虚構の能力
学年会議で話したことは主に翌日行われる、部活勧誘会のことである。
部活動勧誘会とは毎年この時期に行われる部活の勧誘活動のことを指す。
午後の時間を使い、各部活動の部長による説明、その後放課後は先輩達が後輩達への勧誘活動を始める。
そこで各クラス学級委員は諸々の注意事項や当日気をつけることなどを伝えられる。
そして祐介はその勧誘会後に莉奈の相談を聞くことで話はついていた。
部活動勧誘会当日の朝、性懲りもなく鳴り響くインターホンの音に出てみるとそこにはにっくき女神が立っていた。
「またか」
「『またか』とは何ですか? 今日は祐介さんに朗報を届けにきたんですよ」
「朗報?」
祐介は女神のことをいぶかしげに見つめる。
前回のことがあったので正直嫌な予感がしてならない。
「そうです。なんと祐介さんは転生ボーナスとしてチート能力が手に入るらしいんですよ」
「チート能力? 例えば誰にも負けない運動能力とか世界一の頭脳とそういうの?」
「はい、そうです」
ニコニコ笑う女神はその事実だけを告げてきた。
「それで、俺のそのチート能力って何だ?」
「そうですね‥‥あなたがこの世界に転生する前に祈ったことです。きっとそのことが力になるでしょう」
「祈ったことか‥‥」
祐介があの部屋で祈ったことは『みんなのことを守りたい』という願い。
そのことが力となるなら、きっとこの後もその能力が活躍してくれるはずだと思う。
「そうか。ありがとな」
「いえ、とんでもありません。へたれな祐介さんにはこれぐらいの能力があったほうが丁度バランスが取れると思います」
「それって、あんに普通にやったら俺は失敗するってことを言ってる?」
「はい。そうです」
女神の言葉に祐介は頭痛を覚えるがそんなことは言ってられない。
祐介は自分がもらったチート能力についてどのような能力なのかを考えていた。
「それでは、私は先に行きますので祐介さんも遅刻しないようにしてください」
「あぁ、わかった」
そういい、女神を玄関から見送る。
玄関を出る前に女神の口の端がつりあがった気がしたが祐介は気にしないことにした。
「それよりも、行く準備‥‥‥‥って時間」
祐介が壁の時計を見ると時刻は8時丁度。
どうやら女神と話している隙に学校に遅刻する時間になっていたようだ。
「あの糞女神‥‥最初からこのことを見越していやがったな」
慌てて制服を着込み祐介は学校まで走る。
途中で信号とかに引っかかったが急いで校門をくぐり昇降口を駆け抜けて階段を上っていく。
そして教室に入ろうとする先生を追い越してギリギリに教室に滑り込むことに成功した。
「神山君、今回は許すけど次回からはもっと早く来るようにね」
先生は祐介のことをあきれた表情で見つめるが、祐介はそれ所ではない。
頭の中は自分をまたしても追いこんだあの女神のことで頭が一杯だった。
女神の席を見てみると彼女は祐介の方を見ながら一人でクスクスと笑っていた。
「あの野郎‥‥」
そうつぶやくが息が切れていてそれ以上のことを言葉に表せなかった。
「祐介が遅刻って珍しいね」
「あぁ‥‥莉奈か。おはよう」
隣にいた莉奈が心配そうに祐介のことを見ていた。
その顔はいまだに元気そうには見えないが、昨日よりはよくなっているように見える。
その莉奈から一枚のハンカチが祐介に手渡された。
「これって?」
「祐介が汗すごいから‥‥そのまま放っておいたら冷えて風邪引くでしょ」
「あぁ、すまん」
そういい、莉奈のハンカチで汗をぬぐった。
その間、莉奈は祐介の方をチラチラと横目で見ている。
「何?」
「私の相談‥‥聞いてくれるんだよね?」
「部活動勧誘会の後にね」
「うん」
そういうと莉奈はこちらを一瞥した後前を向き、先生の話に耳を傾ける。
一瞬彼女がうれしそうに微笑んだのだが、そのことを祐介は知る由はなかった。
☆★
翌日の放課後、部活勧誘会は則之と吹雪と祐介の3人で周ることとなった。
莉奈や恵梨香、女神とは今回は別行動。
部活動には女子や男子のみの部活があるので相談の結果、今回はそのような振り分けにした。
「じゃあまた後で」
「あぁ」
「お前ら、先に帰るんじゃないぞ」
「そのセリフ、恵梨香にそのまま返します」
それだけ言葉を交わし祐介達は3人は教室を出て武道場へと向かった。
武道場へは体育館の近くにあるため、階段を下りなければならない。
その道中祐介以外の2人は険しい顔をしていた。
「祐介はちゃんと莉奈と話はついたんですか?」
「まだだよ。今日みんなに話すって言ってた」
「みんなに話すって‥‥祐介は本当に‥‥」
則之はあきれたような盛大なため息を一息ついた。
「他力本願か。まぁ、祐介らしいといえばらしい」
