知は最高レベルである10だ。

 故に尾行するものの存在など簡単に察知することができる。


「数は?」

「一人だけ。どうやら誰にも言ってないらしいわね」

「そうか。じゃあネムレスはググルドを頼むよ。後で詳しく教えてね」

「わかったわ。ナナシのほうの話も期待してるわ」


 尾行者の人数を聞けば一人と返ってきた。

 もし複数人であればネムレスに獲物以外の処理を任せていたのだが一人ということなのでナナシはネムレスと別行動を取ることにした。

 

「ちょっとあっちの店見てくるわね!」

「ああ、僕は適当にぶらぶらしてるよ。宿で落ち合おう」


 少し大きな声でそう言ってナナシはネムレスと別れた。

 そして街を歩いていく。

 徐々に人通りが少なくなる方へと歩き、やがて薄暗い裏通りへと入っていった。

 その後ろを一人の男がついていき同じく裏通りへと入っていく。

 その先はやや薄暗い小さな広場がありそこでナナシは止まる。


「さて、何の用かな?」

「……気づいていたのか」


 振り返り声をかければ男の声がして影から盾と剣を持った男――クルトが姿を現した。


「ギルドにいた人だよね? なんで僕たちを、いや僕をつけてきたの?」

「ああ……お前の口調が少しばかり俺の探してる奴の話し方と似ていたから一応話を聞こうと思ったんだ。……だがさすがにお前みたいな子供のはずはないか。すまない、少し視野が狭くなっていたようだ」


 少し怯えたようにしながらナナシが問いただす。

 クルトはギルドでのナナシの口調に探し人の影を見て追いかけていたようだった。

 だが、確信はしておらず尾行し、そして今こうしてちゃんと向き合ってあんなふざけたことをするのがこんな子供のはずがないかと自己完結したようである。


「ふーん? なんだ、確信してなかったのか。つまりはその程度の思いだったってことか」

「な……お前……!」


 だが、ナナシは表情を怯えたものからつまらないものを見るようなものに変えて言葉を吐き出す。

 突然の変わりようにクルトは一瞬固まったがすぐにその言葉の意味を理解してナナシを睨み付ける。


「セーナって言ったっけ? 残念だったね彼女。ねえ? Aランクパーティーの『激震』のリーダー、クルトさん?」

「やはり貴様が……貴様がセーナをやったのか……!」


 人をコケにするようなナナシの態度にクルトは己の盾と剣を構える。

 そして静かに最後の確認を取る。


「何言ってるのさ。僕は何もしていないよ。あいつが油断して勝手に自滅しただけじゃないか。僕も後悔したよ。自滅した姿なんて見ててもつまんなかったからね。自分でやればよかったと思うよ」

「っ!殺す!貴様だけは俺がこの手で殺す!」


 ナナシはクルトの言葉に感じていたままに言葉を返す。

 本当に自分は何もしてなくて自滅しただけであり、あんなつまらないもの見せられるくらいなら自分でやるべきだったと後悔していた。

 ナナシが本気でそう思っていることを感じ取ったクルトは憎悪を膨らまし殺意をナナシに向ける。


 そして一瞬でナナシとの距離を詰め斬りかかった。


「おっと、いきなり攻撃なんて卑怯じゃないか」

「お前がそれをっ!」


 その攻撃をギリギリで躱すナナシだったが回避で体勢を崩していたところをクルトの盾による殴打が迫っていた。


「言うんじゃねえ!」

「ぐっ……!」


 そのシールドバッシュをもろにその身に受けたナナシは派手に吹っ飛び地面を転がる。

 Aランクの冒険者であるクルトから打ち出された盾の一撃はナナシにかなりのダメージを与えたように見える。

 ナナシがいかに壊れ狂っていて強力なスキルを持っていようともAランクの冒険者と正面から戦って勝てるわけもない。

 ナナシの強さは正面から戦う強さではないのだ。

 だが、ナナシはすぐに立ち上がる。

 純粋な戦闘能力はそれほど高くないナナシではあるが軽傷ばかりか重症ですら瞬時に回復する。

 それはナナシが不老不死であるがゆえに。


「痛いなあもう。こんな子供を全力で殴るなんてどうかしてるよまったく」

「ただの子供ってわけでも無いらしいな」


 痛いといいつつもまったく堪えてない様子で文句を言うナナシを見てクルトはただの子供ではないようだと気を引き締める。

 そして憎悪も殺意もそのままにけれど頭では冷静になっていた。

 どんなに感情が揺れ動いても敵を倒すために冷静に考え行動できるその性格こそクルトの最大の武器だった。


 再び地を蹴りナナシに接近し今度は盾でナナシの身体を押さえつけ逃げられないようにして斬りかかる。

 が、突然ナナシの姿がいなくなったかのように押さえつけていた盾が軽くなり剣も空を切った。

 そして後ろから迫る攻撃の気配に素早く振り向き盾で防ぐ。

 盾に弾かれ地面に短剣が落ちたことを考えれば投擲だったのだろう。


「やるじゃないか。さすがAランク」

「……影を移動したか」

「おまけに闇魔法にもある程度詳しいらしいね。厄介だねえ」


 クルトが言うようにナナシは影を移動し後ろから短剣を投擲して攻撃した。

 そしてクルトは魔法使いと戦うような時のために魔法についても調べていてどのような魔法があるかをよく知っていた。

 だからこそ彼はあの時、認識を阻害されていたことにいち早く気づけたのだ。

 そして相手が闇魔法使いであると察した時点でクルトは魔道具屋へと足を運びある物を手に入れていた。

 相手が子供であり人違いと思っていたところに、仇であると分かり激昂して攻撃を仕掛けたため使うのを忘れていたが。


「逃げられても面倒だからな。これを使わせてもらおう」


 そういって何かを取り出し握りつぶす。

 するとその何かから薄い膜が周囲に展開された。


「なんだ……?」

「これは魔法封じの結界でな一度限りだが十分はこの中で魔法は使えなくなる」

「あらら……そんなものがあるのか……それは困ったな」


 そう言いつつもナナシは全く困っていないようだった。

 その様子にクルトは違和感を覚えるが結界の外に逃げらないようにナナシに接近した。

 魔法がなければAランクの冒険者であるクルトのほうが圧倒的に速い。

 ナナシは避けることもできず盾で殴られ結界の中心へと転がされ仰向けに倒れた。

 すぐさま立ち上がろうと右足に力を入れようとした途端に力を入れる足が無くなりナナシは立てなかった。

 そしてナナシを跨ぎ左肩を踏み抑えて剣を胸に突き立てるクルトの姿が目に入る。


「あーあ。やっぱり負けちゃうか」

「足を切り落とされても動じないか……化け物め……死ね」

「……ッ!」


 その様子にナナシは敗北を悟りながらも体から力を抜いてせせら笑う。

 そんなナナシに対してクルトは少なからず恐怖を感じたのだがそれを振り払い、ナナシの胸を一気に貫いた。


 やがてナナシの目から光が消え完全に死んだことをクルトは確認した。

 死んだ後もナナシの表情に死ぬ恐怖はなく子供のように純粋な笑みを浮かべていてそれに並々ならぬ不安を覚えるがそれでも確かに死んでいる。


 クルトはその場で呆然とつつセーナの仇を討てた喜びを感じているのだった。

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