体育祭に向けて
「そういえばもうすぐ体育祭か」
莉奈と帰宅途中、祐介は何気なく学校行事の話題を振る。
今日も学級委員の活動があったため、則之達には先に帰ってもらった。
「もうそんな季節?」
祐介達の学校では6月の中旬に体育祭が行われる。
この体育祭はクラス対抗で行われ、純粋な足の速さや体力を競うもので魔法の使用は原則禁止。
またそれらを使用するために必要なMTの持ち込みも原則禁止となっており、当日持ち物検査が行われるほど厳格にルールが設定してある。
「祐介は徒競走で1位を取るよね?」
「どうかな」
いくら莉奈の家の道場で毎日特訓しているとはいえ、祐介の運動能力は常人よりもはるかに劣っている。
莉奈は簡単に言っているが実際祐介が1位を取るのはかなり難しい。
「あんた毎日私とトレーニングしてるんだからそれぐらいやりなさいよ」
「そう言われても‥‥」
「もし1位にならなかったら、練習量を今の倍に増やすからね」
「何でそうなるんだよ」
「当たり前でしょ。練習量が足りないからそんな結果になるんじゃない」
「いくらなんでも理不尽すぎる」
莉奈とわいわい騒ぎながら商店街を歩いていく。
商店街の中は大量の人でごった返しているため、非常に歩きにくい。
その中から祐介は見知った人影が前方に歩いていることに気づく。
「莉奈、ちょっとあそこ見て」
「そうやって話をそらそうとしてるんでしょ。トレーニングは倍に増やすんだから‥‥」
「そうじゃなくて、あそこ」
祐介が指を指した方向を莉奈も見ると彼女も祐介と同じように驚いていた。
「あれって‥‥‥‥則之じゃない? 則之って家はこっちだったっけ?」
指を指す方には眼鏡をかけた理知的な少年、日笠則之が人ごみの中を奥へ奥へと進んでいく。
則之の家は祐介達の家とは反対方向にあるので、こんな所にいるのは明らかにおかしかった。
「どこへ行くんだろう?」
「なんかいやな予感がする‥‥‥‥とりあえず追うわよ」
「ちょ、待てよ。莉奈、置いてくな」
莉奈を先頭に祐介達は則之を見逃さないように必死に追跡を開始する。
だが祐介達が必死に追いかけるも則之はどんどん人の間をすり抜けて先へ先へと歩いていく。
「ちょっと、見失うわよ」
「わかってる」
徐々に距離は離れていき、商店街を出る頃に2人は則之を見失ってしまう。
祐介がおそるおそる莉奈の方を覗き込むと彼女は不服そうな顔をしていた
「もう、祐介のせいで見失っちゃったじゃない」
「俺のせい?」
「そうよ。祐介のせい」
莉奈のそのような態度に祐介はため息をつくしかない。
このような理不尽なやり取りは祐介にとっては日常茶飯事である。
そうしてこうなった莉奈が中々機嫌を直してはくれないことも祐介は重々承知している。
「わかった。じゃあ俺はどうすればいいんだ?」
「そうね‥‥‥‥祐介の家でご飯をご馳走してくれれば許す」
一瞬考えるそぶりを見せた莉奈は祐介の家に行く気満々らしい。
今日は莉奈とのトレーニングも休みなので、祐介と一緒にいる口実がほしいということを言葉から察した。
「わかった。散らかってるけどそれでもいいんだな?」
「うん」
頷く莉奈のことを見てもう1度深いため息をはき祐介は家路へと足を運ぶ。
歩くこと数分、祐介の家のドアを開けた2人は玄関へと歩みを進めた。
「お邪魔します」
「どうぞ、くつろいでいって下さい」
莉奈は玄関の靴をそろえて祐介の家の中へと入っていく。
祐介の家は2階建ての見た目は普通の家であるが、家の内装は普通の家とは少し違う。
「やっぱりいつ見ても祐介の家は違うよね」
そういう莉奈の視線は下へと続く階段の方を見ていた。
祐介の家は2階の他に地下室がある。
この地下室は魔法の研究をするために使われているもので昔は祐介の父と母が使用していて、現在はその空き部屋を祐介の姉が使用している。
「まぁな。それよりもリビングに行かない? お茶ぐらい出すよ」
「じゃあ、私は紅茶がいい」
「はいはい」
祐介は適当に返事を返し、2人でリビングへと向かう。
2人がリビングに入ると普段はあまり見かけない赤髪の女性が祐介達を迎えた。
「おぉ祐介か‥‥‥‥しかも莉奈ちゃんまで。お前も隅に置けない奴だな」
「燈子さん、お邪魔しています」
お辞儀をしている莉奈に右手を上げて軽い口調で話すのは祐介の姉である神山燈子である。
理知的に見える眼鏡をかけ、炎のように真っ赤な長い髪を後ろで1つに結わっている。
「姉さん今日はどうしたの? 大学は?」
「今日は午前中で終わりだ。じゃなかったらこうしてのんきにコーヒーを飲んでないよ」
そういうと燈子は自分専用のマグカップにインスタントコーヒーを入れ、やかんを手に取りお湯を注ぐ。
スプーンでカップの中をかき回し、一口飲むと満足げに頷いた。
「うむ、やはりブラックコーヒーは至高の飲み物だな。砂糖を入れるのなど邪道としか言いようがない」
