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武家の嗜み  作者: 澪亜
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婚約者と謀と

本日2話目です

「どうぞ、メルリス」


「ありがとう、ルイ」


俺の差し出した手を掴んで馬車にメルリスが乗り込むと、早々に馬車が動き出す。

緊張から解き放たれた故かそれとも純粋に疲れたのか、メルリスは隣に座る俺にもたれかかっていた。


「……お疲れ」


そっと、メルリスに声をかける。


「ありがとう。貴方のおかげで、たくさんの知己を得ることができたわ」


「いや、俺は単に繋ぎを作っただけ……そこから先は、お前の力だ」


それは、掛け値無しの本音だった。

今日の夜会では、俺も舌を巻くほどの手腕で彼女は多くの貴族の懐に入っていた。

俺が紹介した面々以外にも彼らの奥方の紹介で、次々と女性たちとお近づきになっていたのだ。


……今日だけで、果たして何人面識を持つようになったのか。

それも傍目から見ていて、決して彼女から積極的に迫っていたようではなかった。

ただ彼女と面識を持った者たちが、まるで彼女と面識を先に持ったことを誇るかのように、あるいは彼女の役に立とうと自ら彼女のコミュニティを広げることを手伝うかのように次々と紹介して行ったのだ。


その僅かな時間で相手の心を掴む様は、驚くより他ない。

……元来持つ才、ではないだろう。

ひとえに、俺と婚約をして以来の毎日の努力によるものが大きい。

母上に課されるものだけでなく、自らも知識を広げるべく積極的に話題の書を読み解き、かつ実際に現地に訪れ五感で感じ取る。

そしてその上で、母上と毎日のように語り合い経験を積んできたのだ。

その日々の積み重ねが、今ここで花開いた……ということだろう。


思考に没頭していると、少しだけ彼女の重みが増した。

そっと首を動かせて様子をみてみると、どうやら彼女は本格的に眠りの世界に入っているようだ。

……後少しで着くのだが、と少し困ったような苦笑いを浮かべつつも、そのままそっとしておいた。

それから程なくして、アンダーソン侯爵家に到着した。


「……メリー」


そっと身体を揺らすと、彼女はすぐに目を覚ます。


「おはよう、メリー」


「ルイ……あれ? どうしてルイが……」


少し眠そうに数度瞬きをしつつ、首を傾げていた。

けれどもそこからすぐに頭が覚醒したのか、彼女はすぐさま身体を起こす。


「ご、ごめんなさい……せっかく送って貰っているのに、寝てしまって」


「良いんだ。きっと、それだけ疲れているということだろう。今日は早く休むと良い」


「え。ええ……そうするわ。ありがとう、ルイ」


それから彼女をエスコートし家の中に送り届けると、再び馬車に乗り込んだ。

そして、自宅であるアルメリア公爵家に戻る。


「おーお帰り、ルイ」


先に家に帰っていたらしい父上が、居間のソファーで寛ぎつつルイに声をかけた。


「珍しい。ここ最近、執務室以外で姿を見ることがなかったと思いますけど?」


そんな俺の言葉に、父上が苦笑いを浮かべる。


「私も、ご相伴に預からせていただいても?」


そう問いかけつつ、父上の対面に座った。


「お前こそ、珍しいじゃねえか。自分から相伴するだなんて言うとは」


「ええ、まあ」


持って来させたグラスに、手ずから酒を注いだ。


「……綺麗だったな、メリー。随分あちこちで惚気回っていたと聞いたぞ?」


からかいを含んだニヤリとした笑みを浮かべる父上に対し、俺は努めて無表情のまま注がれたそれを飲む。


「女王陛下の御前でも、惚気たっていうんだから大したもんだ」


楽しそうに何度か頷く父上に、つい冷たい視線を投げかけた。


「随分と、大きな耳をお持ちで」


「……今更だろう?」


「確かに。……ですが、言いたくもなりますよ」


フウと、呆れて短く息を吐く。


「自分の気持ちを素直に言葉にしただけなので、惚気たつもりはありませんよ。……女王陛下の前以外では」


「随分穏やかじゃねえな」


「それはそうですよ。……根拠は何もありませんが、女王陛下からメリーに対する執着めいたものを謁見の時に感じたんですよ。なので、あえて意図的に惚気というのが正直なところです」


「執着ねえ……何がかは分からねえが、相当アイーリャ様の琴線に触れたんだろうな。お前っつう婚約者がいるというのに、メリーにダンスを申し込むよう強制するぐらいだし」


エドガー王子は、婚約者が未だいない。

舞踏会は、貴族の子女との出会いの場だ……次期王であるエドガー王子が自ら積極的に相手を探させる必要は全くないが、それでも会話やダンスで時間を共有することは婚約者候補たちの人となりの一端を掴む良い機会ではあるのだ。


そのため、普通であれば婚約者のいるメルリスにダンスを申し込むよりかは、婚約者候補とのそれを推奨するべきところだろう。

特に流れる曲数が予め決まっているため、その曲の数だけの機会しかないダンスでは。


「ええ。なのであの時の直感は正解でしたよ。アルメリア公爵家の嫡男である私と既に婚約を結んでいるということも牽制になるかとは思いますが、更にその上で親密さを見せることができましたので」


