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武家の嗜み  作者: 澪亜
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宰相の挑戦

「ロメル様、失礼致します」


ノック音がして、国軍の面々が入室してきた。

ここは、リンメル公国首都にあるとある宿屋の一室。

宿屋の中でも上等な部屋を確保して貰ってはいたものの、流石に人数が集まると少し手狭に感じる。


「……皆、ご苦労だったな」


俺の言葉に、けれども目の前に並ぶ国軍の面々は緊張した面持ちを崩さない。

……無理もないことだ、と俺は内心苦笑した。


今回のリンメル公国の訪問は、非公式なそれだ。

そのため、護衛の人員がギリギリまで絞り込まれている。

そしてだからこそ、相対的に彼ら一人一人にのし掛かる責任は大きいものとなってしまった。

申し訳ない……とは、今になって思う。

けれども正直なところ、そこまで気に回す余裕が俺になかったというのが本音だ。


非公式な訪問故に、大手を振るって休みを取るわけにもいかず、ここに至るまでの間、俺は可能な限り先の分まで執務を終えるようギリギリまで仕事に時間を充てていたのだ。

そしてこれからも、恐らく彼らを気遣う余裕は残念ながらない。


何故なら、今回の訪問は……分水嶺。


トワイル国との戦争を経て国力が低下しているタスメリア王国を侵略し、領土拡大を企む強硬派。

対して争いごとを避けたいと考える穏健派と、いずれにも属さない中立派。

熾烈な派閥争いは、そのままリンメル公国を統べる五大公爵家の権力争いの表れ。


今回の俺の訪問目的は、その穏健派と中立派の協力を取り付け、逆に強硬派の企みを挫くためのものだ。


強硬派の目する通り、仮にリンメル公国がタスメリア王国を侵略し戦争となった場合……タスメリア王国は保たない。

先のトワイル国との戦争のため、国庫は赤字。

勝利を治めたとは言え少なくない犠牲を出し、その記憶が全く色褪せていないほどの短い期間で、その上更なる犠牲を強いることとなれば……人心が離れることは、火を見るよりも明らか。

戦争が起これば、間違いなくタスメリア王国は内部から瓦解するだろう。


おまけに、リンメル公国との戦争になれば、これ幸いにと停戦中のトワイル国も動き出すだろう。

そうならないために、今、俺は一人非公式にリンメル公国を訪れているのだから。


「貴殿らの尽力によって、私は無事この国に辿り着くことができた。……しかしここからが、正念場だ。悪いが、引き続きこの任務に尽力してくれ」


「……はっ」


けれども、彼らはガゼルが選び抜いた精鋭中の精鋭。

臆し目を背ける者など、その場にはいなかった。

彼らは居住まいを正し、力強いその瞳を俺に向けている。


「……苦労をかけるな」


その覚悟のこもった瞳に安堵して、つい笑みを浮かべた。


「光栄であります」


そう応えたのは、ガゼルの副官であるクロイツだ。

彼がここにいる時点で、護衛の選定に対するガゼルの本気が伺える。


「覚悟が据わった良い目だ」


「恐れ入ります。……無礼を承知で、一つだけ」


「……何だ?」


「単に、負けていられないという意地です。今回の旅は、国の将来を……ひいては多くの民の命運がかかった交渉に臨まれるためと伺っております。そのような重責を背負われる貴方を前にして、己の職務を全うすることができませんなどと口が裂けても言えませんよ」


「適材適所、と言うだけのこと。残念ながら私は、口先は回っても己の身を守るためには立ち回れない」


「ロメル様がお強ければ、我々は職を失ってしまいますよ」


「ハハハ……仮に私一人が強くなったところで、何も変わらんだろう。殊争いごとにおいては質のみを追い求めたところで、な。勿論、質も重要な要素の一つではあるだろうが」


言葉を紡ぎながら、ふと、頭の中にガゼルとメルリスの二人の姿が思い浮かぶ。

二人の強さは素人目から見ても、別次元のそれ。

二人であれば、絶対的な差でもない限り、質で数を覆せてしまいそうだな……と。


「そうですね」


そんな俺の内心など露知らず、クロイツは苦笑を浮かべながら同意していた。


「……それに、『負けられない』という動機もまた、覚悟の一つ。覚悟とは誰かに強制されて生まれるものではなく、己が己の心の有り様を悟り定めることだ。負けられない、その己の職務に対する責任感の強さと矜持の高さに、私は頼もしく思う」


「……将軍と同じことを仰るのですね」


「ガゼル殿と、か?」


「ええ。かつてトワイル国と戦いを前に将軍は兵に向かって仰っていました。『覚悟が何か知っているか? ……それは、己への誓いだよ』と。『己に誓う、そこに誤魔化しは効かない。何故なら自分を偽り続けることだけは、どうしたってできやしないんだから。……だから覚悟は、自らの意志を悟ることから始まる。そしてそれ故に、覚悟を持ったものは強い。己の意志で決めてそこに立つのだから』と」


「なるほど……その言葉は、よく理解できる。覚悟を定めてこそ、自らの行動に責任を持てる」


「……縁遠いと思っていましたが、文官の方と武官である我々は案外似通ったところもあるのですね」


「当然だろう。……そもそも、守ろうとしているものが同じなのだから」


そう言い切った俺に、クロイツは笑みを浮かべる。


「それもそうですね。……なればこそ、私は命に代えても貴方を守ってみせましょう。同じ志を持つ、貴方を。私の守りたいものを、我々ごと守ろうとしてくださる貴方を信じて」


「この上ない信頼だな。……ああ、託された。全力を尽くし、最良の結果を齎そう」


「それでは、我々は職務に戻ります」


クロイツたちは再度居住まいを正すと、部屋を出て行った。

後に残された俺は、窓に近づいて景色を眺める。


タスメリア王国で見るそれとは、全く異なる眺め。

教会を除いて煌びやかな装飾が随所に施されている白磁の建物が並ぶタスメリア王国に対し、そ茶色の煉瓦造りの建物が並ぶリンメル公国は、荘厳かつ重厚な雰囲気を漂わせている。


自身の頭にその景色を刻み込むように、じっと俺は暫くそのまま眺めていた。


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