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武家の嗜み  作者: 澪亜
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私と新入りの勝負

……それから、二日。

特段何事もなく、無事アンダーソン侯爵家に到着した。

まあ、盗賊に襲われる事の方が稀な事なのだから当たり前と言えば当たり前か。

お父様に事の次第を報告したら、何故か苦笑いをされたけれども。


帰ったその翌日の訓練から、私はメルとして参加することにした。

もう、メルの存在をアンナもエナリーヌも知って配慮をする必要がなくなったからだ。

ちなみに、その二人と護衛隊の隊員にはメルとメルリスが同一人物だということは固く口止めをしている。


「……アンナ、踏み込みが弱い。それでは簡単に反撃をされる」


「はいっ! 申し訳ありません!」


その代わりと言っては何だが、二人には訓練の合間に指導することを頼まれた。

私としても二人の夢を応援するということは嘘偽りない気持ちだったので、快諾している。

と言うわけで今、模擬試合形式で戦っている最中だ。


「もう一度、お願いします」


エナリーヌがアンナの前に出て剣を構えた。

その挑むような視線に、ついつい楽しくなってしまう。

自然と、口角が上がった。

エナリーヌが、剣を振るう。


……うん、良い動きだ。

遠慮も何もない、相手の命を取るための迷いのない剣筋。

実戦の経験を経て、彼女の剣筋は変わった。

相手を制圧するのではなく、相手を的確に殺すための剣に。


敵と対峙した時に、相手を殺すことよりも生かして捕らえることの方が遥かに難しい。

余程の人数差や力量に差がない限り。

……中途半端な戦い方では、自身の命は勿論、自分の仲間や守るべき人たちすら危険に曝す。

だからこそ、彼女は選んだのだろう。覚悟を、決めたのだろう。

相手を殺す覚悟を。そして、自身が殺される覚悟を。

剣を受け止めながら、私は彼女の覚悟と意思の強さも受け止めていた。


「良い動き」


私の言葉に、けれどもエナリーヌは攻撃の手を緩めることはない。


「……ですが、攻撃がワンパターン。これでは、早々に敵に自分の動きを悟らせてしまう。こんな風に」


エナリーヌの動きに合わせて、剣を弾いた。

彼女が持っていた剣は、いとも簡単に宙を舞う。

その間に、彼女の顔正面に剣の切っ先を向けた。


「……参りました」


その言葉と同時に、私は剣を引く。


「今日はここまでです。二人とも、後は自分で自分の動きの欠点を考え直しておくように」


そう言うが早いか、クロイツさんが楽しそうに笑いながら近づいて来た。


「メル、随分楽しそうじゃないか」


「……クロイツさんの方が楽しそうにしている気がしますけど?」


「いーや。俺はお前に釣られただけさ」


鼻歌を歌いそうなぐらいの声色でそう言われても、全く説得力に欠ける。

とは言え、彼女たちへの指導が楽しかったのは事実なのでそれ以上反論はしなかったが。


「二人の指導は、そんなに楽しいか?」


「ええ。……久しぶりだったので。私に本気で挑んでくる方々が」


「おいおい、それじゃあ俺らがまるでお前に本気になってないみたいじゃないか」


「いいえ、そうは思ってませんよ。クロイツさんたちも、本気で私の相手をしてくださっているのは分かっていますよ。……訓練として」


「アイツらは、本気でお前を殺しに来ていると?」


スッと、クロイツさんは目に剣呑とした光が灯る。

私が肯定すれば、容赦しないと言わんばかりに。


「そうは言いません。……ですが、何と表現すれば良いのでしょう……彼女たちにとって私はライバルのような認識なのではないでしょうか? 絶対負けたくない、という意思がヒシヒシと感じられるのです。自分たちの力がまだ私には届いていないと理解しながら、それでも彼女たちは隙あらば私の足を掬おうと足掻いているのです。その証拠に、彼女たちは指導したことを次の時には確実に自分のモノにしています。そんな勝利への貪欲さと真剣さに、私も身が締まる思いがします」


