とある稽古場の日常
「いたたたたたたたたたたた」
「祐介君、ギブアップするかい?」
玲奈との食事会から2週間立ったある朝、祐介は九条家の道場で門下生である一宮和樹と魔法を使った模擬戦をしていた。
そこであっさりと一宮に倒された祐介は冷たい道場の床に押し倒され、腕ひしぎ十字固めをされていた。
2人が試合をしている周りには莉奈や莉奈の父である九条嘉人以外にも、たくさんの門下生達が2人の試合を見守っている。
「祐介、頑張って」
「祐介君、もう少し粘って」
莉奈と嘉人の声援を受けながら、必死に寝技を解こうともがく祐介。
上下にじたばたと暴れ抵抗を試みるが、関節が極まっているため中々抜け出せない。
「やばい、折れる折れる折れる。ギブギブ、ギブアップです」
「お疲れ様」
一宮の閉め技から開放されると祐介は寝転んだまま、息を荒くする。
冷たい床を体全体に感じながら、祐介は悔しさとふがいなさの両方をかみ締めていた。
「さすがに祐介君も学習してきてるね。2週間前よりも強くなってるよ」
自分のことを覗き込む一宮のことを見ながら祐介はこの2週間の出来事を振り返る。
祐介が九条家の道場で行われる稽古に参加するようになってから、莉奈の父親は朝稽古と平日の稽古を復活させた。
これにより今まで莉奈と2人きりの練習に、九条の門下生達も参加することになってしまう。
この突然の出来事は莉奈の父がコーチ役につくというメリットもあるが、莉奈と2人っきりで練習できないという大きなデメリットがある。
そして本気で試合をするため生傷も今まで以上に増えたため、厄介なことに巻き込まれてしまったと祐介は内心思っていた。
「それにすごく筋がいい。さすが九条家の娘さんが認めただけはあるよ」
「そりゃどうも」
一宮が差し伸べた手を取り、祐介も起き上がる。
起き上がり一息つく祐介だったが、鋭い視線を感じ視線の出所を探した。
そして視線が莉奈と交錯すると莉奈が祐介の方へとずんずん歩いていき、祐介の前に立つと不機嫌な表情を浮かべた。
「この軟弱者」
「ちょっと待ってよ莉奈。一宮さんってめちゃめちゃ強いからね」
終始自分のことを睨み付ける莉奈に対して、必死に弁解するが全く聞く耳を持たない。
隣にいる一宮も2人のやり取りを苦笑いしながら見ている。
「莉奈、祐介君を責めては可哀相だよ。一宮君は警視庁の公安にいるんだから」
2人のやり取りに口を挟んだのは九条家当主代行である莉奈の父、九条嘉人である。
眼鏡をかけ常に笑顔を絶やさない優しい人物であるが、それと同時に何を考えているかわからない不気味な存在でもあった。
「そうですよ。公安の魔法対策本部にいるんですから祐介君が勝てないのは当然です。むしろ簡単にやられているようでは僕達警察の面目も丸つぶれです」
一宮は祐介の肩を持つように必死に莉奈のことをなだめようとする。
一宮の職業は警察官で、警視庁の公安に所属しているエリートである。
特に違法な魔法師達を摘発する部署に配属されており、彼の魔法の実力は警視庁の中でもトップクラスと噂されていた。
現に今年も3件もの凶悪な魔法事件で犯人を検挙する活躍を見せており、将来有望視されていると莉奈の父から事前に祐介は聞いていた。
「それに祐介君は十分強いです。今の祐介君なら同年代の中でも結構いい所にいると思いますよ」
「それでも祐介は一方的にやられすぎだから。もっと頑張りなさいよ」
莉奈は防戦一方だった祐介に対してご立腹であった。
祐介としてはむやみに飛び込むよりも隙を見計らって腕を取ろうとしていたのだが、全く上手くいっていない。
対戦中隙はいくつかあったが、そこには罠があるような気がしたのでろくに飛び込めず躊躇していた。
その結果、防戦一方となり一宮に押し切られてしまう悪循環に陥っていた。
「無理だって、一宮さん全く隙がないんだもん」
「いっぱいあったじゃん。私は何で飛び込まないのかずっと疑問に思ってたんだけど?」
「あんなみえみえの誘いに乗ったら、一瞬で決着がついちゃうでしょ」
祐介も九条の門下生達と組み手をするようになってから、このような罠に気づくようになった。
最初の1週間はこの罠に引っかかり続け、重力魔法で体勢を崩されてから間接を決められ地面とキスをしていた。
「祐介君も罠に気づくようになったんだ。成長したね」
「それは一宮さんが手加減してくれてるんで、何とか」
「それもばれてたんだ」
一宮は頭をかきながら、苦笑いを浮かべた。
