宰相の挑戦 肆
本日3話目の投稿です
その翌日、俺はグリンドル公爵家を訪れていた。
各公爵家の領地に行くことは時間的制約から叶わず、首都にあるそれぞれの別邸を回る。
リンメル公国の首都はタスメリア王国にとっての王都と同じく、国の中心地。
ただ首都とはいっても、領地の独立性が強いリンメル公国にとっての首都とは、五大公爵家にとっての緩衝地帯という意味合いが強い。
各家それぞれ同じ大きさの別邸を首都に保有し、一年に一度必ずこの期間は集まって国の運営のために皆集まることが決まっている。
街を眺めつつ馬車に揺られて、グリンドル公爵家に到着した。
「ようこそ、リンメル公国へ。ロメル殿」
朗らかな笑みで迎え入れてくれた人物は、正しくグリンドル公爵家当主その人だ。
「初めまして、モーリス殿。本日は快く招き入れてくださったこと、感謝する」
俺もまた努めて笑みを浮かべて、歓迎を受け入れた。
「何の……あの有名なタスメリア王国の宰相殿を迎え入れることができたのは、この上ない光栄でございますよ」
「おや……有名、ですか。届き聞く評判が、悪評でなければ良いですが」
「ハハハ……ご謙遜を。タスメリア王国稀代の名宰相と名高い貴方が、何を仰いますか」
「名宰相ですか……それこそ、まさしく過分な言葉ですよ」
モーリスに勧められた席に座る。
その俺の後ろで、アルフが控えるように立っていた。
「頻繁に手紙のやり取りをしていたからか、初めての気がしませんな」
モーリスの言葉に、一瞬、場が和む。
「仰る通りです。私も貴殿には初めて会った気がしません」
ふと俺の目に、カーテンとして窓にかけられた美しい布が目に入る。
薄水色の布地に、細やかな花模様。
繊細な図柄が布いっぱいに広がる様は、豪華絢爛という表現がよく合う。
「有名といえば……あれが、世に有名なグリンドルの布ですか」
「ええ、そうです。グリンドルの布は、一つ一つ職人が織る一点もの。そのため、同じ柄に見えても、微妙に細部は異なるのですよ」
「ほう……なるほど、そうなのですか。グリンドルの布はタスメリア王国でも勿論人気で、中々手に入れることができないのですよ。……本当に、美しい」
「それは光栄ですな」
モーリスは、満足気な笑みを浮かべていた。
「……ところで、ロメル殿。貴殿は、この国をどう思われる?」
その問いかけに、視線をグリンドルの布からモーリスに向けた。
「全てを見た訳ではありませぬが……我が国と、同じですな」
考える時間は無く、間髪入れずに答えたその言葉に、モーリスは首を傾げていた。
「人が働き、糧を得て、食べ、そして生を繋ぐ。その姿は、タスメリア王国もリンメル公国も変わりがないのだと……そう思いました」
「なるほど……」
納得したのか、モーリスは静かに笑みを浮かべる。
「だからこそ、無用な争いは避けるべき……貴殿も、そう考えていらっしゃるのでは?」
「私のそれは、そんな高尚な考えではありませんよ。……単に私は、私の愛する民が傷ついて欲しくないのです。……どのような結果になろうとも、争いが起きれば民は必ず傷つく。そんなことを、自ら求めるような輩の気がしれません」
モーリスは立ち上がり、窓の方へと近づいて行った。
グリンドル公爵の領地がある北側に面している、それの近くに。
「本当に、愛しているのですな。……領地のことを。そして、領民のことを」
「勿論。……貴方もそうなのでは?」
「ええ、愛しておりますよ。……ですが残念なことに、貴殿の言った『自ら求めるような輩』が貴国に、そして我が国におりますが」
俺の言葉に、モーリスはそうと分かるほど肩を落としていた。
「……随分と、正直なのですな」
「勝手ながら、この件については貴殿と私は同志だと思っておりますので」
モーリスは、小さく笑う。
「……確かに。貴殿が真実国を愛し、争いを回避しようとしているのであれば、私と貴殿は同じ志を持つ者。……この件に限っては、残念なことに自国の者よりも余程貴殿の方が信が置ける」
「私も同じ思いです。だからこそ、私は貴殿には腹を割って話したいと思っておりますよ」
「ほう……であれば私も、同じように腹を割らなければなりませんな」
「助かります」
俺は小さく笑った。




