私と彼の逢瀬
「……久しぶりだな」
塔から外の景色を眺めていたら、ルイが現れた。
久しぶりの彼の姿に、心が踊る。
お気に入りのこの場所には、毎日とは言わないが、それこそ王都にいる時にはかなりの頻度で来ていた。
それでも、ルイに会えたのは何ヶ月ぶりか。
久しぶりに見たルイは、背が大分伸びたような気がした。
「ルイ!」
「何か良いことでもあったのか?」
突然の問いかけに、私は首を傾げる。
「良いことがあったって、顔に書いてあるぞ」
「……そんなに、分かりやすかった?」
私の問いかけに、ルイは微笑んだ。
そんな彼の反応に観念して、私は口を開く。
「この前ね、とある女の子を助けたの。詳細は省くけど……その子からの官舎に、私が今まで積み上げてきたモノは無駄じゃなかったんだって、意味があるものなんだって。何だか肯定してもらえたような気がして……とても、嬉しかったの」
先の見えない暗闇の中歩く、片道。
人の一生はそんなものだと、私は思ってる。
何が起こるのか、何が待っているのか……先のことは、例えそれが一分一秒先のことだろうと分からない。
そして起こったその出来事に対して、戻ってやり直すこともできない。
だからこそ人は『ああしておけば良かった』『こうしておけば良かった』のだと、悔いるのだろう。
そんな先の見えない中を、人は誰しも歩いている。
目標だとか夢だとか、小さな明かりを手にして。
けれどもだからこそ、時折不安になる。
私の進んできた道は、これで良かったのだろうか。
私のしてきたことに、意味はあるのだろうか……と。
生半可な覚悟で進んできた道ではなかった。
血に塗れた道を、それでも私は良しとして進んできたのだ。
仮にやり直すチャンスを与えられたとしても、きっと私が選ぶ道は変わらなかった筈だ。
……それでも。
誰かに自分の道を肯定されることは、あんなにも心地良いことだったとは。
何より、喪う怖さを味あわせることがなくて……本当に良かったと。
私は心の底から思ったのだ。
それらの安堵から、あの時の私は涙を流したのだろう……と、今となっては思う。
「そうか。それは、良かったな」
ルイの言葉に、私は微笑んだ。
「うん」
一瞬、そっと外の景色を眺める。
彼も私の隣で同じように景色を眺めていた。
ふと、私は近くにいる彼の顔を見つめる。
ホッと安堵しているような、柔らかな表情。
深い青色の瞳で見つめるその世界は、どんな風に見えているのだろうかと詩人にでもなったかのような言葉が頭に浮かんだ。
しばらく彼のことを眺めていたら、ふとその様子が気になって口を開く。
「ルイ。貴方、疲れている?」
「急にどうした?」
「何となく、顔色が悪いかなって」
遠慮がちにいったそれに一瞬彼は言葉に詰まって、座り込んだ。
「あー……まあ、そうだな。ここんとこ、あまり寝てないかもしれない」
「え!じゃあここに来てないで寝た方が良かったのではないかしら?というか、早く帰って寝てちょうだい!身体に悪いわよ」
慌ててそう言うと、彼はクスクスと笑った。
「何だろうな……いつもは、時間がないと追われている気がしてならないんだ」
「……時間?どういうこと?」
「まあ、単純にそれだけ仕事があるっていうのもあるけど。大半は、思い込み。俺は、ずっと父親の背中を追いかけてる。……いつか父親の跡を継いだ時のために、いいや継ぎたいと思っているからこそ。……けれども、追いかければ追いかけるほど、父親との差を感じてしまうんだ」
ぼんやりと、遠くを眺めながら彼は囁くように言う。
「俺には何もかも足りない。知識も経験も発想力も……何より才能が。だからこそ、足りないそれを埋めるために考えて学んでいくしかないんだ」
いつだったか、私がお父様との模擬戦に勝ちたいと思っていた時のことが頭に浮かぶ。
私も、そうだった。
足りないナニカ。それを埋めるために、ナニカを探さなければならないと。
「才が足りなければ、それに抗うために学んで身につけていくしかないだろう?……時間は、有限だ。父親の跡を継ぐそのときのために、俺は出来る限りのことをしなければ……そう考えると、時間がないとついつい追い立てられた気になってしまうんだ」