その言葉に、クロイツさんは苦笑を漏らしつつ溜息を吐く。


「それを楽しむお前も大概だな。……それを感じ取ったお前は、益々油断なんかしてやらないのだろう?」


「いいえ、クロイツさん。たらればの話になりますが……それを感じ取らなくとも、ですよ」


私の言葉に、クロイツさんは益々苦笑いを深めていた。


「……感服です、メルさん」


そんなクロイツさんの後ろからヒョッコリと一人男の人が現れる。

確か名前は……。


「エイベルさん」


「メルさんの武術に対する意識は、凄いですね。是非、僕にも指導をして下さいませんか?」


「過分なお言葉、ありがとうございます。ですが、本職の方に指導をなど……。訓練のお相手であれば、させていただきますが」


線引きは、大事だ。

今までも訓練の中で指導めいたことはしていたが、あくまで『めいた』こと。

訓練の相手をする中で、助言をしていただけと私の中で意味付けをしている。


……指導としてしまうと、それはもう僭越行為。

そんなことを堂々とするのは、指導官の顔に泥を塗るような感じがして流石に気が引ける。


「それで良いですよ。では、お願い致します」


そう言いつつ、エイベルさんが剣を構えた。

それと同時に、先ほどまで近くにいたクロイツさんやアンナとエナリーヌは私たちの側から離れる。


一瞬、目を瞑りつつ息を吐く。

耳に入っていた騒音が、私の中で彼方へと追いやられた。

そこまで集中したところで、目を開く。

そして、剣を構えた。


「……よろしくお願いします」


そう私が言葉にした瞬間、エイベルさんが私の目の前に現れて剣を振るっていた。

……速い。

私はそれを受け流しつつ、後ずさって距離を置く。


「……流石です、メルさん」


そう言った彼に、お返しとばかりに私が攻撃する。

一瞬彼は反応が遅れていたが、けれどもすぐさま私の剣戟に対応していた。

更に深く、更に鋭く……そんな具合に、私の意識が相手と私の動き、それから剣の切っ先へと集中していく。


……それと同時に、自然と心の奥底から歓喜湧き上がっていた。

次は、どう来る?

次、私はそれにどう対応する?

一つ一つの剣の応酬が展開される度に、時折彼の動きに違和感を感じつつも、楽しくて仕方がなかった。


けれども、そんな時もあっという間に終わりを告げる。

私の剣が彼の剣を弾き、宙に舞ったのだ。


「……参りました」


その瞬間、彼は両手を挙げて宣言する。


「ありがとうございました」


私もまた、剣を収めつつ頭を下げた。


「流石ですね、メルさん。……全く歯が立ちませんでした」


「ご謙遜を。私の方こそ、ずっと冷や冷やしておりましたよ」


「今後も、僕の相手をしてもらえますか?」


「ええ、勿論。むしろ私の方こそお願い致します」


私たちは互いに笑みを浮かべる。

……戦っている最中、ふとした時に感じていた違和感。

まるで慣れない剣の型をなぞっているかのような……そんな、ふとした時の反応の鈍さ。

恐らく、彼は自分の手の内を完全には晒していない。


……けれども、それが何だというのだろうか。

どうせ、私も同じ穴の貉だ。

普段の模擬試合では、本当の意味で全力を出していない……相手を壊してしまうだろうから。

それを含めて、あれほど楽しい模擬試合は久しぶりだった。

例え彼が手を抜いていたとしても、彼との模擬試合は有益だと思うほどに。


「……では、早速。もう一戦宜しいでしょうか?」


彼は落ちていた剣を拾いつつ、私に問う。


「勿論」


私もまた、笑顔でそれに応えた。

そうして私たちは、ひたすら剣を振り続けた。

……楽しい時間が過ぎるのはあっという間というとは本当のことで、何戦目かのタイミングで訓練の終了の号令がかかった。


「お前、本当に凄えな。メルちゃん相手にあそこまで応酬できる奴なんて、早々いないぞ」


解散した瞬間、エイベルさんの周りに国軍の面々が集まる。


「いえ……どちらかと言うと、彼女に引き上げてもらったと言う方が正しいでしょうか。元々真剣な試合ではなく、僕が助言を求めての模擬試合でしたから。彼女が本気になっていたら、僕はひとたまりもありませんよ」


それに対して、エイベルさんは苦笑いを浮かべつつ応えていた。


「メルちゃんの本気はヤバイからなー」


そんなやり取りを耳にしつつ、私はよくぞそこまで口が回るものだと感心する。


「お疲れ様です、メルさん」


そんなことを考えていたら、私のところにアンナとエナリーヌが現れた。


「二人とも、お疲れ様。私は屋敷に戻るけど、二人はもしも訓練を続けたかったらそうして。お嬢様には、私から伝えておくから」


「……では、お言葉に甘えさせていただきます」


そうして私は二人を置いて、独り屋敷に戻った。

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