「まあ、確かに必要なことだな。お前さんが彼女の手を離したくないといのなら」


「ええ、勿論、仮に彼女がそれを望もうとも、もう私は彼女を手放すことなどできませんから」


「……しつこい男は嫌われるらいしぞ?」


「どの口が言うのだか……昔、母上にお聞きした父上のアプローチと、その感想を今言いましょうか?」


「ま、待て待て! それだけは止めてくれ!!」


「『あれは……そう。学園に入学する前でしたわ。私は……』」


父上の制止も意に介さず、母上から聞いたそれをそのままに言葉にする。


「本当に俺が悪かった! だから、それだけは……!!」


必死の謝罪に、仕方なく俺は口を閉じた。

憔悴しきった父上の珍しい表情を見れただけでも良しとしよう。


「オーレリアは、何故、よりにもよってルイに話しちまうかなあ……」


そんなことをぼやきつつ俯く様は、まるで激しい戦いの後で精魂共に燃え尽きているようだった。


「……いつか役に立つだろうなと、小さい頃に母上の戯れで聞かせていただいたのを覚えておいて良かったです」


「本当にガキらしくないガキだったよなあ……」


「ええ。とある人のおかげで」


「一体誰だ、そいつは!? 俺が文句を言ってやる」


その言葉につい俺は父上をジッと見てしまったが……その視線に、悪ふざけはそろそろ不味いと感じ取ってくれたらしい。

父上は、咳払いをしつつ空気を変える。


「話は変わるが……リンメル公国への訪問の件、明日からとなった」


「ああ……やっと予定の調整が叶いましたか。にしては急ですね」


「ああ。本来であれば翌々週の話だったんだが……少々互いに都合が合わなくなってな。次点の候補であった来週となったんだ」


「今回父上が伺うのは、穏健派の二つの家ですね?」


「ああ。この前の調査結果を元に、楔を打ってくるさ。それと……この件を知っているのは、女王陛下以下外務大臣と実務レベルで携わっている者数名それからお前のみ。まあ、つまり大々的に行く訳でもないから、護衛の確保とお前さんへの引き継ぎさえしっかりしておけば良いかなと。引き継ぎは、前々からそうした事態が発生した時のために細かく業務の共有を図っていたから大丈夫だろう?」


「ええ、まあ。護衛はどうするんですか?」


「ガゼルからの推薦で数名確保した。……ガゼルもしくはメリーを連れて行けるのが一番良いんだけどなあ」


「強ければ、護衛の人数を減らしてもそれなりに安心できますからね。隠密に行動するのであれば、益々その方が都合が良いでしょうし」


「その通り。まあ、無理なものは無理だから仕方ないけれどもな。……それはともかく、明日から頼んだぞ」


「ええ」


その後俺はグラスを空けると、父上に断りを入れて自室に戻った。

部屋に戻ると、タイを緩めて椅子に座る。

既に日付が変わって大分時間が過ぎていた。

日常的に起きている時間とはいえ、やはり舞踏会がある日の疲労感は特別だ。


「……ルイ様」


椅子に深く腰掛け、上を向いてぼんやりとしつつ考えことをしていると、音もなくベルンが彼の背後に現れる。


「ベルンか。どうした?」


「私もロメル様と共にリーメル公国に向かい、そのまま再びあちらに暫く潜る予定でしたのでご挨拶をと」


「……そうか。今度はどれぐらいの予定だ?」


「状況によりますが、半年から一年ぐらいかと」


「そうか……ここのところ行ったり来たりだったが、今回はあちらに腰を据えるんだな」


「ええ。それが可能だったのもリンメル公国にてタスメリア王国を探る要員に選定されていたからこそですが、少々目立ち過ぎてしまったかと反省しておりますので」


「せっかくアンダーソン侯爵家の訓練に参加できるようになったのにな」


「おかげ様で、あちらでも引き立てられましたよ。期間限定とは言えあの第一師団へ所属し、あのアンダーソン侯爵家の訓練に参加が許されておりましたから」


「ガゼル将軍の名の威光はかくや、ということだな」


「本当に。……訓練に参加して思いましたが、その威光は決してハリボテではありません。将軍の実力……直属の部下たちも含めてですが、各国が警戒するのも頷ける実力を実際に有していますから」


「であればこそ、彼の家を守らなければならない。……それこそが、護国防衛に繋がるということだろう」


「然り」


ベルンの頷きに、俺は軽く息を吐いた。


「永代蟄居という処分が下されたとはいえ、ヴェルスがそのまま大人しいとは思えんからな。ここから更に奴や奴の周りの動きには注視したいところ……と言う訳で、お前がいてくれたら楽なんだがな」


「申し訳ございません。どちらも片手間でできるものではありませんので」


「それはそうだ。別の手の内の者を動かすしかあるまい」


「……そういえば、一人鍛えたい者がおりました」


「何? それはどいつだ?」


ついつい身を乗り出しつつ、問いかける。


「エナリーヌというメルリス様の側仕えです。既にメルリス様に手ほどきを受けているので女性ながらそれなりの戦闘力を有しいますし、護国の意識も強く、かつ冷静な性格です。……女性にしか潜入が難しい場所もあり、今後は女性の隠密の育成により一層力を注ぐべきということからも彼女が適任かと」


「なるほど、な……。次お前が帰って来るタイミングで、打診をしてみるか」


「ええ。ルイ様から提案いただけた方が話が早いのでありがたいです」


「分かった。……こちらはこちらで何とかする。お前の武運を祈っているぞ」


「ありがとうございます」


ベルンは恭しく一礼をすると、その場から離れて行った。



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