「……知った気になってと貴方は思うかもしれないけれども……でも、気持ちは分かるわ。私も剣を学ぶ過程で、何度も足りないナニカを埋めなければと思ったから。女の身で剣を学ぶからこそってね」
私の言葉に、ルイは少しだけ微笑んだ。
「でも、分からないのは……何故、貴方はそうまでして追い詰められなけらばならないの?確かに時は有限だけれども、私や貴方が大人になるまで、まだ時間は残されているのに。……なんて、継ぐもののない私が分かったように言うべき言葉じゃないわね」
「いいや。きっと、そうなんだろう。俺が焦っているだけだというのは、俺自身も思っているから。けど、そうだな……俺が、俺らしく有るために必要なんだ。一度折れてしまったら、そのまま流されて中途半端に終わらせてしまうかもしれない。そうしたらいつまでも、父親の大きな影に隠れたままになってしまう。そうなったら……俺の夢を、この国の支えとなりたいと願うそれをできる立場を得たとして、『父親だったら、もっと上手くできたかもしらないのに』と踏み出せなくなってしまうだろう。それが、怖い。それだけは、嫌なんだ。あの時ああしていれば……もっと真剣にやっておけばって、後悔はしたくない」
彼が彼のしたいことを言ったときのことを、私は忘れない。
この塔で彼がそれを口にしたときのことも。
あれが、私の中にも根付いているから。
……果たして、彼はどれだけ抗って来たのだろうか。
彼のしたいことの前に立ち塞がる、壁。
それが彼にとっては父親の大き過ぎる影なのだろう。
……彼の父の意図が、そうでなかったのだとしても。
「……それが、貴方の最初の戦いなのね」
「そうだな」
「……だとしても、いえ、ならば尚更貴方は早く眠るべきだわ。身体を壊しちゃ、元も子もないでしょう?」
「そうなんだけどな……」
彼は言葉を区切って、再び遠くを見る。
「人には、帰りたくなる景色があるんだと」
抽象的な言葉に、私は首を傾げる。
「母親の言葉だ。……例えば、家族で食べる食事の時間。友と遊び過ごしたその時。そして遊び終わって家に帰るときに見る夕焼け。そういう日常の何気ない時間が、大人になると何よりも美しく何よりも愛おしく感じるのだと」
ルイの柔らかな声が、夕暮れの街の空気に溶けて消えていく。
……何となくそれが切なくて美しいと、私は彼の話を聞きながらぼんやりとそんなこど考えていた。
「そういうのを積み重ねていけばいくほど、大人になった時に強くいることができるのだと。どれだけ大人になって汚い世界を見ようとも……いや、だからこそ懐かしむ思い出が輝いて、それでも世界は美しいと……そう思えるのだと言っていた。……まあ要約すると、子どものときは子どもらしく遊ぶことも大切だと言いたいのだと俺は解釈しているんだけどな」
「……ステキなことを仰られるのね」
「そうだな」
「……でも、繰り返しになるけど、それで貴方が倒れて仕舞えば元も子もないわ」
「分かってはいるんだけどな」
彼はそう言って、苦笑いを浮かべる。
「なんとなく、眠るのが勿体無くて。母の言葉のせいにするつもりはないけれども……何でかな、忙しくて忙しくて仕方がないときに限って、その言葉を思い出す。そうすると、無性にここに来たくなるんだ。ここが、今の俺にとって帰りたい景色なんだろうな」
「ふふふ……それは、何だか分かるわ」
「……ここに来れば、お前にも会えるしな」
不意打ちのその言葉に、沸騰しそうなほど顔が赤くなったのが自分でも分かった。
卑怯だわ……。
そう思いつつ、気恥ずかしくて夕日のせいだと思って欲しいと願う。
「それは……光栄ね」
そう言いつつ、私は目をそらすように外の景色を眺めた。
「この前の約束、覚えてる?」
「勿論」
「私、あなたと街に出たいわ。そうして、今のうちにしかできないことを、たくさん貴方と積み重ねたい」
少し熱が冷めた頃、私はそう言って彼に声をかける。
「そうだな」
彼もまた、笑ってそう言ったのだった。




