失意
本日3話目の投稿です
訓練が終わり、私は模擬戦用の剣を片付けると、水に浸した布で早々にせめて顔だけでも汗を拭おうと水場に向かう。
その途中、運悪く二、三人の小規模な騎士の集団に出くわした。
その中には、ドナルティの姿もあった。
……人数が少ないとはいえ、嫌なことには変わりがない。
ドナルティがいるのなら、それは尚更だ。
面倒だなと思い、踵を返そうとしたその時だった。
「……お前の、せいで……っ!」
憎悪にも似た負の感情が込められた震えた声が、私に向けられる。
今日間近で聞いた声を、忘れるはずもなく……すぐに、それが三人のうちの誰だか分かってしまった。
「おい……」
騎士のうちの一人が止めようと声をかけたけれども、ドナルティは止まらない。
「お前の、せいで……っ!俺の面子は丸潰れだ!」
危うげかつ凶暴的な彼のその様子に身の危険を感じて、いつでも剣を抜けるよう構えさせられた。
けれども近づこうとする彼を、力づくで他の二人が止めている。
「やめろって、ドナルティ!」
「離せ!」
他の二人に取り押さえられて益々怒りが燃え上がったのか、彼は私を睨みつける。
「他人のせいにしないでいただきたい。単に貴方が私を侮り戦った結果があれ……いいえ、そもそも将軍の言っていた通り、貴方が弛みきった状態で訓練に臨んでいたツケが回ってきただけです」
ドナルティとの試合に勝てて素直に喜べなかったのはそれだったのだな、と言葉にしながら自らが納得する。
かつての彼は、戦っていて心が踊った。
負けたことを正当化するつもりはないが、その動きは確かに勉強になった。
けれども今日の彼からは全く何も感じられなかった。
時を経て力は記憶にあるそれより多少強くなった気はするが……それだけだ。
果たしてあの時から真剣に訓練をしていた者とは到底思えないようなその動きに、むしろ私の興奮は萎んでいた。
それと同時に、残念だと思った。
強くなった彼との戦いを期待していただけに。
「……っ!」
私の言葉に、彼は益々暴れていた。
それを抑え込む二人も必死になっているようだった。
「女のクセに……お前が訓練して何になるというのだ!」
取り押さえられながらも、彼の罵倒は続く。
今の反論が彼の火に油を注いだのだろうから、自業自得といえばそうだけれども。
「どうせ、お遊びなんだろ?……目障りだ」
「遊びではありません。やがて私は影武者兼護衛のお役が御免になりましたら、国軍に入り、皆を守るためにこの身を使いたいと思っています。ですから、遊び半分で訓練に出るはずがありません」
そう反論した瞬間、ゲラゲラとドナルティが笑い出した。
嘲るような嗜虐心のこもった笑い声に、ついつい眉をひそめる。
これ以上ここにいても不愉快だと、私は再び歩き出そうとしたその時のことだった。
「ハハハ……良い笑い話だ!国軍に入るだと!?女の身で国軍に入ることなどできやしないのに、一体何という夢物語に浸っているというのか!」
彼のその吐き捨てるような言葉に、私はつい足を止める。
……女性は、国軍に入れない?
一体、彼は何を言っているのだ?……と。
「お前はっ!叶うことのない夢を見て、無駄な努力をしているんだよ!だというのに、あのような仕打ちをお前のせいで私が受けるなど……ふざけるな!目障りだ!二度とガゼル様の訓練に出るな!」
二人に引きずられるようにして遠ざかっていく彼は、そんな捨て台詞のような言葉を吐いていた。
私は呆然と固まってしまって、まるで彼らを見送るように立ち尽くしていた。
……一体、彼は何と言った?
嘘、嘘、嘘……!
だって、クロイツさんは私の夢を知って応援してくれたのだ……きっと腹いせのために苦し紛れに言った嘘に違いない。
でなければ彼の言う通り、一体私は何のために剣を学び続けているというの……!?
頭ではそう自分を納得させようとしているのに、一度芽吹いた疑念は中々晴れることはない。
私はモヤモヤとしたそれに突き動かされるように、クロイツさんを探すべく走り出した。
「お、メル。どうしたんだ?そんなに慌てて……」
訓練場の方に向かって走れば、すぐにクロイツさんを見つけることができた。
「っと、うおっ!」
彼の姿を見つけて、すぐに私は彼に向かって飛び込む。
「ど、どうしたんだ?そんな熱烈な……」
「嘘ですよね!?」
彼の言葉を遮るように、私は叫んだ。
「女性が国軍に入れないなんて、嘘ですよね!?クロイツさんは、応援してくださいましたよね?!」
私の言葉に先ほどまでの飄々とした雰囲気はどこへやら……その表情は、まるで何かに耐えるような痛々しいそれに変わっていた。
「……すまない」
クロイツさんの謝罪に、私は否が応でも悟る。
……ドナルティの言葉は、決して出まかせでなんかないことを。
「どうして……っ!?」
「……捨て身も辞さないほど復讐に取り憑かれていたお前から、やっと前向きな言葉を聞けたと思ったら……それが無理だなんて、言えなかったんだ。前を見てくれるなら、それで良いとすら思っちまった。早く真実を言った方が良いと分かっていたのに、臆病な俺はそれを言えなかったんだ」
……違う!
そんなことを聞きたいんじゃない……っ!
「どうして……どうして女性は国軍に入れないの……っ!」
私の言葉に、クロイツさんは答えない。
むしろ、答えはないのかもしれない。
途方に暮れたような……それでいて悔恨を滲ませるような彼の表情を見て、そう思った。
けれども今の私は、冷静にそれを認めることなんてできなかった。
「あ、メル……!」
クロイツさんの言葉を背中越しに聞きながら、私はそのまま屋敷を飛び出した。