「手加減されてるなら1本ぐらい取れるようになりなさいよ」
「今の俺じゃあ難しいよ。取り合えずあの重力魔法を何とかしないと」
今の祐介の力では一宮が使用する重力魔法をかわすことは難しい。
うかつに飛び込むと体のバランスを崩され、あっという間に押さえ込まれてしまう。
魔法解除を使えれば話は別だが、あの魔法はこの時代には存在していない術式なのでこんな所で使うわけにはいかない。
何とかできないかと考えるがいい案が浮かばず、祐介としても手詰まり感が否めなかった。
「じゃあ特別に私も対策を考えてあげるから、今日の午後の稽古前に私とトレーニングね。学校が終わったらすぐするから」
「わかった。その時は宜しくお願いします」
「その代わり、明日はMTの原理について教えてよね? 私術式の最適化の仕方とかまだよく理解できてないから」
「了解。明日テキストも一緒に持ってくよ」
莉奈の機嫌がよくなったのを確認し、祐介は一息つく。
その様子を一宮はじっと見つめていた。
「2人っていつも稽古前にそんな事をしてるの?」
「はい。莉奈には週末魔法工学を教えてるので、その補修みたいな感じで教えてるんです」
莉奈は玲奈との食事会後約束した通り毎週末祐介の家に通い、魔法工学の勉強を始めた。
祐介が作った自作のテキストを元に、莉奈に一から魔法工学を教えている。
転生前自作のテキストを作り魔法工学を教えていた経験を元に、その時と同じ手順で莉奈にも教えていた。
「祐介君って、実はすごい人?」
「すごくなんかないです。俺はどこにでもいる一般人です」
実際問題、転生しても女神からチート能力の1つも与えられていない祐介からすれば、どんなに努力をしても自分の能力は平凡なものでしかない。
魔法工学については一般人よりも詳しいが、それも転生前の知識があるだけである。
その知識も現時点で使えるものと使えないものがあるため、あまり役には立ってはいなかった。
「それよりも祐介、時間が少し余ってるんだから稽古するよ」
「今から? もうすぐ時間だし、少し休んでてもいいんじゃない?」
「何言ってるの? 今のままじゃ一宮さんの足元にも及ばないんだから練習しなきゃ」
「わかった。わかったからそんなに引きずらないで。自分で歩けるから」
莉奈に引きづられ、道場の中央に立つと開始10秒ですぐさま莉奈に投げられる。
そのまま不機嫌な表情を見せた莉奈が祐介の首を極め、声にならない悲鳴を祐介は上げるのであった。
★☆
2人が中央で乱捕りを行っている時、一宮は1人深く息を吐く。
それと同時に神山祐介という人物が持っているポテンシャルに、1人感激していた。
「一宮君、祐介君はどうだい?」
一宮に話しかけるのは莉奈の父、九条嘉人である。
嘉人が向ける目線の先には、自分の娘と一緒にトレーニングをしている幼馴染の少年であった。
「今の段階で言わしてもらうと、祐介君はお世辞にも魔法の才能があるとは思えません」
「やっぱりそうか」
莉奈の父親は一宮の言葉を聞いて落胆する。
九条家夫妻が神山祐介に目をかけているという話を事前に聞いていた一宮としては、この報告をするのは忍びないとも思っていた。
「ですが、戦略でそのハンデを克服しようとする努力はしています。実際今僕以外の人が祐介君と当たっても、恐らく祐介君が勝つでしょう」
一宮は2週間祐介と魔法を使用した実践組み手をしてきたが、戦うたびに祐介は強くなっていった。
例えば一宮が加速術式で飛び込むと祐介は横に避けると同時に、自分の場所に仕掛けていた拘束の術式を発動させ自分の動きを止めようとしてくる。
残念ながら魔法の力が弱かったので楽に反撃できたが、いい判断だったと思っている。
「まだこの年齢なので魔法のことに関してはなんともいえませんが、鍛えればいい線行くと僕は思います」
「なるほど。それなら私も祐介君をみっちり鍛えないとな」
「僕もお手伝いしますよ」
莉奈の父と一宮は2人して祐介の育成方法について考えている。
それは祐介の将来を見据えた九条本家、莉奈の両親の考えでもあった。
「所で祐介君なんだけど、結構まずくないか?」
「祐介君は莉奈ちゃんの手を叩いていますが、全く離す気配がないですね。あっ、手がだらんとなった」
「ちょっと莉奈を止めてくる」
そう言うと嘉人が慌てて莉奈を止めに行く。
この後気絶した祐介を一宮と莉奈の父が介抱するが祐介が起きたのはこの30分後。
莉奈と祐介の2人が学校を遅刻したのは言うまでもなかった。