吹雪は短くそうつぶやくだけで、祐介は2人がそのような表情をする理由の見当がつかなかった。
その後1階まで階段を降り、武道場に移動すると剣道部の稽古が始まっていた。
今は竹刀と竹刀をつき合わせて地稽古を行っている。
竹刀と竹刀がぶつかる音が武道場に響き渡り、その雰囲気は真剣そのもの。
祐介達以外にも少人数ではあるが、1年生が剣道部の稽古を固唾を呑んで見守っている。
「すごい稽古ですね。祐介もここで性根を鍛えてもらってはいかがですか?」
「俺の性根は腐ってるっていいたいのか?」
「いえ、違います。祐介の性根は明後日の方向に捻じ曲がっているので、それを真っ直ぐ直してもらった方がよいと思って提案をしたんですが?」
「則之、どうやらお前とも1度真剣に話す必要がありそうだな」
祐介と則之がいがみ合っている中、吹雪が唯一剣道部の稽古を眺めていた。
それは表情には表れていないが、少なからず感嘆しているように見える。
「ふむ、やはりこの中学の剣道部はレベルが高い」
「そうなの?」
「あぁ、これほどのレベルは中々拝めない」
吹雪がこれほどほめることは相当珍しい。
実際転生前の祐介は吹雪が起こった姿は見たことが合っても褒めている姿を見たことは殆どない。
「しかし、吹雪は家でも魔法を使った武道の特訓をしているんですから今更中学の部活をやらなくても‥‥」
「則之、それは違う」
剣道をしている先輩達を眺めながら吹雪ははっきりと言う。
吹雪の言葉に祐介達の周りは一瞬ではあるが重苦しい雰囲気になった。
「魔法というのは確かに便利だ。だから魔法に頼ってしまう気持ちも分からなくもない。だがいざという時に魔法が使えない状況に陥ったらどうする? その時は『魔法が使えないから降参します』とでも言うつもりか?」
「いや、それは‥‥」
則之はしどろもどろしているが、吹雪は剣道部からは一切目を離さないで次の言葉をつむぐ。
「則之も今のうちから心に刻み付けておけ。魔法はただの道具に過ぎない。結局最後に信じられるのは自分の腕と今までの経験だとな」
吹雪の発言に祐介は一切口を挟む余地はなかった。
現に祐介も魔法技師を志した時は似たような言葉を姉によく言われていた経験がある。
魔法一族の名門三枝家の次期当主候補である吹雪だからこそその言葉に重みがあった。
「それじゃあ一旦休憩で」
剣道部の主将と思わしき人が一声かけると、部員達は面をはずし座り込んでしまう。
どの部員も顔から滝のような汗が流れていて、この練習の辛さを物語っていた。
「そろそろ出るか」
「そうだな」
吹雪の合図と共に祐介達は武道館を出る。
相変わらずの重苦しい雰囲気が祐介達の周りを包んでいるがその空気を払拭したのは吹雪本人だった。
「次はどこに行くんだ?」
「う~~ん、少し外に行くのもいいんじゃないかな?」
「外ですか。それなら校庭でサッカー部と女子バスケ部が活動をしていますね。そこに行きましょう」
先程の様な重苦しい雰囲気は薄れ、2人で則之の提案に頷き校庭へと移動を始めた。
途中昇降口につき上履きから外履きに履き替えてる際にある光景を目にした。
「何だあれ?」
祐介が校門の付近を見ると3人の女子生徒が5人ぐらいの男に絡まれていた。
その顔は祐介達の顔なじみであった。
「あれは‥‥莉奈?」
5人の男達の前で率先して話しているのは莉奈であった。
どうやら外に出ている時に柄の悪い男にからまれたらしい。
「どうやら穏やかではないな」
「ここは先生を呼んでくるべきだと思います」
そういい残すと則之は1人職員室へと向かう。
残された吹雪と祐介は昇降口から莉奈達の様子を伺うことにした。
「あいつらが連れ込もうとしたら容赦なく行くぞ」
「わかった」
本当は祐介は今すぐにでも飛び出して行きたいが、その衝動を抑え3人の行動を注視する。
5人の不良の内の1人が莉奈の腕を掴んだ所で祐介は我慢が出来なかった。
考える前に5人の男の前に祐介は飛び出していく。
「待て、祐介。まだ早い」
吹雪の言うことはお構いないしで祐介は突撃していく。
祐介には不良達に勝つ勝算があった。
それは女神による転生時のチートボーナスである。
祐介はあの時、みんなを守れる力を願ったので、もしもその力が本当ならば、祐介にとってはあんな不良もどきなど余裕で勝てるはず。
その勝算を胸に祐介は莉奈を掴んでいた不良に飛び掛る。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ」
叫び声を上げながら祐介は莉奈の腕を掴んでいた男に拳を振るう。
祐介の右の拳は男の顔に向かっていき、それが男の顔を捉える直前‥‥。