「私は砂糖があったほうが好きですけど。出来ればミルクもほしいかも」
そういい苦笑いする莉奈を横目に見ながら、祐介はお茶を入れる準備を始める。
手馴れた手つきで棚から紅茶のティーパックを取り出しやかんに水を入れ作業を進める。
「ふむ、できれば私もコーヒーのおかわりも作ってほしいのだが‥‥」
「わかってるよ。姉さんと莉奈はテーブルの方で待ってて」
「わかった。では莉奈ちゃん、行こうか」
「はい」
素直に莉奈は頷き、燈子と一緒にテーブルの方に向かい何か話を始めた。
祐介の位置からは2人の会話は聞こえないが眺めてる景色を見ると本当の姉妹のように思える。
お湯を沸かしている間祐介はお茶菓子を用意し、それをお盆に載せてテーブルの方へと持っていく。
テーブルに行くと相変わらず楽しそうに話す燈子に莉奈はたじたじだった。
「ところで莉奈ちゃんはどこまでいったんだい? 最近の若い子は色々と手が早いと聞くからもうキスぐらいはしてると勝手に予想をしているのだが」
「そっ、そんなことしていません。まだ、そういう関係でもないし‥‥」
「あいつまだ告白すらしていないのか。全くあきれたやつだ。莉奈ちゃん、もうこの際だからあんな奴のことは忘れて他の男を紹介しようか? 丁度大学でイケメンの知り合いがいるんだが‥‥」
「こらこら、何勝手に話しを進めてるんだよ」
テーブルにお茶菓子を置くのと同時に燈子は祐介を見てため息をつく。
その顔は祐介に対して心底あきれたような表情だった。
「本当にお前は空気が読めないな。そんなんじゃいつか莉奈ちゃんに愛想をつかされるぞ」
「そっ、そんなことありません。私はたとえ祐介がへたれで優柔不断な引きこもりになっても愛想をつかせませんから」
「莉奈、それフォローになってないから」
肩をガクリと落としうなだれる祐介の後ろでやかんのけたたましい音が鳴る。
「ほら、お湯が沸いたぞ。私達のことよりもまずはお茶を出さないか」
「俺のテンションをがた落ちさせたのは誰のせいだよ」
燈子からカップを受け取り、台所でコーヒーと紅茶のカップにお湯を入れテーブルへと戻る。
「うむ、ご苦労ご苦労」
祐介がお盆を持ちテーブルへ戻ると燈子はお盆に載った自分のマグカップを手に取り口をつける。
莉奈の所にも紅茶の入ったマグカップを置き、祐介も燈子の隣に座ろうとするが燈子に片手で静止された。
「だめだ。お前は莉奈ちゃんの隣に行け」
「何で?」
「いいからさっさと行け。姉の命令が聞けないのか」
そういわれたので祐介は渋々莉奈の隣に移動した。
「ごめんな。狭くて」
「いいよ。私は気にしていないから」
少し頬を赤らめた様子の莉奈を眺めながら燈子は満足げに頷いた。
「それよりも祐介、今度授業参観があるそうじゃないか。お前は何故そんな重要なことを言わない?」
祐介はコップに口をつけコーヒーをすするが、カップから慌てて口を離した。
飲みかけだったコーヒーが器官に入り、盛大にむせてしまう。
「何でそのことを‥‥」
「今莉奈ちゃんと話していた時、話題に出てきたからだよ」
その瞬間、莉奈が祐介から視線をそらしたのがわかった。
燈子が大学や仕事で忙しいことを祐介は知っているので、このような些細な学校行事は家で話さないように祐介はしていた。
どうやらそのことを燈子は怒っているらしい。
「祐介はなんでこういう重要なことを話さないんだ? 私達は家族なのに?」
「体育祭のことは話したじゃん」
「そういう問題ではない。私は君の親代わりなのだから、こういうものもしっかりと出なくてはいけないんだよ」
祐介は怒る燈子から視線をはずす。
「まぁ、祐介も反省しているようですし、今回はこのぐらいでいいんじゃないですか?」
「まぁ、それもそうだな。次からはちゃんと言うように」
「わかったよ」
渋々といった祐介の態度を見て燈子は再びため息をつく。
「全く、こんなダメ男といる莉奈ちゃんが心底可哀相に思えてくるよ。莉奈ちゃんは祐介のどこがいいんだい? あんな優柔不断で気が弱い内弁慶の引きこもりで虚弱体質の魅力など私にはわからないんだが‥‥」
「優柔不断で気が弱い内弁慶の引きこもりで悪かったな」
「虚弱体質が抜けているぞ。事実をありのまま言わないのは君のいけないところだ」
「すいませんね」
ぶっきらぼうな態度を取る祐介に対し、燈子は無関心を貫き通す。
祐介よりも莉奈の方に視線を移し心配そうに見つめていた。
「大丈夫ですから。祐介がどんなにダメな子でも自立できるように私が立派に育てますので」
「さすが莉奈ちゃんだ。私は涙が出てくるよ。お前もこんなに可愛くて気立てがいい子を絶対に手放すんじゃないぞ」
この後2人が祐介の話題で盛り上がる中、当の本人は小さくため息をつきその話題が過ぎ去ることを待つしか出来なかった。
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