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お騒がせ女神の学園生活  作者: 一ノ瀬 和人
お騒がせ女神と偶像少女
31/57

姉と妹

 夏休み最終日、莉奈は1人で神山家を訪ねていた。

 この日莉奈が神山家を訪れたのは祐介に会うためではなく、神山家に住んでいる莉奈が信頼している女性に用事があるためである。

 莉奈が神山家のインターホンを押し、しばらくドアの前で待つと玄関の扉が開く

 そこにはいつも出迎えてくれる冴えない風貌の少年ではなく、赤髪の派手な女性が出てきた。

 

「いらっしゃい。莉奈ちゃん」

「お久しぶりです。燈子さん」


 ドアを開けた燈子は明るい顔で莉奈のことを出迎える。

 浮かない顔で立ち尽くしている莉奈の顔とは対照的であり、莉奈が何かを抱えていることを一目見ただけで燈子は察した。

 

「今日はどうしたんだい? 祐介じゃなくて私に相談なんて」

「その‥‥‥‥えっと‥‥‥‥」

「まぁいい。話は中でゆっくり聞こう」


 そう言うと燈子は莉奈を家に上げリビングに通す。

 リビングに入ると燈子はキッチンに向かい、お茶の用意を始める。

 

「燈子さん、そんなことまでしてくれなくても。今日はすぐ帰るので」

「中学生がそんな遠慮しなくていいから。祐介も当分地下の研究室から出てくることはないしゆっくりしていくといい」

「えっ?」


 莉奈は自分が懸念していたことを燈子が知っていたことに驚く。

 莉奈がいる所が神山家である以上、祐介と会うのは必然であるので、大まかな相談をして帰るつもりでいた。

 それが訪れてみれば燈子がここまで自分のために準備をしているとは想像もしていなかった。


「祐介じゃなくて私に電話をするぐらいなんだから、祐介に知られたくないことぐらい容易に考えられることだ。だからあいつには山のような仕事を与えたから今日は当分出てこない。だから安心して私に相談してくれ」

「燈子さんは何でもお見通しなんですね」


 莉奈は椅子に座り弱弱しい声色でキッチンにいる燈子の方を見る。

 キッチンから出てきた燈子は2つのマグカップを手に持つとそれをテーブルに置く。

 

「悪いが味の方の保障はしかねる。祐介と違って、紅茶はあまり入れたことがないんでね」

「お気持ちだけで十分です。ありがとうございます」


 莉奈はテーブルの上にあるマグカップに口をつけ、紅茶を飲む。

 砂糖もミルクも何も入れてない紅茶は少し苦い味がした。

 

「さて、落ち着いた所でもうちょっと突っ込んだ話をしようか。多分莉奈ちゃんが悩んでることは祐介に関係してるんだろ?」

「そこまでわかるんですか?」

「私は幼い頃から莉奈ちゃんのことを見てるんだ。大体のことは把握している」


 燈子は自分のカップに入っているコーヒーを一口飲む。

 飲みながら莉奈に話をするよう促した。


「それで、祐介が莉奈ちゃんにセクハラでもしたのか? それなら今すぐに祐介に念書を書かせてここで土下座させるが‥‥‥‥」

「いえ、そう言うことではなくて、最近の祐介のことで」


 落ち着かないようにもじもじと市ながら、莉奈は相談内容を切り出した。

 

「実は最近、祐介の様子がおかしくて」

「あの愚弟がおかしいのはいつものことだ。今に始まったことじゃない」


 燈子は自分のマグカップに入っているコーヒーをすする。

 祐介が中学に入って急激に変わったことは2人共認識している。

 それは身嗜みもそうだが、祐介の性格の面もある。

 小学生の時は気弱で常に莉奈とくっつきビクビクしていた印象だが、中学に入って妙に頼もしくなったように感じられる。

 その他にも、時折見せる表情やしぐさがどこか大人びているように莉奈には感じられ、自分とは違う世界を見ているようにも感じられた。

 

「それに昔よりはよっぽどいい顔をしている。あいつの行動はおいておくとしても、あれが本来男がしないといけない顔だ」

「ですが‥‥」


 燈子の言っていることに莉奈は反論しようとする口をつむぐ。

 祐介はどうしてかわからないが、必死に努力をしていることは莉奈も知っている。

 ただ、その祐介の姿は燈子と莉奈の間では大きく意味合いは違っていた。

 

「今の祐介ってすごく危なっかしくて、どこか脆い所があって‥‥‥‥」

「簡単に壊れそうってところか。確かにそう言う側面は持ち合わせているな。あれは例え小石といえど躓いて転んだら2度と起き上がれないだろう」

「だったら‥‥」

「莉奈ちゃん」


 燈子は反射的に莉奈の話をさえぎる。

 

