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武家の嗜み  作者: 澪亜
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側仕えと主人と護衛と

本日2話目の更新です

「アンナ!……そろそろお嬢様を起こしに伺わないと」


エナリーヌの呼びかけに、私はハッと時間を確認する。


「ああ、本当だ! ありがとう、エナリーヌ!」


走りたい気持ちを抑えて、私はいつものように主人であるメルリス様を起こしに部屋へと向かう。


貴族様のお屋敷は、本当に不便だ。

急いでいるのに走ってはいけないだとか、意味が分からない。

……そもそもで、メルリス様は大層早起きで、私が部屋に着く頃には既に起きているのだから、起こしに行くこと自体、全く意味がないと思うのだけど。

現に今日も、部屋に着けば既にメルリス様は起きて軽く支度を始めていた。


「おはようございます、メルリス様」


「おはよう、アンナ」


化粧をしていないというのに、相変わらずお綺麗だな……と見惚れつつ、ぼんやりと頭の片隅でそんな感想が浮かぶ。


「お待たせ致しまして、申し訳ございません。お支度致しましょう」


支度のお手伝いをして、それが終わったところで食堂へと向かう。

メルリス様の後ろをつき従いつつ、私はジッとメルリス様を観察していた。


……正直、私はこの主人が苦手だった。


穢れのない麗しい姿は輝いて見え、この世の幸せを一身に浴びているかのよう。

苦しみも悲しみも何も知らないその姿に、自分とは全く違う世界に生きる人なのだと。

始めて会った時から、その印象は一層深まっていた。


それと同時に、疑問に思う。

……何故、メルリス様は自分たちを迎え入れたのかと。

そして、何故一番最初に会ったあの時、あのような試すような問いかけをしたのかと。


『……貴女たちは、そのために鍛錬を積んできたのかしら?』


今でも耳の裏に残る、あの問いかけ。


『誰かを守りたい、その志はとても立派なことです。ですが、そのための鍛錬を積まなければ、それは単なる夢物語ですから』


……彼女の口から出たその言葉を思い出す度に、腹立たしいという感情が胸の奥底に燻る。

幸せ一杯の何も知らない人のクセに……父親が英雄だから、自分もそうなのだと勘違いしているのではないか。


そんなことすら思うほどに。


……勿論、それを表に出すことはない。

エナリーヌの言った通り、このアンダーソン侯爵家は強くなる為の環境が整っている。

護衛隊の訓練では自分の力量不足を認めざるを得ないほど隊員たちは屈強であり、尚且つ訓練も非常に厳しい内容だ。


だからこそ一時の感情……自分をここに迎え入れた主人への苛立ちでそれを不意にする訳にはいかないと、考えていた。


「……ほう、今日が出発か。支度は済んでいるのか?」


「ええ、アンナとエナリーヌに手伝って貰いましたの。ねえ、アンナ?」


メルリス様の問いかけに、食堂の脇で待機をしていた私は我に返って居住まいを正す。

視線の先には、主人のメルリス様と憧れのガゼル将軍が座っていた。


「あ、は……はい。いつでも出発できるように支度は完了しております」


私の言葉に笑顔で頷くと、メルリス様はガゼル将軍の方へと向き直る。


「と言うわけで、本日より参りますわ。オーレリア様も知見を広めるためにも良いとお勧めして下さいましたし、気持ちを切り替えるのには良い機会かと」


「そうだな。……ルーベル地方は軍務で行ったことがあるが、あそこが避暑地として人気とは知らんかった」


「ええ。人気な場所には、一度足を運んでみた方が良いと。やはり、話題に上り易いですから」


「なるほど、な。まあ、存分に楽しんで来い」


「はい。ありがとうございます、お父様」


ちょうど食事を終えたメルリス様は立ち上がると、食堂を出て行った。

食堂に来た時と同じように、私は彼女の後を追う。


その後、私はエナリーヌと共にメルリス様の分と自身の荷物を持って馬車に乗り込んだ。

行き先は、ルーベル地方……王都より北東に位置する貴族に人気な避暑地だ。


メルリス様が馬車に乗り込むと、ゆっくりとそれは動き始めた。


「……メルリス様」


対面に座るメルリスに、エナリーヌが声をかける。


「どうかしましたか? エナリーヌ」


「……今更ですが、護衛の数が少ないのでは?」


エナリーヌの言葉に確かにと、私は内心頷く。

今、私たちと共に行動をしている護衛隊の隊員は二名。

貴族の、それもアンダーソン侯爵家ほどの名家の令嬢が外出するには少な過ぎる人数だ。


「この人数で問題ないわ」


「ですが、万が一ということも……」


「大丈夫よ」


確信を持っているかのような断定ぶりに、少しばかり今朝方心に燻っていた苛立ちが再び顔を覗かせていた。


「何故、そう言い切れるのですか?」


横からエナリーヌが更に問い詰める。

エナリーヌも同じく苛立ちを感じているのか、いつもよりも少し厳しい声色だ。


「何故……か」


彼女の問いに、困ったようにメルリス様は笑っていた。


「根拠はないけれども、大丈夫だと思ったのよ。二名でも護衛隊の力量があれば十分だとね」


「そう……ですか」


メルリス様の言った通り、護衛隊の力量はこの国随一のそれ。

そのことを身を以て理解しているからこそ、これ以上問いかけることはできなかった。


それからそのまま馬車に乗り続け、途中街に寄りながら三日……目的地のルーベル地方に到着した。

ルーベル地方は貴族御用達の避暑地というだけあり、王都から離れた街ながら道は舗装され美しい街並みが広がっている。


メルリス様は街に到着すると、道中の疲れを全く感じていないかのようにすぐに街へと繰り出して行った。


エナリーヌは護衛隊と共にメルリス様について行き、私は予約していた宿で荷物を解く。

作業をしつつ部屋を眺め、そっと息を吐いた。


……今まで自分に縁のなかった世界。

この宿も、避暑という行為も、今手に取っている物も全部、何もかも。

それ故に、今自分が置かれているこの状況に現実味がない。


……未だに、目を瞑れば思い出す。

あの、凄惨な戦争の光景を。

だからこそ、この場にいる自分に余計違和感を感じてしまうのだろう。

淡々と作業をこなし、気持ちを整理するためにボウっと椅子に腰掛けていた。


「アンナ、荷解きをありがとう。ただいま戻りましたわ」


そこへ、メルリス様が帰って来た。


「し、失礼致しました。随分とお早い……」


言いかけて、口を噤む。

荷解き前は朝だったというのに、いつの間にか窓からは西日が射していた。


「やはり、時間が経つのはあっという間ね。……そろそろ、お腹が空いたわ。私はこの宿で食事をいただくから、貴女たちもどこかに皆で食べに行ってはどうかしら?」


流石貴族が多く宿泊する宿なだけあって宿の中には中々立派な食事処があり、訓練された宿の従業員が恙無く給仕をしてくれることでも有名だ。


「そうですね……では、お言葉に甘えさせていただきます」


メルリス様の支度を終えると、私は言葉通りエナリーヌと護衛隊の隊員たちと共に街に出て行った。


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