バシッ
「へっ?」
ゴッ
鈍い音が当たりに鳴り響くと祐介は女神達の方に飛ばされて地べたに倒れた。
祐介には何が起きたのか理解できていない。
先程の拳は確実に男の顔を捕らえていたはずである。
祐介は自分の拳が片手で受け止められて、自分が殴られたことをわかっていなかった。
その場で制服についた土ぼこりを掃い立ち上がると男に対して再び殴りかかる。
今度は突撃した所で不良の前蹴りが腹部に当たり、地べたでもんどりうつことになる。
祐介が顔を上げると目の前には女神の顔があった。
「祐介さん? 大丈夫ですか?」
「おい、女神。転生のチートボーナスはどうした? 朝の話だと願ったことが自分の能力になるって言ってなかったか?」
「あ~~、そのことですか‥‥」
女神は祐介から目線をそらし、明後日の方向を向いていた。
祐介から顔は見えないが、何やらあせっているように見える
「そういえばあの時何も手続きしていなかったので‥‥」
「手続き?」
女神はあの部屋での話をしているらしい。
祐介はそのことを1つ1つ思い出す。
「確かお前に地獄行きの話を受けて、その後みんなの近況聞いて‥‥」
「そのまま転生しましたね」
「まわりくどいわ。つまりはどういうことだ?」
恐る恐る聞いてみるとこちらを向く女神は満面の笑みで‥‥。
「チート能力の付与を忘れました‥‥‥‥テヘッ」
そういいました。
「なに~~~~~~~~~~~~~~~~~~」
祐介は新たな事実に驚きの表情をうかべた。
ということは、祐介は以前と同じ貧弱な体のままである。
運動も500m走るだけで息が切れるという貧弱な体だ。
そんな体で不良に戦いを挑もうとしているのは無謀以外の何者でもない。
「ですから、ここは逃げた方がいいのではありませんか?」
「逃げるって‥‥」
先程祐介が殴りかかったことで、不良達は祐介の方を睨みつけている。
どうやら彼らのターゲットは祐介に代わっているようだ。
ただ運がいいことに先程の不良は莉奈から手を離し、距離を取っている。
ここでまた祐介が逃げたら莉奈達が危険な目にあってしまう。
祐介が思いつくことは1つだった。
そうと決まれば、膝に手をつきながら立ち上がり、不良たちのほうを向く。
「おう、お姫様を助けるナイトが立ち上がったぞ。まぁ貧弱なナイトだがな」
そして不良達が高笑いをした瞬間、祐介は再び彼らに殴りかかった。
だが、彼が拳を繰り出してもその拳は不良達にあたることはない。
避けられたり、受け止められたり、時に反撃を浴びたりしていた。
だが、どれだけ倒れても祐介は不良達に殴りかかることをやめることはない。
自分が逃げたら莉奈達が先程と同じ目にあうことを考えるとやめられなかった。
そして何度目か地面に叩きつけられた祐介の顔は目が開かないほど腫れ上がっていて、足元もブルブルと振るえおぼつかない。
「しつけぇな。いい加減にあきらめたらどうだ」
不良達の方も先程から続いている殴り合いで息が上がっている。
しかし彼らはいまだに余裕の表情をうかべていた。
それは祐介の攻撃が1撃も彼らを捉えていないからだろう。
「祐介、もうういいから。私達は大丈夫だから」
「手を出すな」
「祐介」
側に寄ってきた莉奈の静止を振り切り、祐介は再び殴りかかる。
ただその拳は第3者の介入により不良達の顔に届くことはなかった。
「ここまでだ、祐介」
「吹雪?」
祐介の拳を受け止めたのはこちらに駆けつけた吹雪である。
彼は祐介と不良達双方の拳を止めた。
「何だぁ? おめぇは?」
「俺は三枝吹雪だ。そこにいる奴らのクラスメイトだ」
吹雪は不良達から一切目を離す様子はない。
不良達も吹雪の言い知れぬオーラのようなものに圧倒されているようである。
「莉奈、祐介を頼む」
フラフラな祐介は莉奈に抱えられながらその場に尻餅をつくように脱力する。
祐介の目は腫れているためよくは見えないが、莉奈の声だけはよく聞こえた。
「祐介、祐介死なないで」
「落ち着いてください、莉奈さん。命に別状はありません。とりあえず保健室に連れて行きましょう」
祐介は女神達に引っ張れれるようにして保健室へと向かう。
後ろでは不良達が何かを言っているが、吹雪がそれを押さえ込んでいるようであった。
祐介はこれほど自分が恥ずかしいと思ったことはない。
チートの力を過信していたとはいえ、勝手に不良に殴りかかってそのうえ返り討ちにまであったのだ。
その上女子に担がれながら保健室へ直行。
祐介は自分が情けなく思う。
そんな苦い気持ちを抱えながら祐介は保健室へと入っていった。
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