「はっきり言って私は今の祐介を見守ることしか出来ない。まぁ、出来ることといったら傷ついた祐介を慰めることぐらいだ」


 燈子の言っていることは莉奈にとって無責任な発言に聞こえた。

 莉奈は瞬間的に憤るが、口を出す前に燈子が続きを話し始めてしまう。


「莉奈ちゃんにはわからないと思うが、大人になったら色々しがらみや制限がつくんだよ。この前の日笠家の1件がまさにそうだ」


 達観したような燈子の口ぶりに莉奈はこの前の騒動を思い出す。

 あの時の燈子は、神山家のことを背負って日笠家当主と話していたことに今更ながら莉奈は気づいた。

 自分も中学生になり十分大人だと思っていた莉奈だったが、本物の大人の女性を前にしてまだまだ自分が子供だと思い知らされる。

 そう思うと自分の失言に莉奈は恥ずかしくなる。

 

「そういえば、あの後お仕事はどうなったんですか?」

「特には変わってない。むしろ大口の仕事が取れたからな。これから徐々に忙しくなると思う」

「そうですか」


 莉奈はそのことを聞き、ほっとする。

 あの時自分がしでかした不始末も燈子が全て背負ったくれたことに莉奈は感謝していると共に罪悪感を抱えていた。

 しかし仕事に全く影響がないことを聞いて莉奈は少しだけだが安心する。


「あの時はすいませんでした。私が勝手に行動したばっかりにあんなことになって‥‥‥‥」

「子供がそんなややこしいことを考えなくていいんだよ。そんなことじゃ、莉奈ちゃんのよさも失われる」

「私のよさですか?」


 莉奈はコーヒーをすする燈子のことを不思議そうに見る。

 

「そうだ。自分の欲求に素直で行動力があり、尚且つ我侭なのが莉奈ちゃんのよさだ」

「それってただの自己中じゃないですか」


 燈子の言葉にむっとした表情を見せる莉奈。

 

「子供のうちはそれでいいんだよ。むしろ下手に聞きわけがいい子のほうがだめだ。その内何でも我慢するようになって最悪心が壊れてしまう。私は莉奈ちゃんにそうなってほしくないんだよ」


 燈子の言葉には莉奈にはわからない重みがあった。

 今は理解できないがこのことは自分の胸に刻みつけておこうと莉奈は思う。

 

「特に祐介は変にひねくれたところがある。自分で思い悩んで取捨選択して答えを見つけた挙句、出来もしないのに自分1人で何とかしようとする。あんなことしていたらいずれ壊れてしまうよ」

「じゃあ、あれはダメだってこと?」

「何の話だい?」


 小声で1人つぶやく莉奈の話を燈子は聞き逃さなかった。

 隠し通せないと思った莉奈はこの前の一連の出来事を燈子に話す。

 中学の音楽祭でバンドをすることになった話から恵梨香がスノーサイドプロダクションに合格した話、そして祐介とクレープを食べた時の話等全てを話した。

 その話の中で燈子は相槌を打ちつつ聞いていたが、祐介が悩んでいる時の莉奈の対応について聞いた燈子は大きなため息をついた。

 

「莉奈ちゃんもそこまで踏み込んでおいてそんな対応をしたのか」

「私、間違ったこと言ってないつもりです。祐介が話したい時に相談してくれればいいって言ったことってそんなにおかしいんですか?」


 燈子は莉奈の話を聞くと片手で顔を覆いながら天を仰ぐ。

 それは燈子が莉奈の行動が間違っていると間接的に表していた。

 

「莉奈ちゃんの行動は間違っていないし正しいと思う。ただ、それは普通の人への対応の場合だ。あの愚弟に対してその対応は間違っている」


 燈子は顔を起こすと莉奈の方に向き直る。

 

「あいつは間違っても人に自分の抱えてる悩みは話さないぞ。話さないで自分の自己判断で解決しようとして、そして間違える。無理矢理にでも聞きだすぐらいじゃないとだめだ」

「でも、強引にやると嫌になると思うし、祐介に嫌われちゃう」


 莉奈がいまいち祐介に対して以前よりも強引に物事を運べないのはそのような理由があった。

 小学生の頃祐介への自分の気持ちに気づいてしまってから、祐介が嫌がると思ったことは莉奈はしていない。

 いつも強引に物事を進めてはいるが、それは祐介が戸惑いはするが明確に派嫌がっていないためである。

 今まで強引にトレーニングにつき合わせたり出来たのは、ため息をつきあきれることはあってもそこまで祐介が嫌がっているようには見えないためだった。

 

「まぁ、普通の人はそうした方がいいが莉奈ちゃんは特別だ」

「えっ?」

「あいつは莉奈ちゃんに対してはあきれることはあっても、嫌うことは絶対にないと断言できる。何ならあいつに『死ね』ぐらい言ってみたらどうだ? あいつなら本当に学校の屋上から飛び降りると思うぞ」

「そんなことできません」


 冗談を言ったつもりの燈子だったが、莉奈の真剣な表情に燈子はたじろいでしまう。

 テーブルを叩き、立ち上がる莉奈の姿はいつにも増して真剣であった

 

「冗談だ。そんな目くじらを立てないでくれ」

「‥‥‥‥‥‥‥‥」


 莉奈は燈子のことを睨みつけながらもゆっくりと椅子に座る。

 

「まぁ、私が言いたいことは莉奈ちゃんだけは祐介にとって特別な存在だってことだ」


 燈子はあえて祐介が莉奈のことが好きだという表現は避けた。

 2人が両思いなのはわかっていたが、本人同士の問題で野暮なことには口は出さないと決めているからである。

 

「じゃあ、私が強引に聞けば祐介は話してくれるんですか?」

「それは無理だろう。話を聞く限り現状では、誰にも話さないことは容易に想像できる」

「そんな。それなら意味ないじゃないですか」


 莉奈は燈子の言葉に愕然とする。

 

「落ち着いて莉奈ちゃん。"現状では"だ。何について悩んでいるかおおよその見当がつけば祐介の口を割らすこともできる」

「何について悩んでいるか‥‥‥‥」

「そうだ。祐介が悩むようになった前後に何か変わったことはなかったか?」


 莉奈は考えることもなく1つの結論にたどり着く。

 祐介が悩むそぶりを見せたのは恵梨香がオーディションの合格通知を貰った日である。

 

「心当たりがあるとすれば、恵梨香がオーディションの合格通知を貰った時から様子がおかしかった気がします」

「例えばどんな?」

「なんと言うか世界中の不幸を自分1人で背負っているような、そんな暗い表情をしてました」

「なるほど」


 燈子はあごに手をあて、幾分か考える表情を見せる。

 しばらくしてあごから手を離すと達観した表情を浮かべた。

 

「もしかしたら、恵梨香ちゃんがそのオーディションを合格したことに関係してるのかもな。他に何か情報はないか?」

「すいません。それぐらいしか思い当たりません」


 莉奈のはその時暗い表情をしていた。

 

「ということは、そのオーディションについて調べる必要がありそうだな。そこに祐介の悩みが隠されているはずだ。莉奈ちゃん、恵梨香ちゃんが受かったオーディションの名前はわかるか?」

「そこまでは見ていないです。ただ、スノーサイドプロダクションって所が主催しているオーディションでした」

「スノーサイドプロダクション、中々の大手プロダクションじゃないか。さすがに則之君の時見たいには行かないな」


 しばらく燈子は普段は取らないような難しい顔をして考え込む。

 

「今回はしょうがない。あの人に協力をお願いするか」

「燈子さん?」

「あぁ、なんでもない。こっちの話しだ」


 何かをぶつくさ独り言をつぶやく燈子は莉奈には不気味に見えた。

 

「とりあえず愚弟が何に悩んでいるかわからない以上、原因である恵梨香ちゃんの周りを洗ってみるしかない」

「じゃあ恵梨香のことについて調べるんですか?」

「そうだな。同時に恵梨香ちゃんが受けたプロダクションについても調べておいた方がいいだろう。もしかしたら祐介は何かしらの秘密を知ってしまって葛藤を抱えてしまっているのかもしれないしな」


 そう言うと燈子は携帯を取り出してテーブルに置く。

 今は連絡手段にタッチパネル式の携帯を持つ人が大勢いるが、燈子はそれとは違い世代遅れのガラパゴス携帯を使っていた。

 

「莉奈ちゃんには悪いが、私は明日から1週間出張なんだ。次に合うのは2週間後でも大丈夫かな?」

「大丈夫です。1週間もどこに行くんですか?」

「ボストンに1週間だ。さっき言った大口の仕事の話をしてくる。その間に調査の方も頼んでおくから安心してくれ」

「わかりました。私の方も恵梨香について調べておきます」

「あぁ、お願いする」


 こうして莉奈と燈子の極秘会談は終わった。

 結局祐介が地下室から出てきたのはこの2時間後。

 疲れた顔でリビングに入ってきた祐介の頭を燈子が殴ったのは別の話である。


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